第13話 悪逆令嬢、黒幕に遭遇する
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男の説得には成功した。
これでひとまず、リオンの身の安全も確保できたはずだ。
「後は脱出するだけですわ!」
意気揚々とした声が、狭い空間内に響く。
その反響を聞きながら、イザベラは今更な疑問を持った。
「ところで、ここはどこですの?」
「ダンジョンです」
「ダンジョン!? あらまぁ、これがダンジョンというものですの」
ダンジョンとは、基本的に地下牢のことを指す。
だが、冒険者の間でその単語は『自然発生した迷宮』を指すものとして使われる。
イザベラも、ダンジョンを冒険する小説をいくつか読んだことはあった。
だが、自分がそこに入ることになるとは思いもしなかった。
不謹慎ながら、少しだけテンションが上がるイザベラであった。
「それで、このダンジョンはどこにありますの?」
「王城からは然程離れていません」
「では、救援は期待できるというわけですわね」
「ただ、入口がゲスマンの敷地内にあります」
「駄目じゃありませんの!? 期待は出来そうにありませんわね」
王城の近衛兵といえども、他人の敷地に軽々と入り込むことは出来ない。
偶然誰かが来る可能性はないだろう。
「自力で地上を目指すしかありませんわね。ところで、このダンジョンには魔物はいないのですの?」
ダンジョンと言えば、魔物がつきものだ。
小説の中の冒険者たちは、いつでも命がけで魔物と戦っていた。
とはいっても、イザベラ自身はそんなことはしたくないが。
「いますが、魔物除けを使っています」
「あら、それは便利ですわね」
魔物除けについては、初めて聞いた。
そんなものがあるのなら、ダンジョン内だって安全だ。
後は男に道案内をさせて、特に問題なく入口まで行けばいい。
もっとも、入口あたりでゲスマンが雇った人間が待ち構えているかもしれないが。
(その時は、私の暗黒魔法の出番ですわね)
イザベラの暗黒魔法は、主に人の精神に悪い影響を与える。
対人戦で特に有効なのが【黒霧】という錯乱魔法だ。
これを使えば、ゲスマンの味方を一網打尽にすることなど容易い。
まさに悪逆令嬢らしい魔法だ。
(そうなれば、私の株はどこまでも高く上昇するはずですわ!)
イザベラは呑気にそんなことを考えていた。
魔物除けがあるとはいえ、ダンジョンが危険な場所であることに代わりはない。
だが、彼女の天井知らずの承認欲求は危機意識を軽く塗りつぶしてしまっていた。
その結果――。
「そこまでだ」
別の脅威が近づいていたことに気づかなかった。
気が付けば、イザベラの首元には冷たく鋭い刃があてられていた。
「ひぃっ!?」
驚いて一歩下がると、豊満な脂肪を称えた身体に当たった。
横目でちらりと見ると、背後には『悪徳』を絵に描いたような男がいた。
大きく出た腹。
無駄に豪華に着飾った服。
はち切れそうな太い指には、宝石のついた指輪がいくつもはめられていた。
お手本のような悪徳貴族である。
(まさか、これほど分かりやすい見た目の方がいらっしゃるとは)
危機的状況に陥りながら、イザベラは感心していた。
この時点では、まだ自分が殺されるかもしれないという実感がなかったのだ。
「ゲスマン!」
男が怒号を上げた。
そう、この男こそがゲスマン・ガリデブだったのだ。
またしても、イザベラは危機的状況に陥ってしまっていた。
×××
「ジョージか。王子を殺すことには失敗したようだな」
ニタリと笑いながら、ゲスマンは告げた。
「どういうことだ!? 食料の配給はあったのか?」
「あった。だが、お前がそのことを知ったところで、どうしようもない。貴様もここで死ぬのだ」
「テッドはどうなる!?」
「首謀者の一人として処刑されることになるだろう。王子を殺害したとなれば、楽に死ねるとは思わないほうがいい。そうだ、ワシが直々に拷問をしてやろう。そして、処刑の直前に真実を教えてやるのだ」
「この……」
イザベラそっちのけで盛り上がっている中、イザベラは記憶を辿っていた。
ゲスマン・ガリデブ。
彼の声には聞き覚えがあった。
それは逆行前、イザベラが地下牢で聞いた声だ。
全ての責任をイザベラに押し付けることを告げた男の声。
(この男が、全ての元凶……!)
イザベラは暴れだしたくて仕方がなかった。
だが、そんなことをしたら命に関わる。
「(かーくん、どうすれば?)」
『(そうですね。まずは、この場の主導権を握るのがよろしいのではないですか?)』
「(そんなの、出来るはずがありませんわ)」
『(それはやって見なければ分かりませんよ。それに、何もしなければこのままピンチは続くのです。やってみる価値はありますよ)』
「(分かりましたわ)」
『(では、まず怒りを鎮めてください。対立をしたところで、相手はこちらの話を聞いてくれません。人を説得する十二原則その4『穏やかに話す(3-4)』ことを心がけてください。ゲスマンに対して、優しく打ち解けた態度で接するのです)』
「(無理ですわ)」
『(無理でもやってください)』
「(嫌ですわ! こんな奴の味方なんて、死んでもしたくありませんわ!)」
『(逆行前は割と同類だったと思いますけど)』
「(なんて失礼な! 策謀を巡らし人をハメるだなんて真似、私に出来るはずが――)」
イザベラの反論が止まる。
お察しのとおり、悪逆令嬢の性格はカスだった。
もっとも、知性もカスだったため、大したことは出来なかったが。
「(とにかく、嫌ですわ!)」
『(心当たりがあるんですね。考えてみたら、出来そうだったんですね)』
「(う……)」
『(でしたら、やってください。貴女がゲスマンにとっての味方であると分かってもらえれば、ゲスマンも貴女の言葉に耳を傾けることでしょう)』
「(分かりましたわ)」
イザベラは深呼吸をする。
これから、ゲスマンの考えに賛同の意を示さなければならないのだ。
そのためには『悪逆令嬢モード』に切り替える必要がある。
心の奥深くに厳重に封印したはずの人格。
「(果たして、その封印を私が解くことが出来るでしょうか)」
『(そういうのを何というか知っていますか?)』
「(何と言いますの?)」
杞憂である。




