第十九話〈とまらぬ涙〉
思い出した……!
「あの日、俺が……あの鹿を呼んだから、父さんも母さんも」
「風我?」
羽を生やした鹿を呼ぶと、周囲の波が反応した。
水飛沫を避けようとした鹿は、鳴き声を上げると光となり、風我の胸の中へと消えた。
「うわあっ」
勢いで海に転ぶ風我は、弟に助け起こされ、駆けつけた両親に抱きかかえられる。
安心もつかの間で、海は暴れ狂う。
波が風我を飲み込もうとした――両親は小舟に二人を乗せて、勢いよく押した。
紫桜は叫びすぎて舟の中で寝転がり、風我は必死に両親を呼び続ける。
「父さん! 母さん!」
声は虚しく波にきえゆき、兄弟を乗せた小舟はただ揺れた。
先程まであった村の辺り一帯は、青い靄につつまれ、それはもはや水なのかどうかも判断できず、何もわからない子供はただ泣き叫んだ。
弟を小舟から引きずり出した時、見知らぬ男達に囲まれた。
「奴らは、傭兵か」
「俺は、途中で頭に助けられた……でも、紫桜は別の連中に……」
「風我、お前の中には、あの存在がいるのだな」
両肩を掴まれて、まっすぐに見つめる碧の瞳。
その瞳には、あの羽の生えた鹿が映る。
風我は見てはならないものを見たと感じて、涼新を突き飛ばそうともがく。
暴れる風我を、涼新はそっと抱きしめた。
――あ……。
「怖がるな、お前は決して孤独ではない」
「う、うるさい」
「風我」
――こいつの、温もりで、安心するなんて。
体を包み込まれ背中をさすられたら、目頭が熱くなって、涙が止まらなくなる。
嗚咽をもらす胸中には罪悪感、脳裏には家族と過ごした僅かな幸せな時で溢れた。
「……父さん、母さん、紫桜」
涼新にすがりつく風我に優しい声が語りかける。
「お前の中に眠るのは、恐ろしい存在ではない。きっと、お前を助けてくれる筈だ」
「……っ」
風我は涼新に身を委ねて、唇を噛み締めて鳴き声をこらえようとした。
頭を撫でられて宥められる。
「我慢するな」
「う、うう」
とうとうその胸に顔を埋め、風我は我を忘れて泣きじゃくってしまった。
雪花は、身を寄せあう二人を唖然と眺める。
――あんなに険悪な関係なのに、やはり、普通じゃない!
二人がどのような力を持つのかははかれないものの、追ってきた存在が何なのかを理解すれば、特別なのだと信じざる負えない。
雪花は父に目配せをした。
父は腕を組み頷くと、二人に呼びかける。
「どうやらお前達は、とんでもない輩に目をつけられているようだ。外にでるのは危険だぞ」
その言葉に、涼新は風我の様子を伺いながら頷くと、ふいに視線を春鈴に移す。
雪花は、春鈴の姿を見て驚愕した。
「春鈴!?」
彼女は宙に浮かび、瞳を赤く輝かせていたのだ。




