第6話 悪逆令嬢、秘策を繰り出す
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イザベラの発案により、この謁見室で模擬暗殺を行うことになった。
既にリオンの周りは、兵士たちが固めている。
彼らはこの国の精鋭たちだ。
更に、リオンの隣には宰相補佐ザイムスが控えている。
彼は若かりし頃に戦場でいくつもの戦果を挙げてきた英雄だ。
その実力は、今でも然程衰えていない。
つまり――イザベラがリオンに近づける可能性はない。
彼に命の危険を感じさせることは不可能とも思えた。
だが、イザベラには秘策があった。
『(どうすればいいかは分かっているのでしょう?)』
「(ええ、勿論ですわ)」
『(では、それにワンポイント加えてみましょう)』
「(何をするんですの?)」
『(カーネギーは『演出を考える(3-11)』という原則を掲げています)』
「(何だかこれまでのとは傾向が違うような気がしますわ)」
『(よく気付きましたね。これについては、相手の重要感とは関係ない搦手のようなものです)』
「(それで、どんな内容ですの?)」
『(単に事実を並べるだけではなく、何らかの演出を加えてみましょう。そうすることで、相手の気を引くのです)』
「(具体的には、どんなものがよろしいのです?)」
『(それは任せます)』
「(分かりましたわ――というより、演出なら最初から組み込まれていますわ)」
「(どういうことですか? まさか、また余計で阿呆なことを――)」
「(まぁ、仕上げをご覧じくださいな)」
イザベラはリオンに向き合う。
この時点で、イザベラには勝利のための秘策があった。
確実に相手の気を引くことが出来る方法を思いついていたのだ。
「さぁ、覚悟なさいまし!」
イザベラは右腕を腰に当て、左腕を頭の上にやった。
大きく胸を反らし、尻を突き出し、渾身のしなを作り出す。
イザベラ史上最も魅力的な『セクシーポーズ』である。
客観的に見れば、ただのおかしなポーズなのだが。
そして――。
「うっふん」
棒読みである。
謁見の間の空気が凍った。
その部屋にいる誰もが、その奇行に言葉を失っていた。
そんな中、困惑した様子で、カーミギーが尋ねる。
『(……イザベラ、何をしているのですか?)』
「(見て分かりませんの? セクシーポーズですわ!)」
『(セクシー?)』
「(何か文句でも?)」
『(さすがに、無理があるのではないかと思いますよ)』
「(そんなことはありませんわ。王子のギラギラとした熱いまなざしがこちらに向いているが分からないんですの? あれは野獣の目ですわ!)」
『(あれは珍獣を見る目ですね)』
冷静なツッコミが入る。
『(まぁ、仮にこれがセクシーだと仮定して、ここでそんなポーズをとる理由は何ですか?)』
どう考えても、この場にふさわしくないポーズだ。
とち狂っているとしか考えられない奇行だ。
だが、イザベラは得意げに答える。
「(これで王子を『悩殺』するのですわ!)」
『(貴女に期待したボクが馬鹿でした)』
普通に考えれば、カーミギーの言葉は正しい。
正しいのだが――。
時として、奇跡はとんでもない形で現れることになるのだ。
×××
イザベラが奇行に走った直後――。
リオンは、イザベラの様子を見ていた。
そして、その意図を考えていた。
止めておけばいいのに、真面目に考えてしまっていた。
室内にいる近衛兵は、武術にも魔法にも長けた精鋭だ。
その上、この部屋の中では神聖魔法以外の魔法が使えなくなっている。
イザベラの魔法属性は暗黒であるため、魔法での攻撃は出来ないはずだ。
王子に対する攻撃が届く可能性は、万に一つもない。
だから、とんでもない奇策でもあるのかと思っていたのだが――。
目の前で、イザベラは奇妙なポーズをとっていた。
手を腰と頭に当て、尻を横に突き出している。
(これは、何らかの儀式か? ノクスレイン家に伝わるスキルという可能性も)
あそこまで言ったからには、絶対に攻撃を受けるわけには行かない。
なんとしても、イザベラの企みを阻止する必要がある。
それが王族としてのプライドなのだ。
だが、イザベラの行動の意図が、全く読めなかった。
イザベラの行動が的外れなものなのだから、当然である。
「……何だそれは?」
「見て分かりませんか?」
不思議そうに答えるイザベラに、リオンは動揺する。
もしかしたら、自分以外は全員が理解できているのかもしれない。
分かっていないのは自分だけかもしれない。
そう考えた彼は、つい見栄を張ってしまった。
「わ、分かる!」
最悪の見栄だった。
こんなもの、分からなくていいのに。
むしろ、分からないほうがいいのに。
「では、私の意図は正しく伝わっているようですわね」
「そうだな。うむ、それはそうなのだが、一応貴様の口から答えを言わせてやろう」
リオンがそう言うと、イザベラは得意げに口端を上げた。
そして――。
「悩殺をしようとしたのですわ」
威風堂々とアホなことを言ってのけた。
「悩殺?」
「悩殺とは、女性がその魅力をもって、男性をメロメロにさせることですわ」
「言葉の意味は分かる」
だが、行動の意味が分からないのだ。
リオンは無駄に思考を巡らせていた。
すると、イザベラはとんでもないことを言いだした。
「死にそうになったでしょう?」
その言葉に、リオンはあっけに取られていた。
言われてみれば、イザベラのポーズはセクシーなものと言えるかもしれない。
ただし、それは成熟した女性がやった場合の話だ。
対して、イザベラは齢十三にして女性らしさの少ない身体をしている。
彼女の行動からは、一切の色気を感じない。
だから――。
(この自信は、一体何なのだ?)
リオンには、本気でイザベラの意図が分からなかった。
「本気で言っているのか?」
「本気のセクシーですわ!」
堂々と言うイザベラ。
そんな姿を見ながら、リオンは思考していた。
そして、迷走した思考の中で、ある着想を得た。
それはにわかには信じがたいものだった。
だが、それ以外には考えられない。
全ての不可能を消去すれば、最後に残ったものが真実となるのだ。
それが如何にアホなものであったとしても。
「ふっ」
笑うリオン。
「いいだろう。お前の勝ちだ」
「ですわよね!」
ガッツポーズを決めるイザベラ。
王族の前でそのような行動は、本来であれば無礼に当たる。
だが、リオンは、それも演出なのだと考えていた。
彼の迷走した思考は、深淵なる妄想を作り出してしまっていたのだ。
「大したものだ。貴様は俺を笑い死にさせようと思ったのだろう?」
「……はい?」
「そのような貧相な体つきで力強くセクシーを主張する。しかも、ここは王城だ。余りに無謀な行動だ。身体をはって笑いを取りに来たお前に敬意を表する」
そう言いながらも、リオンは必死に笑うのを我慢していた。
イザベラの奇行は、ガチで彼のツボに入っていた。
「自ら道化を演じるとは、なかなかやるではないか」
「道化? はて、なんのことですの?」
「成程。道化の仮面を脱ぐ気はないということか」
リオンは勝手に深い意味を見出していた。
全ては勘違いなのだが――その誤解を解くのは難しいようだ。
かくして、王城の警備体制は見直されることになった。
イザベラの手柄である。一応。




