第5話 悪逆令嬢、勝負を持ちかける
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イザベラが『暗殺未遂』について告げると、部屋の中がざわついた。
謁見の間で、王族が害される可能性があると言ってのけたのだ。
場合によっては、王族への侮辱として捉えられることになる。
そんな緊張した空気の中、リオンはイザベラに問いかける。
「お前は、警備体制に不備があると言いたいのか?」
「その通りですわ」
城内の警備体制は万全と言っていい。
見張りや巡回を行っている兵士も多く、侵入者への対策は十分にされている。
だが、実際に逆行前には事件が起きているのだ。
リオンは暗殺されかけ、その濡れ衣はイザベラに着せられた。
「これ以上の警備は必要ない。仮に暗殺者が来たとしても、自分で対処できる」
「ご自身で、ですか?」
イザベラは思い出す。
そう言えば、王族には特殊な能力があった。
「王族は強力な神聖魔法の使い手だということですわね」
「そうだ」
だとしたら、おかしい。
逆行前、この王子は暗黒魔法で殺されかけていたはずだ。
強力な神聖魔法を使えるのであれば、リリアナの助力がなくとも助かっていたはずだ。
だが、王子は暗殺されかけ、数日間生死の境をさまよっていたはずだ。
だとしたら――。
(王子は神聖魔法を使えない?)
そう疑問を持ったが、口にはしなかった。
ここでそれを指摘したら、ギリギリの関係性が壊れてしまう。
そうなれば、破滅の未来へ一直線だ。
「(かーくん、どうすれば王子に話を聞いてもらえると思います?)」
『(現時点で、貴女は暗殺事件が起きうると主張しています。そして、王子は暗殺事件など起きないと主張しています。意見が対立してしまっている状況です。これはよくありません)』
「(では、どうすればいいんですの?)」
『(『誤りを認める(3-3)』を使いましょう)』
「(絶対に嫌ですわ)」
イザベラは即答した。
相手が王族であろうと、自らの非は認めたくない。
それがイザベラ・ド・ノクスレインなのだ。
『(まぁ、聞いてください。ここで貴女が下手に出て誤りを認めたら、王子はどんな反応をすると思いますか?)』
「(調子に乗りますわね)」
『(では、徹底的に下手に出てみましょう)』
「(徹底的に?)」
『(はい。自分の非を認め、相手を称賛する人間を相手に、王子は調子に乗り続けることが出来るでしょうか? そんなことをしてしまえば、周囲に悪い印象を与えることになるとは思いませんか?)』
「(それは、あるかもしれませんわね)」
『(そうなった時に、彼の自尊心を満足させるただ一つの方法は、何だと思います?)』
「(寛大な姿勢を見せること……ですわね)」
『(それです! それを狙うのです! これは撤退ではなく、攻めの姿勢です。今こそ、攻撃的なスタンスで誤りを認めるのです!)』
「(分かりましたわ、やってみますわ!)」
イザベラは、王子に向かって言う。
「申し訳ありません。私が間違っていました。王子であれば、一人でも十分対処可能でしょう。それを考えれば、通常警備すら不要と考えるのは当然のことですわ。私の不見識により、失礼なことを申し上げてしまいました」
「え、あ、うむ」
「どうか、愚かな私をお許しください」
イザベラは視線を下に向け、憔悴した様子を見せた。
勿論演技だが、それを見たリオンは焦り始める。
部下が見守る中で、ここまで深く謝罪をさせてしまったのだ。
ここで厳しい声を掛けたら、周囲からの信頼は失われてしまうことだろう。
「いや、俺も言い過ぎたかもしれぬ」
「そんなことはございません」
そう言いながら、イザベラは確かな手ごたえを得ていた。
リオンから『言い過ぎたかもしれない』という発言が出たのだ。
(これは譲歩の兆しかもしれませんわ)
ならば、ここは攻め時である。
そう判断したイザベラは、褒め殺しを試みた。
「全ては、私が過剰に王子の身を案じてしまったことが原因です。王子に死なれては、私が困ります。将来、王子は善政をしかれると確信しております。だからこそ、暗殺者を送り込まれる価値があるのです。無能であれば、他国から暗殺者が送り込まれてきたりはしないでしょう」
「それは……そうだが」
リオンは、少しだけ照れるように答えた。
彼の態度は、明らかに柔らかくなっていた。
(さぁ、あと一押しですわ!)
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リオンの態度は、柔らかいものになってきた。
だが、まだ決定打にかける。
最後の一押しが欲しいところなのだが――。
「(かーくん。どうすれば王子を説得できますの?)」
『(人の身になって考えてみて下さい(3-8))』
『(いつものですわね)』
『(ええ、それほど重要なことなのです。それでは、考えてみましょう。貴女の下に、貴女が暗殺されるかもしれないと告げる人が現れたとします。ですが、貴女は自分が暗殺されるだなんて思っていません。何が起きれば、貴女は考えを変えると思いますか?)』
「(それは……実際に死にそうな目にあうとか)」
『(それです)』
「(成程。私が王子を暗殺しようとすればいいのですわね! そして、命の危険を感じた王子は警備体制を強化する。これで万事解決!)」
『(さすがですね、イザベラ)』
「(――って、そんなわけありませんわ! 破滅の未来に自分から足を突っ込んでいますわ!)」
『(おや、気づきましたか)』
「(馬鹿にしてますの!?)」
『(貴女が馬鹿でない可能性についてはさておき――)』
「(基本馬鹿ですの!?)」
『(王子を翻意させる方法はあるはずですよ)』
翻意させる方法。
イザベラの不利にならないようにしながら、危険を知らせる方法。
それを見つけなければ、イザベラは処刑まっしぐらだ。
イザベラは冷静になって考えてみた。
王子がイザベラを呼び寄せた理由は、悪逆令嬢を見てみたかったからだ。
つまり、これは政治的目的ではなく、娯楽として呼び寄せたということ。
(王子は娯楽に飢えている?)
だとすれば、そこが突破口になるかもしれない。
面白い娯楽としてであれば、王子は受け入れてくれるかもしれない。
だから――。
「ゲームをしませんか?」
イザベラはこう提案した。
「ゲームだと?」
「是非この城の堅牢さと王子の素晴らしさは、私も理解しております。王子を暗殺することなど不可能でしょう。私はその素晴らしさを実感してみたいのです」
「その方法がゲームだと?」
「はい。具体的には『模擬暗殺』をさせていただきたいのです。私が暗殺者役を務めますので、王子はそれを阻止してください」
「いいだろう」
面白そうにリオンは答えた。
イザベラの狙い通りである。
「面白そうではないか。それに、これで俺が負けるようなことがあれば、警備を見直す必要がある。やってみて損はないだろう」
「ありがとうございます」
「それで、勝敗はどうやって決めるのだ?」
「そうですわね。模擬暗殺ですから――王子が身の危険を感じたら、私の勝ちということでいかがでしょう」
こうして、模擬暗殺が行われることになった。
普通に考えれば、勝ち目のない戦いなのだが――。
イザベラには、秘策があった。
勿論、ろくでもない奇策ではあるのだが。




