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第4話 悪役令嬢、説明を受ける①

     ×××


 休憩室での騒ぎを知る由もないイザベラは、上機嫌だった。

 先ほどのエミリーの反応。

 あれは、これまで彼女に向けられてきたものとは明らかに違っていた。


 これまで「ありがとう」と言われることはあった。

 だが、それは機嫌を損ねないようにするためのものにすぎなかった。

 感謝の言葉ではなく、その場をやり過ごすための虚言だったのだ。


 だが――。

 先程の「ありがとう」には、感謝が込められていた。

 ほんの僅かではあるが。

 イザベラは、その僅かな感謝を感じ取っていた。

 そして人間的に成長した――なんてことはなかった。

 むしろ、増長していた。


「出だしは順調ですわね。貴方がいれば、私の破滅回避も容易いですわ」

『簡単に考えないでください。これまでの貴女は、酷いものでした。悪逆非道と傲岸不遜と軽佻浮薄が骨の髄まで染みついてしまっています。それを矯正するのは簡単なことではありません』

「ふっ、果たしてそう言いきれるのかしら?」

『その自信はどこから来るのですか!?』

「貴方がいれば楽勝だからに決まっていますわ!」

『どうしてボクの言葉を否定するためにボクを使おうとするなんて発想が出来るのですか!?』


 傲慢かつ他力本願だからである。

 努力はしたくないが、下手したてに出る気もない。

 少なくとも現時点において、彼女はそういう人間なのだ。


『そもそも、貴女の魂に染みついた悪逆非道はそう簡単には矯正できません。先ほども小さなことでメイドさんを叱責しようとしていましたよね?』

「あれは……仕方がありませんわ。そもそも、私はあの本を一読しただけですのよ! あれ程沢山の内容が書かれていたのですから、全てをすぐに血肉とすることは不可能ですわ!」

『まぁ、それはそうですが……』

「ほら、やはり私が正しかったのですわ! 私は間違えないのですわ! さぁ、頭を垂れてつくばいなさい! 平伏なさいまし!」

『どういう情緒をしているんですか!?』


 謎の右手は、容赦なくツッコミを入れた。

 イザベラの不安定な傲慢さは、未知の存在さえ呆れさせていた。


『もっとも、貴女の言うことも正しくはあります。あの本には、人を動かす三原則・人に好かれる六原則・人を説得する十二原則・人を変える九原則が掲載されているため、それを一読しただけで身に着けることは不可能でしょう』

「ですわよね!」

『ですが、全てを覚える必要はありません。これら合計して三十ある項目の大半は、『相手に重要感を持たせること』を基礎としています。そのために重要になってくるのは、相手を『尊重』することです。その趣旨を理解し、身に着けることが出来れば、自ずと『人を動かす』の趣旨に沿った行動が出来るようになるでしょう』

「よく分かりませんわ。もう少しかみ砕いて説明して下さりません?」

『では、とりあえず『人を動かす三原則』だけ詳しく説明してみましょう』


     ×××


『まずは原則その1『盗人にも五分の理を認める(1-1)』です。これは、先程のメイドさんへの対応の時に説明しましたね。人が過ちを犯した時に、貴女はどう対処すればいいんでしたっけ?』

「粛清ですわ! あべしっ!?」


 右手が容赦なく、イザベラの頬を打った。


「殴りましたわねっ!? お父様にも殴られたことがないのに!?」

『母親には殴られたことがあるような言い方ですね』

「ノーコメントですわ。それよりも、何をするんですの!?」

『申し上げたとおりの鉄拳制裁です。それと、殴られたら『ありがとうございます』とお礼を言ってください』

「どうしてですの!?」

『愛の鞭だからです。それとも、ボクの手伝いは不要ですか?』


 謎の右手は、面白がるように言った。

 対するイザベラは、顔を歪めながら歯を食いしばる。

 そして――。


「……させていただきますわ」


 嫌々ながら、了承した。

 プライドの高いイザベラにとって、それは屈辱的なことだった。


 だが、自力での改善は不可能だということは、彼女自身が一番よく分かっていた。

 謎の右手がなければ、破滅へ一直線。

 その現実が、一時的にプライドを封印させた。


『さて、それでは話を戻しましょう。正解は『罵倒も叱責もしない』です。人には自尊心というものがあります。ですから、批判されるとすぐさま防御態勢を築き上げ、自己の正当化を計ろうとするものです。つまり、罵倒も叱責も意味をなさないのです。それは『尊重』とは真逆のものなのですから』

「理屈は分かりましたわ。出来るかどうかは別として」

『破滅を避けたいのであれば、慎んでくださいね』

「……分かりましたわ」

「本当ですね? がん詰めして言い訳をさせた挙句、それを否定するなんて絶対にやってはいけませんよ。仕事の進捗状況を報告しに来た部下に対して『その程度のことをしたから、何だというのだ』『お前には失望した』『上弦も堕ちたものだ』なんて言ってはいけません』

「鬼の所業ですわね」

『ええ、まさしく鬼の所業なのです。ちなみに、この趣旨を具体化した原則としては『議論を避ける(3-1)』『誤りを指摘しない(3-2)』『顔を潰さない(4-5)』などがあります』

「あー、ありましたわね」

『これらは全て、相手がこちらを警戒し、心を閉じるような状態にならないようにするためのものです。とりあえずは、その趣旨だけ覚えておくようにしてください』

「分かりましたわ」


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