第二話〈過去を語る〉
天云は夢を見ていた。
父と母が武術大会に出場する事となり、妹の春鈴が泣きやまず、なだめるのに苦労した。
天云も両親が心配ではあったが、灰家の権威に関わるとなれば、掌門とその妻が黙っていられるわけがない。
父が妹を抱き上げてあやす傍らで、母が優しい声音で語りかける。
「泣かないで春鈴、必ず戻るわ」
「本当に?」
「ええ。これを持っていて」
首元にかけられた不思議な石の飾りを見た春鈴は、涙をひっこめて夢中になった。
蒼い勾玉は、幼子の宝物になり、天云は父に抱きしめられて、何かあれば妹と灰家を頼むと囁かれる。
「お前なら、大丈夫だ」
「父上……!」
――父上、私には無理です。
「……は」
息苦しさに目を覚ました天云は、体中が温かい何かに包まれているのを知って、自分が何故か裸で湯に浸かっている事実に混乱した。
「こ、これはなんだ!?」
『暴れるな』
「誰だ!」
『お前は危険な状態だった。その湯は特別なものである。しばらく浸れ』
響いてきた声が状況を説明するが、天云の困惑を流布する言葉とは程遠い。
湯から上がり、滑らぬように警戒しつつ歩を進める。
「ここは? 妹や皆はどこだ?」
『私がわからぬか』
「――まさか、帝王!」
どこからともなく白い衣が舞い落ちてきて、それをひっつかみ、焦って着ると、声の主の姿を捜して浴場を歩き回るが、見当たらず足を止めた。
声は聞こえなくなり、仕方なく出ていくと、涼し気な空気が頬を撫でる。
湯冷めしそだなと両腕で体をさすり、天井がやたら高い廊下を歩いていく。
どうやらここは王宮のようだ。
ひとまずは着替えなければと、扉が開いていた部屋を見つけたので身を滑らせる。
さらに奥に部屋があるらしい。
戸口から明かりが漏れている。
天云は吸い込まれるように足を向けた。
何やら話し声が聞こえる。
二人で会話をする言葉が耳に飛び込んできた。
「おじさん、おばさん達は、俺をかわいがってくれた」
「文字は彼らから教わったのか」
「うん」
風我と涼新だ。
天云は思わず壁に背を押し付けて、その場に足を縫い付けた。
風我は全てを失った後、ある集団に助けられた日々を思い出していた。
たったの二年の間だが、読み書きや言葉、常識的なものごとを教えてくれたおかげで、風我は世を渡る知識を得られたのだ。
同時に、己に起きた惨事についても理解する。
東国の王には非がないというのに、帝王の命で突然封印されたと。
後に東国は分断され、西王と北王に分かれた。
「それから、彼らとどうした」
「後に、帝王の使者と名乗る連中が襲撃きしてきて、皆、殺された」
風我は幻影のような悪夢の光景を消そうと頭を振るが、脳裏に焼き付いて忘れられそうもなく項垂れた。
「……帝王の命ではない」
「なんだと?」
顔を上げた風我は涼新を見据える。
「奴らは黒尽くめではなかったか」
その言葉に、風我の記憶はさらに刺激された。
刃を振りかざす襲撃者。
血しぶきと悲鳴が上がる中、次々と家族同然の皆が、苦しみながら息絶えていく。
何もできず、凍りついて動けない風我は、黒い衣をまとう輩が放つ刃から、何かに守られた。
蒼く光る、翼の生えた鹿。




