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第16話 悪逆令嬢、託す

     ×××


 再度訪れたピンチに、イザベラは悲鳴を上げた。

 同時に、ゴブリンたちが一斉に襲い掛かってきた。


 絶体絶命かと思われたが――。

 リオンはイザベラの前に出て、寄ってくるゴブリンを切り伏せた。

 その光景に、イザベラは目を見開く。


「王子、もしかして戦えますの!?」

「見て分からないか?」

「出来るのなら、最初からやってくださいまし!」

「助けてもらっている身で文句を言うな!」


 どこからともなく、大量のゴブリンが沸いてくる。

 イザベラたちに接近するたびに、リオンがそれを切り伏せた。


 だが、ゴブリンの集団に怯む気配はなかった。

 彼らは死を恐れない。

 獲物をねじ伏せるまで、止まることはない。

 だからこそ、人々はゴブリンを恐れるのだ。


 王子は次々と襲い来るゴブリンを凌いでいるが、いつかは限界が来るだろう。

 押し寄せるゴブリンの数は膨大で、一人でさばききれる量ではない。


 こうしているうちに、ゲスマンの兵士の一人が倒れた。

 鎧の上から、棍棒で袋叩きになっている。

 ジョージも戦ってはいるが、苦戦している。

 元々健康状態も良くないようだから、長くはもたないだろう。

 ゲスマンは隅で小さくなっていたが、ゴブリンに囲まれていた。


「イザベラ、何か策はないのか?」

「へ? 私ですの!?」

「そうだ」


 策は――ないこともなかった。

 だが、その策はあまりにリスクが大きい。

 下手をすれば、即座に全滅しかねないものだ。


「失敗しても怒らないでくださいまし!」

「失敗したら死ぬから怒れないだろう!」

「あら、それもそうですわね」


 イザベラは両手を胸の前で合わせた。

 そして――。


「【黒霧】」


 呪文を詠唱すると、彼女の身体から黒い粒子が発せられた。

 それは霧のように空間を満たしていき――一瞬で視界を覆った。


「何をしている! これでは、戦えないではないか!」

「これは錯乱させる魔法なのですわ!」

「錯乱?」

「魔物たちを錯乱させることで、助けが来るまでこの場を凌ぐんですのよ!」

「そうか。それはいい作戦だ!」

「ですが、一つ問題が……」

「何だ?」

「この魔法、普通に人間にも効きますの」

「人間にも?」

「当然、王子も錯乱することになりますわ」

「なんだと!?」

「ですが、ご安心ください! 王子がどのような無様を晒そうと、私はそれを口外したりしませんわ!」


 イザベラは堂々と宣言した。

 問題はそこではないのに――。


「このアホが!」

「まぁ、レディーに向かってなんてことを言うんですの!?」

「アホはレディーに含めない!」

「アホではありませんわ! これには、しっかりとした理由があるんですのよ!」

「本当だろうな!?」

「えっと……」

「やはり無策ではないか!」

「無策ではありませんわ! これから考え――おっと失礼」

「今、これから考えると言いかけなかったか!?」

「そんなことはありませんわ」


 王子から目をそらしつつ、イザベラは考える。

 錯乱魔法を使ってしまったことの追加の大義名分が必要だ。

 暗黒魔法の有効な使い道――そう考えたとたん、リリアナの顔が思い浮かんだ。


「これですわ!」

「なんだ?」

「これは、救援を呼んでいるのですわ! ここがどこなのかは知りませんが、王城から然程離れていない場所ということです。ですから、私が全力で暗黒魔法を使えば『暗黒魔法絶対殺すガール』が気づいてくれるはずですわ」


 暗黒魔法絶対殺すガール――即ち、リリアナに頼るのだ。

 彼女は暗黒魔法が関わってくると、思い切りのいい判断をする。

 しかも、暗黒魔法の探知能力もピカイチだ。

 きっと、このダンジョンにザイムスを連れてきてくれるだろう。


「確かに、それはいい計画だ」

「後は、どちらが正気を保ち続けることが出来るかの問題ですわ。ゴブリンと人間の勝負ですわ!」

「だが、ゴブリンは大して何も考えずに襲ってきているのではないか? 錯乱したところで、危険度は変わらないのでは?」

「……しまりましたわ!」

「やはりアホで正解だったではないか!」

「こんなはずでは……」


 イザベラの予定では、イザベラ以外全員が錯乱するはずだった。

 その中で、王子を連れて比較的安全な場所を探そうと思っていたのだ。

 ついでに、錯乱した王子の姿をしっかりと観察しておこうとも思っていた。

 この期に及んで、まだ余裕がったのだが――。


「完全に計算違いでしたわ!」


 その余裕はなくなってしまっていた。


「お前、既に錯乱しているのではないか?」

「いいえ、私の錯乱はこの程度ではありませんわ!」

「得意げに言うな!」


 ゴブリンの数はどんどん増えていった。

 状況は悪くなっている――そのはずだった。

 だが、ゴブリンたちの猛攻は一時的にストップした。

 これまでイザベラたちを狙っていたゴブリンたちは、互いを攻撃し始めた。


「効いていますわ! 私の魔法、しっかりと効いていますわ!」

「そのようだな」

「これなら、何とかなりそうですわね。王子も、安心して錯乱していただいて構いませんわよ」

「誰が錯乱などするか!」

「遠慮をすることはありませんわ」

「お前、呼び出した理由を根に持っていないか!?」

「気のせいですわ」

「生きて帰れたら、お前も国家反逆罪に問うことにしよう」

「申し訳ありません! 調子に乗りました! どうか処刑だけは勘弁をしてくださいまし! この通りですわ!」

「いや、冗談だが」

「冗談と言いつつ、実は?」

「冗談だ! というか、何故そこだけ本気で嫌がるんだ!?」


 そう言って、王子は笑った。

 気が付けば、二人は忌憚なしに会話をしていた。

 このままなら、生きて外に出ることが出来そうだ。

 そう考えたのだが――。


「……あれ?」


 イザベラの身体から力が抜けた。

 その感覚には覚えがあった。

 リリアナの神聖魔法を受けた時と同じだ。


(これ、魔力切れですわ)


 黒霧は、大量の魔力を消費する魔法だ。

 膨大な魔力保有量を持つイザベラでも、長時間の維持は難しい。

 しかも、今回はダンジョンの外に状況を知らせる為、全力で使っている。

 だから、これほどまでに早く限界が訪れたのだ。


「イザベラ、どうした!?」

「申し訳ありませんが、そのうちこの魔法を使えなくなります」

「何だと!?」

「私の魔力はもうカラカラですわ。今は体力を魔力に変換して何とか持たせていますが、そう長くはもちませんわ」

「分かった! 出来るだけ長く耐えてくれ」

「了解しましたわ」


 イザベラは身体の芯まで絞って、魔力をひねり出した。

 彼女に出来ることは、時間稼ぎだけだ。

 ゴブリンを錯乱させ続け、同士討ちを続けさせる。


(そう言えば、王子は錯乱しませんわね)


 通常であれば、リオンも少なからず錯乱するはずだった。

 だが、彼に異常は見られない。


 少し気になったが、その原因を考える余裕はなかった。

 イザベラの視界が徐々に黒く染まっていく。

 身体から力が抜け、その場にくずおれてしまった。


「イザベラ!」


 呼びかけるリオンの声。

 だが、それに応えることは出来ない。

 魔力も体力も底をつき、身体を動かせなくなってしまった。


(もう、駄目ですわ……)


 イザベラは目を閉じた。

 そして、意識を手放した。

 残るは、リオン王子のみ。

 イザベラの運命は今、彼の手に委ねられた。

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