第4話 エピローグ4
×××
イザベラはアレクセイと一緒に父親の執務室へと行った。
アレクセイは婚約者ではあるものの、一応は部外者だ。
だが、イザベラはあえて彼を同伴させた。
最近、イザベラの父親は何かを企んでいる節がある。
マクベス家よりも格の高い貴族相手をイザベラにあてがおうとしているらしいのだ。
だから、仲睦まじい姿を見せつけておく必要がある。
もっとも、それは建前でしかない。
イザベラの本音としては、一分一秒も長く、アレクセイと一緒にいたかったのだ。
イザベラも一応、一人の乙女だった。
「お父様。参りましたわ」
「うむ、ご苦労。実は、王城から通知が届いた」
父親が声を低くして告げた。
「王城から? もしかして、あの事件に関連して、改めてお礼をしたいというお話でしょうか?」
「読んでみろ」
イザベラは手紙を受け取る。
そしてその中身を見て――面倒くさそうにため息をついた。
書かれている内容は、イザベラに役職を与えるというものだった。
具体的には『活版印刷を国有事業とし、そこの責任者にイザベラを任命する』とある。
齢十三で国有事業の責任者に任命されるというのは、大抜擢である。
活版印刷が国有事業となれば、ノクスレイン家の格も上がる。
イザベラ自身も大きな権力を持つことになるのだが――。
「お断りしましょう」
イザベラはそう提案した。
手紙に書かれた『国有事業』という言葉。
これはつまり、今後半永久的に国の監視下に置かれるということだ。
面倒くさそうなうえに、無数のトラブルが起きそうな気がする。
やらなくていいことはやらない。
やらないといけないこともやりたくない。
それがイザベラの座右の銘なのだ。
だが、それは父親が許さなかった。
「駄目に決まっているだろう!? 王命だ!」
「王命って、断ることは出来ませんの?」
「出来るわけがないだろう!?」
父親は疲れた様子を見せた。
この大抜擢は名誉なことであり、まともな貴族なら断るという発想すら生まれない。
だが、目の前の娘――イザベラはそうではなかった。
彼女は貴族としてはあまりに非常識だった。
それは教育を誤った両親の責任でもあるのだが――。
「これは、全力を尽くすしかありませんわね」
「当然だ」
「死力を尽くして、この面倒事を回避しますわ!」
「逆だ馬鹿娘!?」
「それなら……これを行うためには、私は未熟すぎますわ」
「適当な言い訳をするな! とにかく、王子はお前を適任と考えた。そこには、何か理由があるのだろう」
「理由……」
「まさか、王子といい仲になっているということは――」
「尊敬するお父様といえども、全力で殴りますわよ?」
「……すまない」
謝罪する父親を前に、イザベラはため息をついた。
考えてみれば、理由は明らかだった。
あの時、イザベラが適当に語った夢。
『印刷事業を興し、世界中に書物を広めたい』
その妄言をリオンが本気にしてしまったのだろう。
つまりは、自業自得である。
「かーくん。まだ私の試練は終わりそうにありませんわ」
『イザベラ。お別れの時です』
「このタイミングで!?」
×××
執務室では、父親たちが今後の対応について検討していた。
イザベラを責任者とする謎の采配に、彼らは混乱するばかりだった。
そんな中、イザベラはこっそりと部屋の隅に移動する。
頼りにして来たカーミギーが消えるというのだ。
内心で、彼女は焦っていた。
一応、破滅の危機は乗り切った。
だが、これが最後の危機だとは思えなかった。
イザベラとしては、まだカーミギーの力を必要としていた。
(いえ、それではいけませんわね)
引き留められないことは分かっている。
だから、軽口をたたくことにした。
「お世話になりましたわね。また、私がピンチの時は是非いらしてくださいまし」
『自分勝手!?』
「それはこれまでと変わりませんわ」
イザベラはそう言った。
『それもそうかもしれませんね。でも、結果は変わりました』
「ええ、貴方のおかげですわ」
『素直!? なんだか、気持ち悪いですね』
「自分でも、何だか気持ち悪い気がしましたわ。ちなみに、引き留めたら、留まったりできるものですの?」
『それは無理です』
「ですわよねー」
イザベラは同意した。
「まあ、何とかしますわ。破滅はもう回避したわけですし、もう大丈夫ですわ」
『本当ですか?』
そう問われ、イザベラは答えに窮する。
だが、少しして――。
「……そんなわけありませんわ」
ぽつりと本音を漏らした。
何せ、逆行前は最悪の結末にたどり着いてしまったのだ。
カーミギーなしで、何とか出来るとは思えなかった。
「不安だらけですわ。正直言って、私一人で何とか出来るとは思えませんわ。五分後に破滅していても不思議はないと思いますわ」
『あー、はい』
「かーくん、なんとか残れませんの? なんなら、魔力を大量に供給して差し上げますわ」
『イザベラ……』
「かーくん……」
『その言葉が聞きたかった!』
「……はい?」
『イザベラの殊勝な言葉を聞きたかったのです。ボクが消えるのは確定なので、最後に『消えないで欲しい』と言わせてみたかったのです』
「何のために!?」
『面白そうだから』
「最低ですわ!?」
『最低の人間の右腕ですから』
「言われてみれば、そうですわね」
『それに、逆行前とは大きな差がありますよ』
「何のことですの?」
『すぐにわかります。大丈夫。今の貴女なら、自分で何とか出来ますよ』
その言葉と同時に、右腕から何かが消えた感覚があった。
「……かーくん?」
返事はなかった。
イザベラは自分の右腕を見つめる。
結局、カーミギーが何だったのかは分からない。
だけど、この状況があるのは彼のおかげだ。
「イザベラ様」
アレクセイに声を掛けられ、振り返る。
そこには、イザベラに対して温かい視線を向ける人たちがいた。
婚約者アレクセイ。
メイドのエミリー。
執事長にメイド長。
彼らを見て、イザベラは気づいた。
逆行前、イザベラは彼らを失っていた。
でも、今は味方になってくれる人がいる。
(このことですのね)
カーミギーがつないでくれた縁。
それは、カーミギーが消えた後も残り続ける。
彼がもたらしてくれたものを胸に、イザベラは言葉を返す。
「今、行きますわ」
そして、イザベラは歩き出す。
これで物語は完結となります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




