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第10話 悪逆令嬢、罠にかかる

     ×××


 イザベラが謁見の間に行くと、そこは大変なことになっていた。

 まず目に入ったのは、床に倒れている数名の近衛兵。

 既に襲撃があったのだろう。


(まさか、王子も――)


 そうイザベラだったが、リオンは無事だった。

 豪奢な椅子に座りながら、堂々とした態度でふんぞり返っていた。


「申し訳ありません、遅れましたわ。それで、これはどういった状況ですの?」

「特に問題はありません。賊は取り押さえられ、安全は確保されました」


 イザベラの問いに、近くにいた近衛兵が答えた。

 見てみると、部屋の中央付近で、一人の男が押さえつけられていた。

 警備兵の鎧を身に着けているが、顔はやつれている。

 明らかに、正規の兵士ではない。

 相当抵抗したのか、顔には殴られた痕があった。


(危ないところだったようですわね。本っ当に、首の皮一枚繋がりましたわ!)


 イザベラはリオンの方へ向かった。


「王子、ご無事で何よりです」

「ああ。お前が忠告をしておいてくれた上、リリアナを連れてきてくれたおかげで助かった」

「リリアナが?」

「賊は暗黒魔法の使い手だった。城の人間も苦戦していたが、リリアナの神聖魔法によって無力化することが出来た」

「そうでしたか」

「その後、リリアナは無表情で淡々と賊を殴り続けた。その雄姿をお前にも見せてやりたかった」


 リオンは気軽に言った。

 だが、イザベラは背筋が凍る思いだった。

 逆行前、彼女は『特等席』からそれをずっと見ていたのだ。

 痛みと共に。


(賊の方には同情しますわ)


 だが、これで問題は片付いた。

 イザベラが疑われることはない。

 この瞬間、彼女は破滅の運命を回避した――はずだった。


「(これで一件落着ですわね)」

『(そうですね。でも、まだ油断は出来ませんよ)』

「(犯人はもう捕まりましたのよ? これ以上事件が起きたりなんてしませんわ)」

『(そういうのを何と言うと思います?)』

「(何ですの?)」


 フラグである。

 だが、運命から解放された――と思い込んだイザベラはそれに気づかない。

 早速、最大の功労者であるリリアナに声を掛けに行った。


「リリアナ、ありがとうございます。貴女のおかげで助かりましたわ」

「いえ、私は大したことはしていません」

「謙遜をし過ぎですわ。貴女は一国の王子の命を助けたのですわ。とにかく、この襲撃は運命の分岐点だったのです。貴女は、私達の運命をより良い方向に向かわせてくださったのですわ」


 イザベラはリリアナの手を取りながら言った。

 その瞳には、感謝と安堵の涙が浮かんでいる。

 そんな中――。


「王子。賊がこのようなものを持っていました」


 賊の身体検査を行っていたノワールが、リオンに近づいた。

 その手には、小さな球体を持っていた。

 球体には複雑な文様が描かれているが、内容は不明だ。


「これは何だ?」

 リオンはそれを覗き込んだ。


 その瞬間――。

 球体から闇が溢れた。


 そして、その闇はリオンの身体を覆い――。

 次の瞬間には、彼の姿は部屋から消えていた。


「……へ?」


 イザベラの口から声が漏れた。


     ×××


 突然、リオンの姿が消えた。

 その原因は、ノワールが持っていた球体に他にはないだろう。

 どうやら、アレは魔道具だったらしい。


(それが暴発してしまった?)


 イザベラはそう考えた。

 だが、そうではなかった。

 全員が呆然とする中、一番早く動いたのはリリアナだった。

 彼女は神聖魔法を使って球体を無効化し、ノワールを取り押さえた。


「ノワールさん。貴女は、暗黒魔法の使い手ですね」


 その言葉に、イザベラは衝撃を受けた。

 まさか、近衛兵の中に暗殺者がいたとは思わなかった。

 身辺調査は十分行われているはずだったのに――。


(いえ、違いますわね)


 そもそも、謁見室の魔法阻害装置が機能していなかったのが異常だったのだ。

 あれだって、それなりに確認はされていたはずだ。

 そこまでやる人間が、二の矢三の矢を用意していないとは考えにくい。


「元々、あの刺客の役割は、この魔道具をここまで持ち込むことだったんですね」

「リリアナ、どういうことですの?」


 イザベラの問いに、リリアナが答える。


「おそらく、元々、ノワールさんがその魔道具を使う計画があったのでしょう。ですが、認定されていない魔道具は城内への持ち込みが禁じられています。ノワールさんといえども、持ち込むことは出来なかった。だから、賊に持ち込ませて、その賊から取り上げたという形でその魔道具を確保したのです。後は、油断した王子に魔道具を使うだけ。『取り上げた魔道具』を味方であるはずの兵士が使うはずがないという常識を逆手に取ったのです」

「なんという策士!? そして、なんという名探偵!?」


 イザベラは素直に感心していた。

 逆行前の事件は、行き当たりばったりのものだと思っていた。

 だが、本当はここまで周到に用意されていたのだ。


「それで、リオン王子はどうなりましたの!?」

「死にました」

「……へ?」

「イザベラ様も、王子が消滅したのをご覧になったでしょう」


 ノワールは端的に答えた。

 その表情には変化がない。

 誰もが、彼女の言葉を信じた。

 ただ一人――イザベラを除いては。


「嘘ですわね」


 その場にいた全員の視線が、イザベラに向く。


「先ほどの魔力の流れ――おそらく、転移系の暗黒魔法ですわ」

「戯言を……」

「ノクスレイン家の人間は、代々暗黒魔法の使い手だということは御存じですわよね? 魔力の流れで、大体の効果は分かりますわ」

「そんな魔道具があるわけがありません」

「確かに、転移系の魔道具は現在生産出来ていません。ですが、古代の謎技術で作られた『古代魔道具』であれば、あり得る話ですわ。ノワールさん。ごまかしたところで、時間の無駄です。それで、王子はどこに行ったんですの?」

「それを言うとでも?」


 ノワールは口を割らなかった。

 既に死刑になる覚悟は出来ているのだろう。

 すると、宰相補佐ザイムスが前に出た。


「イザベラ様、貴女ならこの魔道具を使えるのではないですか?」

「……おそらくは」


 魔道具のいい所は、誰にでも扱えることだ。

 ただ、それには例外もある。

 今回使われたような古代魔道具は特定の魔力にしか反応しないのだ。

 つまり、ノワールが使用した魔道具を使うためには暗黒魔力が必要。

 この場で使えるのは、イザベラだけだ。


「では、私を送り込んでください。きっと、同じ場所に転送されることになるでしょう。私が行って、必ず王子を助けて見せます」

「分かりましたわ」


 イザベラは魔道具を受け取った。

 思っていたよりも軽いが、微かに魔力を吸い取られる感覚があった。


(頼みましたわよ、ザイムス様)


 イザベラはザイムスの前で、魔道具に魔力を注入した。

 先程と同じように、魔道具から闇があふれ出る。


 そして、次の瞬間――。

 イザベラの姿がその場から消えた。


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