第0片 佐波蘭有悔の人生最高の一日
登場人物のセリフに倫理に反する行動を想起させる表現が含まれます。
光芒がさす静かな室内。外からは小鳥の囀りが聴こえてくる。少し気を抜くだけでうとうとと睡魔が襲ってくるような心地の良い空間。西洋風の大きな屋敷の三階。そこに二人の人物がいた。一人はシルクハットにモノクルをかけた如何にも紳士といった古風な服装で、白髪をちらほらと覗かせる初老の男性だ。対照的に、もう一人は七、八歳ぐらいだろうか。白いネグリジェ姿の可愛らしい少女である。世間の穢れから隔絶したような「箱入り娘」という言葉がぴったりと合う。そんな印象を抱かせる。男性は木製のスツールに腰掛け、少女はベットの上で布団を腰のあたりまでかけ座っていた。どうやら何か会話をしているようだ。
「今日はどんな話を致しましょうか」
「この前のお話すっごく面白かったの。ねぇ、もっとあんなお話を聞かせて!!」
「この前の世界中の諜報機関を手玉に取ったコンフィデンスマンを捕まえた話、あの世界的に有名な絵画を盗んだ怪盗との頭脳勝負。あれ以上となると……。ふぅむ。ちょっと残酷になってしまいますがここはひとつ。ある朽無士の一家の話でも」
数刻後、すやすやと幸せそうな顏で少女は瞳を閉じていた。どうやら話を聞いて満足し、昼寝をしてしまったらしい。男性は一仕事終えた手応えからか満足な顔で軽く伸びをした。
「さて、今日も白鷹氏にアフタヌーンティーを頼みに行きましょうか。紅茶のセンスもさることながら、彼の作るフルーツタルトは絶品ですからね。正直それだけでこの仕事を引き受けてよかったと思っているぐらいですよ」
そう独白すると少女を起こさないように静かに部屋を後にした。
廊下で三十代半ばぐらいのメイド服姿の女性とすれ違う。黒と白を基調としてロングスカート、ホワイトブリムに丸眼鏡。クラシカルメイド服というやつだろう。さすがに本職なだけあってコスプレとは違い様になっている。
「おやおや、これは高槻さん。どうもご機嫌麗しゅう」
「どうも、でもそんなに畏まらなくても良いって前に言ったじゃないですか。同じ東花家に雇われている身とは言え貴方はお客人なのですから」
「ふっふっふ。こんな美しく淑やかな女性には自然とそれに見合った言葉遣いになってしまうものです」
「まあ悪い気はしませんね。でもそういった誉め言葉は私の主君に言ってもらった方が私としては嬉しい物なんですけどね」
そうは口にしつつも満更でもなさそうな様子がはにかんだ口元と少し高くなった声から察せられた。
「私は実は目上の人との会話というものがどうしても苦手意識がありましてねぇ。失礼なことを言ってしまっていないかいつも気が気でないのですよ。だからあなたのように対等な関係の方の方が気楽に本心で話せるのです」
本心という言葉を聞くと、またわずかに口角が上がってしまっていた。
「意外ですね。こんなこと言うのも難ですがそんな恰好しているから上流階級の人と話すのはかなり得意なのだとばっかり思っていたのですが…」
「はっはっは。よく言われますよ。それではあまりお引き止めするのも悪いので私はそろそろこの辺で失礼させていただきます」
そういうと頭上の帽子を軽くひょいと挙げ、軽く会釈した。
「えぇ。また夕食の時にお会いしましょう」
コンコンコンと調理室のドアをノックする。
「どうも白鷹氏」
「いらっしゃい。佐波蘭さん。今日もいつものセットで大丈夫かい?」
この恰幅の良いちょび髭を生やした男性はプロのシェフの白鷹神喰氏である。
「えぇ。お願いします。実はですね。かねがね私は個人的にあなたのことを「死ぬ前に食べたい料理人の味十選」の中に入れていましてね。ご存命の中ではあなたが最後でしたので探していたのですよ。しかし、ここ最近EENでもめっきり行方が分からなくなってしまったので実は引退したか何か体調を崩したのではないかと半ば諦めていたのです。それがこうして東花家に雇われていたとは。しかもこんな山奥に。全く、見つからないわけだ。でもこうしてあなたに会えてまさに僥倖。渡りに船。もう人生に悔いはありませんよ」
「がっはっはっは。実はプロとして引退してるってのは半ば合ってるんだがね。実は金と高度な医療環境が入用でしてね。あの美食家でもあり「粗食家探偵」でもあるあなた程の人にそこまで言ってもらえると料理人冥利に尽きるってもんですよ」
——たしか、白鷹さんは愛妻家として有名でしたね。
「私なんてまだまだですよ。それに探偵と言っても私はズルをしていますからね」
「ふ~ん。ズルねぇ。あの話を聴いても俺はそうは思わないけどなぁ。むしろ同情しちまうよ。俺はあれをちっとも羨ましいとは思えないがね」
「これは罰なのです。なのに罰すら私は利用している。だから私は死んだら確実に地獄に行くでしょうね」
「そういうもんかねぇ。まあまあ後ろ向きな話は辞めにしようぜ。ほら、出来たましたぜ」
「ありがとうございます」
そうして私はお皿とティーカップを持って庭へと向かった。
「ふむ。やはり心地の良い日和ですね。」
美しい花々に囲まれた庭。そこにある花や植物の模様の鉄製の机と椅子に腰かけた。
鳴沢さんが家の周りの木々を綺麗な形に剪定していた。今の時期は葉が落ちてしまっているが綺麗に切りそろえられた枝々だけでも見ごたえがあった。
三階のベランダからは奥方が同じように風に当たりながらアフタヌーンティーをしているようである。こちらに気づき、手を振ってくださった。やはり、上流階級の淑女は動作一つ一つが美しいなと思いながら軽く会釈し、手を振り返した。
「それでは頂くとしましょうかね」
まずは紅茶を一口。
「ふむ。この香りはスリランカのディンブラですね。確かにこの茶葉の適度な渋みはこのタルトとよく合いそうだ」
ずずっ。瞬間巨大な刃が体を横に両断するような感覚に襲われる。しかし、痛みは無い。植物なのだから。
「この年になるとさすがにもう慣れたものです」
そうして今度はタルトを食べる。イチゴやりんご西洋梨にキウイフルーツののったカラフルなフルーツタルト。果物を舌で感じた瞬間首をねじ切られるような感覚に襲われる。クリームを食べると体が滑らかになるまでぐちゃぐちゃにかき混ぜられるようだ。生地を食べると体が高温で熱せられるようなそんな感覚とイメージを鮮明を感じる。しかし、この紅茶とタルトに使われている食材たちはもともと感覚が、痛覚が無い物たちなので安心して食べることができる。感覚はあくまで感覚だ。痛みを伴うわけではない。
私がこの能力に気が付いたのは物心が付いた頃だ。確かあれは牛肉を食べたときだったろうか。今までも物を食べると(特に肉や魚)嫌な感覚に襲われることはあった。でもその時は今までと決定的に違っていた。(おそらくは屠殺が上手くいかなかったのだろう)文字通り死ぬほどの痛みを伴うこととなった。そうして私は初めて人とは違うことに気が付いた。私は食べた食材の命が無くなるその瞬間を食べることで追体験する能力があるらしかった。だから私は肉を食べなくなった。
これはいったいどういうことなのだろうか。何に由来する能力なのだろうか?
私は幼少期から食材に対していつも強烈な負い目を感じていた。何か残酷なものを見たからだとかきっかけがあるわけではない。ただ、本能的に自分が罪深い存在だと信じていた。私自身は一切手を汚していないのに生命のやり取りの結果だけを享受している。死ぬまでどれだけの命を奪うのだろうか。私は生きるためににどれだけ殺さなくてはいけないんだ?しかし、自ら命を絶つわけにはいかない。それでは、今までの犠牲を無駄にすることになるのだから。
太古の昔ならば生きるために殺し、採取する。この世の根本的原理に基づいた、今よりも崇高で気高いやり取りがなされていた。その中で人は自然そのものだったのだろう。
だが今はどうだ。私たちは肉を、魚を、ただただ食材としか見ていない。それが生きていたという事実を、それを殺した人間がいることも、私たちのもとに届けた者がいることも、すべて、意識などされていない。そして、好みでないから、美味でないから、腹が満ちたから、だから、だから、だからとそんな理由で廃棄する。私は吐きそうだった。最近の子供はスーパーで売られているあの鮭の切り身がそのまま海を泳いでいると思っている子もいるらしい。極限まで命のやり取りから切り離され何にも感謝せずに生きていく。
私のこれはきっと「罪悪感」だ。食に関する罪を私が一身に受け止めている。どうやらこうした感情・価値観異常のことをカラフルピースと呼ぶらしい。私は長い人生の中で疲弊していた。どこかで罪が許されて死ぬことができる機会を探してしまうほどに。普段はただのデメリットでしかないこの能力だが一つだけ。
とある種類の事件の時だけ私は。—————私は。
でもこれは奥の手のようなものだ。証拠にはならない。でも答えが分かっている問題を解くことなんて簡単なことでしょう?
ゆっくりと楽しんでいるともう日が沈んでいた。胸ポケットにある懐中時計を取り出すともう夕食の時間だった。「もうそろそろ向かわなくてはいけませんね」そうして食堂へと向かった。
「おっとその前に食器を返さなくては」そうして先にキッチンに立ち寄るとチーフでもありプロのバトラーでもある平塚さんとバトラー見習いの流山君がいた。
「これは、これはぁ、佐波蘭さぁん。どうもぉ、こんばんは。」
「わっ、どっ、どうもこんばんはです!!」
平塚花子さんはベテランでかなり貫禄がある。グランドマザーという言葉が思わず脳裏に浮かぶ、かなりお年を召した女性だ。言葉一つ一つが丁寧で年の功を感じさせる話し方をする。
そしてこの元気に満ちた青年は流山聡君。
「流山君の研修といったところですか」
「おお、左様です。さすが、佐波蘭さんですねぇ。」
「なに、別にただの当てずっぽうですよ。この時間にお二人を見たのは初めてで、昨日洗濯場で同じように指導しているのを見かけたのですよ」
「丁度、佐波蘭さんのお食事について、話をしていたのです。」
「あぁなるほど、それはお手数をおかけして申し訳ない」
「いえっ!大切な賓客のもてなしはバトラーの務めですから!」
「それは、さっき私が行ったことの、受け売りだねぇ。」
流山君が少し気恥ずかしそうにえへへっと鼻を指でこすりながら笑う。
「はっはは、立派なことですから、恥ずかしがらなくて結構です。人は何事も真似をすることで成長するものです。学びよりももっと初歩的なことですから」
それを聞くと流山君は段々と目をキラキラさせていった。平塚さんが可愛がるのも頷ける。ここまで素直な青年はなかなか出会うことはありませんからね。
「それでは、そろそろ食事の時間ですので、我々は気にせずに、食堂にお向かいください。」
おっと、当初の目的を失念してしまっていましたね。
食堂には大理石で作られた大きな円卓がある。家族も賓客も等しく扱うためらしい。当主であり、今回の依頼人の東花蒼龍氏。その奥方の東花萌木氏、依頼対象である次女の東花千旭さんが既に座っていた。「彼」は、まだ来ていませんね。御三方とも綺麗な青髪である。東花家の人間は代々青髪で萌木さんは遠い親戚筋の方であるらしい。
東花家の御子息は四人兄弟。長男と長女は既に自立しており、家を出ている。次男の暁人君は現在は家に居るが一時期失踪していたらしい。
東花家について説明しましょう。あまり知られていないことだが日本には財政界を司る四つの家系がある。『東花』『西鳥』『風南』『北月』日本を四分割する形でそれぞれの家がそれぞれの地域を支配している(東花家は主に関東)。財閥なんて生易しい物ではない。もっと上に位置する。財政界を司っていると言いましたがこれらの家が動きを見せることはほとんどない。ただ存在する、背後にいるだけ、それだけで莫大な影響力を発揮する。いつの時代、どこの地域でも本当の支配者というものは被支配者に支配されていることに気づかせない物だ。
(もしかしたら的外れな例えかもしれませんが)生活リズム。作物を育てるためのエネルギー。私たちは太陽に隷属していると言って差し支えないでしょう。しかし、それを常に意識している者が存在するでしょうか。そして、それを直視したものは……。これ以上言う必要はないでしょう。
とは言え、彼らを狙う者が現れないように彼らは徹底的に秘匿されている。特に東花家はその毛が強い。警備などの防御よりも隠すことに重点が置かれている。この屋敷もどこにあるのか私も分かっていない。ここに来る際に睡眠剤で眠らされ、輸送された。(当然帰りもそうなるでしょうね)さらに、ここに住んでいる者達も半数以上が正確な座標を知らない。知っているのは当主の蒼龍さんとチーフバトラーの平塚さんだけであるらしい。そんな場所にどうして「探偵」が呼ばれるのか。
それについては、先ほど話していたのは次女の千旭さんの話をしなくてはならない。彼女には問題があった。(といっても解決すべき問題ではなく、解き明かす余地があるという意味での問題だけれども)彼女が何と呼ばれているか(と言っても先ほど話したようにそもそも東花家を知っている者が少ないのでごく一部の人間にだが)。「宣託師」と、そう呼ばれている。彼女は何かの大きな選択に直面した際、その年齢では不可能な程の合理的選択ができる。いわゆるギフテッドというものでもない。彼女が能力を発揮するのは大きな影響を与えるような時だけで、しかもその選ぶ様が一種のトランス状態のようであるらしい。分かりやすく言えば、正しい選択を下す能力を有しているとのことだ。
何かしらのカラフルピースではあるだろうがどんな感情・価値観かは分からない。デメリットが見当たらないというのも少し妙である。大抵カラフルピースというものは都合の良い便利な超能力などではないのだ。そこで、私にその能力の根幹を突き止めてほしいというのが今回の依頼だ。彼女と話をすることで引き出そうとしているが一向につかめる気配が無い今までもそれなりの数のカラフルピースとお会いしてきましたが、何かが根本的に違っている。そんな印象すら抱いてしまいますね。
まさか本当に神から啓示を受けている。……なんて、私が考えてしまうくらいには異質ですね。
「佐波蘭殿、進捗の程は如何かな」
「あまり、芳しくはありませんね」
「あらあら、ワタシ達は気にしないから好きなだけゆっくりしていていいですよ」
「確かに居心地が良くてずっとでも居たいぐらいです。しかし、いつまでも人様の家にお邪魔するというのも。私にも矜持がありますゆえ」
「ハッハッハッハ。頼りにしているぞ。佐波蘭殿。あなたの武勇伝は私の父から聞いていてな。何を隠そう私はあなたのファンなのだ。ナウい言葉で言うなら推しかな?だから、別に首尾が上手くいかなくたって構わん。もしも貴殿ですら分からないことがあるとしたら、それは誰にも分からないということですからな」
「そう言われてしまっては、むしろ、期待に応えたくなってしまいますよ」
「ねぇねぇ、お母さま。さっきから何の話をしているの?」
「実は父上が彼に謎解きの挑戦をしてもらっているのよ」
「ふーん?がんばってね!たんていのおじさま!」
「ええ」
翌日。佐波蘭さんの死体が見つかった。
どうしてこんなことになったのか理解できない。でも。絶対に。
僕が犯人を探し出してみせる。




