第5話 悪逆令嬢、説明を受ける②
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『さて、それでは次に行きましょう。人を動かす三原則その2『重要感を持たせる(1-2)』です。人といのは、誰しもが『他人に認められることを渇望する気持ち』を持っています。貴女は特にその気持ちが強いように見受けられますが』
「当然ですわ! それがノクスレイン公爵家の人間というものですわ!」
『あー、はいはい』
「雑ですわね!?」
『正直、貴女のことなんてどうでもいいんですよね』
「酷すぎますわ!?」
イザベラがツッコミを入れた。
だが、この流れも謎の右手の想定通りだった。
『これです』
「これ?」
『いま、貴女は嫌な気分になりましたね?』
「そ、そんなことはありませんわ……」
『はい、嘘です』
「嘘ではありませんわ!」
『嫌な気分になって機嫌を損ねた人間の怒り方ですね』
「う……」
『このように、人は他人に軽んじられると嫌な気持ちになります。ちなみに――遠い異国の物語に、こんなセリフがあります。『俺は俺を評価しない奴なんぞ相手にしない。俺は常に、どんな時も、正しく俺を評価する者につく』』
「いい言葉ですわね。私も見習いたいものですわ」
『見習ってはいけません。あまりに極端すぎます。ですが、カーネギーの原則の根幹を理解するためには非常に有益です。誰だって、誰かに認められたいのです。重要だと評価されたいのです。時として、人を狂わせるほどに』
「気持ちはとてもよく分かりますわ」
『ですよね。貴女は特に』
「どういう意味ですの!?」
『とにかく、人は他人から重要だと認められると嬉しくなってしまうのです。ですから、褒めたり、相手の話を真摯になって聞いたりすると、相手は心を開いてくれます。カーネギーの原則の中にも『誠実な関心を寄せる(2-1)』『聞き手にまわる(2-4)』『こころから褒める(2-6)』というものがあります。これらの根底には、相手を認めるということがあるのを覚えておいてください』
「了解しましたわ!」
『そして、その逆をしないようにくれぐれも注意してください』
「逆、ですの?」
『相手の名前を覚えていなかったり、話を聞かなかったりしてはいけないということです。そんなことをしたら、軽んじられたと感じ、反感を持たれてしまうことになります。ですから、発言をした部下に対して『誰が喋って良いと言った。貴様共の下らぬ意志で物を言うな、私に聞かれたことにのみ答えよ』なんて言ってはいけません』
「妙に具体的ですわね」
『気にしないでください。それよりも、分かっていただけましたね?』
「勿論ですわ!」
『……本当ですか?』
「本当ですわ!」
×××
『それでは、三つ目に行きましょう。人を動かす三原則その3『人の立場に身を置く(1-3)』です。人間というものは、何事も自分本位に考えがちです。ですが、対人関係においてそれではいけません。人間は自分本位であるからこそ、相手の立場に立つことに意味があるのです!』
「あー、成程ですわねー」
『分かっていませんね!?』
「いいえ、分かっていますわ! 人を動かそうとする時に、無理矢理それをさせようとしても上手く行きませんわ! ですから、相手の立場に立って、相手がどうすればそれを自主的に行いたいと思えるようになるかを考えることが肝要! そういうことですわね!」
『……正解です』
右手の声には動揺が見られた。
イザベラは反省しないアホだが、理解力だけはあるのだ。
もっとも、今回の理解には、別の要因があった。
「ふっふっふっ。意外かもしれませんが、私は自己中心的な性格をしていますのよ!」
『意外でも何でもないですね!?』
「命令に反発したくなる気持ちは誰よりも強く、わたしに何かをさせるために右往左往する人間を数多く見てきましたわ! 今考えれば、彼らの行動にはそんな意味があったということが分かりますわ!」
『過去の自分を反面教師にしたわけですね。そういう考え方は素晴らしいですね』
「そうでしょう!」
『ちなみに、今のは『わずかなことでもほめる(4-6)』という原則に基づいたものです。自らの重要感を得られて、気分がよくなったでしょう?』
「それは否定しませんわ」
イザベラは、少しだけ素直な笑みを浮かべた。
『こんな感じで、日々の態度を矯正していきましょう。いいですね』
「……出来たらやりますわ」
『それ、やらないやつ!?』
「なんだか、面倒くさそうですわ」
『それでしたら、貴女を待っているのは『破滅の刃』ですよ』
「じょ、冗談ですわ! 何てもやってやりますわ! どんとこいですわ!」
イザベラは、両手を腰に当てて胸を張った。
その姿は、どこか滑稽で、どこか頼もしいものだった。




