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遅れてきたボタン

作者: MIZUKI

やっぱり、先輩を好きになるのって虚しいなぁ。

だって、勇気を出してバレンタインにチョコを渡してみても、3月14日にはもう卒業してる。

特に私みたいに、ちゃんと告らないで渡しちゃったら、ただ部活仲間の義理チョコでしょ。

きっとそう思われてる。

メアドも知らないし、家も知らないし。

部活で毎日会えるから油断していたけれど、気がつきゃ何にも知らなかった。

アホだなぁ、私。



「何をぶつぶついってんだよ、あかね」

「ひゃあ!」

「ひゃあってなんだよ」

肩をたたかれて飛び上がると、声をかけてきたのは充だった。

「私、なんか言ってた?」

内心、ハラハラしながら聞いてみる。

こいつにチョコのこととか絶対ばれたくない。

充は横目で私の顔を見ながら首を振った。

「独り言は聞こえたけど、何言ってたかはしらね」

「あ、そー。じゃあいいんだ。」

私はほっとして話題を変えた。

「来年はそろそろあんたと違うクラスになりたいね」

「それはこっちのセリフだ」

幼馴染の二人は、これまでほとんど同じクラスでやってきた。

中学では部活も一緒だ。

二人は並んで歩いた。家に帰るところだ。

「来月からは、うちらが三年生か。部活も引退になるんだね」

「あかねは最後に部活めいっぱい頑張らないと、スポーツ推薦でしか進学できそうにないしな」

充の言葉に私はむっとした。


最初の進路指導の時、希望校に男子校の名前を書いてしまったのだ。

職員室に呼び出され、ほかの先生方にも苦笑されていたのを、日直だった充に見られたのだ。

「お前は菅谷先輩の学校に行きたかったんだろ」

充から突然先輩の名前を出されて、あかねはまた飛び上がりそうになった。

知らん顔して歩く。

充の視線を感じていた。

「俺、お前が菅谷先輩にチョコ渡したの、知ってるぜ」

私はため息をついた。

どうして見られたくないものばかり充に見つかっているんだろう。

「義理チョコだよ」

「ふぅん」

充は全く信じていないようだった。

それはそうだろう。

いつも友達とワイワイお昼休み過ごしているのに、バレンタインには緊張で給食も喉を通らず、

ひとりでコソコソ3年生の教室の前をうろついていたのだから。

義理チョコだったら、部活で渡せばいいのに。


思い出しながら、あかねはふと疑問を感じた。

「なんで私が3年の教室の階にいたこと知ってるの?」

「あかね、先輩の家いかないのか?」

充はあかねの質問に答えずに言った。

「家、知らないし。行ってどうするの」

「こっちだよ」

充は突然道を曲がり、公園の見えるほうへ歩き出した。

「ちょちょちょ、やだよ、離してよ!」

充はあかねの腕をつかんで早足に歩く。

「やめてよ!充には関係ないでしょ!」

「大ありなんだよ!見てられねーよ、お前がらしくなくうじうじやってるの。イラつくんだ!」

「勝手に見てるのあんたでしょ!冗談じゃないよ」

言い合いながら私は充の腕を振りほどこうとした。

「ダメかもしれないけど、はっきり自分の思ったこと言わないとお前は絶対後悔するって!」

公園を通り過ぎた住宅街で、充は一軒のインターホンを押した。

私は倒れそうだった。

まったく受け入れられないこの状況。

気絶してしまいたかった。

「第3中学の水泳部のものですが、菅谷先輩いますか?」

充がインターホンに声をかける。



少しして、菅谷が顔を出した。

充はあかねの背中を押して、自分は少し離れて立った。

「おう、今帰りか?どうかしたのかお二人さん」

「俺じゃなくて、コイツが先輩の家を探してたから」

「あかねが?何?」

私は全く顔を上げられなかった。

「どうしたんだよ」

菅谷はあかねの前にしゃがみ込んで、あかねの顔を覗き込んだ。

あかねの表情を見て、菅谷は何か感じ取ったようだ。

後ろに立っている充を気にする。

「充、ちょっと・・・」

菅谷が声をかけると、充はipodのイヤホンを見せて耳にはめて後ろを向いた。

私はちらりと振り返って、充を確認した。

どうして充はこんなことしてるんだろう。


「俺に何か話が?」

菅谷が言った。

「こ、この間、チョコを渡した時に言い忘れたことがあって」

私は勇気を振り絞って、気持ちを言葉にした。

「先輩が、好きです」

菅谷は驚いた顔で立ち上がった。

「私、先輩と同じ学校に行きたくて、男子校なの知らずに進路の紙に書いたんです」

私は自分の緊張をほぐすように、笑いながら話した。

「それはまた、やっちゃったね」

菅谷も少しほっとしたように言った。

そして何か思いついたのか、あかねの頭に手を置いた。

「ちょっと待ってろ」

菅谷は家に入っていった。


あかねの前に戻ってきたとき、菅谷は制服のボタンを手に持っていた。

「あかねの気持ちには答えてあげられないけど」

菅谷はボタンをあかねの手に握らせた。

「こんな俺のでよかったら、このボタン、受験のお守りにしてくれよ」

私は今はっきり振られた悲しさと、自分の気持ちを伝えた解放感と、ボタンをもらった嬉しさで、泣き出してしまった。

「あーあーあー、ごめんよ俺、デリカシーないかな」

菅谷は困った顔であかねの頭を撫でた。

「ぼ、ボタンありがとう、ございます」

「部活も頑張れよ」

「ふぁい」

泣いておかしな返事になってしまう。

「あかねには、充っていうすごくデカイお守りもついてること、覚えておけよ」

「へ?」

「充はいつもお前の近くにいるだろ?」

「腐れ縁だから」

菅谷は笑って首を振った。

「今度は少し違う角度で見てごらん、おせっかいの意味が解るかもよ」

私が涙をぬぐいながら先輩の言葉に首をかしげていると、充がゆっくり近づいてきた。



「帰るか、あかね」

私は頷いて、先輩に頭を下げた。

「ありがとうございました」

「こっちこそ。来年も頑張れよ」

「はい!」

私はようやく元気な声で答えて、先輩に手を振った。

私はボタンを握った手をポケットに入れて歩いた。

「充、ありがと」

私は少し照れ臭かったけれど、お礼を言った。

「おせっかいでごめんな」

充も照れたように小さく言う。

「おせっかいついでに、俺が目指してる高校、お前も目指せよ」

「また同じ学校?」

「成績が俺には追い付かないだろうけど、お前ならスポーツ推薦行けるかもよ。」

「充とは違う学校を希望します」

「水泳部が強くてさ、菅谷先輩の学校とよく大会で一緒になるらしいんだ、共学だし」

私は充の顔を覗き込んだ。

「私、振られたの見てたよね」

「でもすぐには忘れないだろ」

私はボタンを手に言葉に詰まった。

「ま、俺がいつか先輩を大会で負かしてやるからさ」

「は?」

言ってる意味がよくわからない。


「なぁ、俺にくれた義理チョコのお返しはたい焼きでもいいか?」

充が話を変えた。

「えぇー安いなぁ」

「じゃあ3匹で」

「まだ安い!おまけつけてよ」

「おまけかぁ」

充はしばらく考えながら歩き、おもむろに制服のボタンをもぎ取った。

「はいよ、おまけ」

私は無理やり空いている手にそのボタンを握らされた。

「俺と同じ学校に推薦で行けるお守り」

私は何も言わずに充の顔を見た。

なんか変だ。

なんか変だけど、気がつかないふりをしたほうがいいような気がする。

角度を変えてみないほうがいいような気がする。

私は見えてきたたい焼き屋に向かって走り出した。

「おばちゃーん、あんことクリームとチョコ一つずつ!」

「あかね、待てよ!」

後から充の駆け寄る音が響いていた。



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