第3話 エピローグ3
×××
リオン王子の暗殺未遂事件から二週間が経過した頃――。
イザベラの下に、王城から一通の報告書が届いた。
それは、ゲスマン家に対する調査に関するものだった。
ルミナリオン王国は事件後、ゲスマン家を徹底的に調査した。
すると、次々と不正が出てきた。
一つ一つを詳しく調べていったら、年単位の時間が必要となるほどだ。
そのため、国はゲスマンを調査が終わるまで幽閉することとした。
つまり、外に出たければ不正調査に協力しろというわけだ。
もっとも、不正調査が終わったとしても彼が外に出ることはない。
国家から支給された物資の横領。
それを隠ぺいするための王子暗殺未遂。
許されることのない大罪を重ねて犯しているのだ。
死刑は確実だろう。
「ま、そんなところでしょうね」
この経過に、イザベラは納得していた。
ゲスマンに同情すべき点はない。
あの男はイザベラを殺しかけたのだ。
しかも、逆行前はイザベラに濡れ衣を着せていた。
(万死に値しますわ)
だが、実行犯の処分がどうなるかは、少しだけ気になっていた。
彼らは、騙されて犯行に及んだのだ。
一国の王子に危害を加えた以上、罪は免れない。
どんな罪になるかはルミナリオン王国次第だが、そこはリオンに任せるしかない。
「ところでイザベラ様。そろそろご準備を」
「ええ、分かっていますわ」
ジョバンニに促され、イザベラは報告書を机の上に置いた。
今日はアレクセイが家にやってくることになっているのだ。
そのために、朝早くから最大限のおめかしをすることになっている。
×××
屋敷を訪れたアレクセイは、ジョバンニに連れられて応接間へとやって来た。
アレクセイの人懐こい性格のせいか、彼らは楽しげに言葉を交わしていた。
「それでは、私はここで。失礼いたします」
「ご案内、ありがとうございました」
執事長が応接間から出て行くと、アレクセイはイザベラを見た。
そして、驚きに目を見開かせていた。
今日のイザベラは、いつもとは少し違った。
現状、アレクセイとの関係は非常に良好なものになっている。
そのため、彼に対する好意を隠す必要がなくなっているのだ。
結果、躊躇いなしの全力の『おめかし』を敢行するに至っていた。
つま先からツインドリルの先まで、徹底的に仕上げたのだ。
主にマーサとエミリーが。
(あの二人には感謝しかありませんわ)
その結果が、アレクセイのこの反応である。
感受性の高い彼は、その微細な変化にも気づいていた。
「イザベラ様。今日はいつもに増してお奇麗ですね」
「おきっ!? えっ!?」
突如として、アレクセイの口から甘い言葉が紡がれた。
予想外のことに、イザベラは混乱する。
だが、アレクセイの猛攻は止まらない。
「なんだか、特別なものを見ることが出来たような気がします」
「そ、そんなことはありませんわ。私はいつも、こんな感じですわ」
「そうですか」
そう言って、アレクセイは微笑んだ。
それを見たイザベラは、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
(な、なんですの、この幸せは)
表情が緩むのを必死に抑える。
対照的に、アレクセイは平然とした顔で話を続けた。
「それにしても、驚きました。使用人ともあれほど仲良くなっているなんて」
「あ、ええ、そうですわね。彼らとは仲良くさせていただいていますわ」
イザベラの下で、使用人たちの待遇は格段に良くなっていた。
まだまだぎこちない者もいるが、使用人たちはイザベラに自然に接していた。
これこそが、イザベラの目指したノクスレイン家の形。
健康な使用人こそが、ノクスレイン家が誇る財産なのだ。
「それでは、今日はこれまで描かれた絵を見せていただける約束でしたわね」
「はい。お持ちしました」
イザベラは一つ一つを吟味していく。
婚約者が書いたというひいき目を抜きにしても、その出来は素晴らしいものだった。
いっそのこと、買い占めてやろうかとも思った。
もう少しすれば、この絵にはとんでもない価値がつくだろう。
(いえ、いけませんわね)
婚約者の芸術作品を金儲けの道具にするべきではない。
それに、一度手に入れたら、二度と手放せなくなるだろう。
それでは、アレクセイの素晴らしさを布教することが出来なくなる。
「ところで、婚約の話ですが」
「はい」
イザベラは身構えた。
すでにこの問題は解決しているはずだった。
それでも、あちらから話を切り出されると、つい警戒してしまうのだ。
だが――。
「イザベラ様が何と言おうと、維持していきたいと思います」
「……はひ?」
アレクセイの口から飛び出た言葉は、好意の告白に近いものだった。
それを聞いたイザベラは舞い上がった。
「ちなみに、それはどういう心境によるもので――」
「イザベラ様を離したくありません」
「はぅっ!?」
そのストレートな言葉に、イザベラの心が打ちぬかれた。
無意識のうちに顔がにやけてしまい、涎が垂れそうなほどに気持ちが緩む。
脳内ではお花畑の中で大量の花火が打ち上っていた。
かつてない妄想お祭り騒ぎである。
そんな中――。
誰かが、ドアをノックした。
それでイザベラは、一時的に正気に戻った。
「ど、どちら様ですの?」
「ジョバンニです。今、お時間よろしいでしょうか?」
「今、婚約者が一緒ですのよ」
イザベラは嗜めるように言った。
だが、内心は小躍りしたくなるほどに喜んでいた。
表情は満面の笑み。
みっともないほどに浮かれ切っていた。
(『婚約者が一緒』――いい響きですわ!)
逆行前、イザベラは婚約を破棄されていた。
アレクセイから見捨てられ、貴族社会からは馬鹿にされた。
その屈辱を味わいつくしたイザベラとしては、一度言ってみたかったセリフだ。
「まぁ、いいですわ。とりあえず、入ってきてくださいまし」
「失礼いたします」
ジョバンニは、ドアを開けて部屋に入って来る。
この時点で、イザベラは嫌な予感がしていた。
「お取込み中のところ申し訳ありません。ご当主様がお呼びです」
「お父様が?」
「緊急です」
「緊急ですの……」
ようやく、破滅の運命を遠ざけることが出来たのだ。
しばらく平和な時が続くと思っていたのだけれど――。
安心した直後の急転直下は、ここ最近で何度も体験していた。
「お次は何ですの?」




