第一話〈哀れな王太子〉
新しい帝王が、碧焔大陸の支配者となり二百年余り。
堕落した態度を示す帝王の権威は揺らいでいた。
人々の意識から吃蛇の脅威が薄れ、帝王に変わり、世を支配しようと目論む権力者は日に日に増えていった。
碧焔大陸には無数の大小様々な国が存在するが、碧焔帝国との交流を断ち切った十国が不穏な動きを見せていた。
その十国は盟約を交わしていたのだが、裏切りの国があった。
その裏切りの国の王子と従者が、灰家の新たな門弟、雪花以外の二人である。
身分を隠し、天云に助けを求めようとしたが、皿家にばれてしまい、蛇派の集う武術大会に送られてしまった。
浪国、薬王子は、檻の中で声を張り上げて怒りで震えていた。
「私は浪国の王太子だぞ!! ここから出せぇ!! 皿房はどこだ!?」
「薬様! お、落ちついて下さい!」
従者が薬を宥めるが、王子はすっかり頭に血が上り、鉄格子を掴み、叫びつづける。
薬の暴れる様子を見ていた、監視役の黒尽くめ二人がせせら笑う。
「何が王太子だ、すっかり力が衰えて破滅寸前の癖に」
「わめくな負け犬王子」
口汚く罵られた薬は、王子としての尊厳を傷つけられ、感情が爆発するのを抑えきれずに怒声を吐き出す。
「民を守る為ならば、いくら馬鹿にされようとも耐えてみせる! だが!! 貴様らのような下賤な輩は生かしておけん!! 必ず息の根をとめてやる!!」
「雄々しいな、薬王太子」
「――っ、お、お前は」
姿を現した男を見た薬は、急に身体が震えだし驚愕に目を見開いた。
男は、するどい赤い目を爛々と輝かせており、長い黒髪を揺らしている。
漆黒の衣服に身を包み、足元を隠す裾を今にも踏みそうな足取りで、薬の檻の前に進み出てきた。
――な、なんだこいつは!?
「薬様、奴の姿をこれ以上見てはいけません!」
「な、なんだと」
「そいつの忠告は聞けよ。お前のようはか弱い存在には、俺の“気”は耐えられんだろうからな」
「ふざけたことを言うな! ああっ!?」
黒煙のような気が、瞬く間に檻の中を満たしていく。
その黒い気を吸った瞬間、薬は脱力して崩折れてしまう。
「太子!」
「な、なにをした」
「お前の獣気は俺が貰った。あとは、お前がいかに強く在れるかだ……クク」
薬は呆然とする。
――私の中の獣気が、消えかかっている……?
各国の王族の獣気は、国を守る聖獣が与える特別な力である。
この特別な獣気で、人々の命を循環させることで国の大地は生命力を養う。
その役目を果たすからこそ、聖獣は守護する者達が大地を使うのを赦すのだ。
その獣気が、王太子たる己の中から消えた。
その事実に絶望する。
――こ、こんな、ことになるなら、帝王との誓約を破り、獣気を使う術を学んでおけば良かった……私の烈気では、到底、この男に敵わない!
薬は背を向けて去る男に叫ぶ。
「なんという真似を……! ゆ、ゆるさん!! ゆるさないからなあ!!」
地下の牢屋に悲痛な叫び声が響き渡る。
「吃蛇様」
“吃蛇”と呼ばれた男は、傍らに跪いた下僕を睨みつけた。
「ここでは構わないが、外では呼ぶなよ」
「は! 申し訳ございません!」
「何かあったか」
「は! 黒翼を見つけました! 蒼い気を放っているようです」
それを聞いた男は、口元を吊り上げた。
「そうかそうか。俺の翼はとうとう……肉体を得てから……長かったな」
長い黒髪を払い、腕を組むと肩を揺らした。
――後は、いかに奴を支配できるかだ。




