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第4話 悪逆令嬢、謁見する

     ×××


 運命の日――。


 ルミナリオン王国からの手紙を受け取り、イザベラは王城へとやって来た。

 ここで王子を暗殺未遂から救うことが出来るかどうかで、イザベラの未来が決まる。


(絶対に失敗するわけにはいきませんわ)


 イザベラは確固たる決意を胸に、城の廊下を歩いていた。

 石造りの回廊は静かで、足音だけが響いていた。

 その音は、まるで運命のカウントダウンのようで――。

 イザベラは緊張で胃が痛くなる思いだった。


 せめてもの救いは、従者としてリリアナが随行していることだ。

 近くに仲間がいるというのは、とても心強かった。

 そのリリアナはというと――。

 回廊を歩いているうちに何かを見つけたようだった。


「イザベラ様。教会の人たちがいました」


 聖女候補たちは、時々この城内での雑務に駆り出される。

 その仕事は、主に王城に来た教会関係者たちの世話である。

 イザベラからの呼び出しがなければ、リリアナもこれに参加する予定だった。

 実際、逆行前は参加していた。

 そこで、異変を感じ取り、現場でイザベラをボコボコにしたのだ。


「手を振って差し上げたらどうです?」

「いえ。あの人たちは仕事で来ているのですから。そんなことをしたら、怒られてしまいます」

「こちらも仕事ですわよ」

「そうでした。イザベラ様と一緒だと思うと、つい嬉しくなってしまいまして」

「とてもいい子!?」


 実際、リリアナが手を振ったとしても怒られはしなかっただろう。

 何せ、今日のリリアナの仕事は悪名高き悪逆令嬢のお供だ。

 教会内では、同情する声が多く寄せられていた。


「これから、リオン王子に会えるのですよね?」

「ええ、そうですわね」

「私、本物の王子様を見るのは初めてです」


 リリアナは楽しそうに言った。

 だが、対照的にイザベラは非常にテンションが低い。


「あまり期待しないほうがいいですわよ」

「そうですか?」

「性格はとても悪いですから」


 イザベラに言われたらお終いである。


(問題は、そんな王子にどうやって忠告をするか、ですわね)


 リオンは気難しい人間であり、人の忠告を聞こうとしないらしい。

 イザベラとしてはシンパシーを感じずにはいられなかった。

 だが、これから忠告をするためには厄介な相手だ。


(まぁ、やるしかありませんわね)


 イザベラは覚悟を決めた。


     ×××


 イザベラたちは、控室へと案内されていた。

 そして、しばらくすると謁見室に呼ばれた。

 ちなみに、王城には謁見室がいくつかあり、いずれも厳重な警備が敷かれている。

 武器の持ち込みも認められず、魔法の使用を阻害する装置も設置されている。

 一応、万全の体制にはなっているのだが――それでも、逆行前に事件は起きてしまった。


 イザベラたちが謁見室に入ると、奥の方にリオンがいた。

 美しい金髪に碧玉の瞳。

 逆行前にイザベラが会った時の姿と全く変わらない。

 彼は頬杖をつき、足を組みながら豪奢な椅子に座っている。

 やや鋭く吊り上がった目つきで、試すようにイザベラを見据えていた。


 その側には宰相補佐ザイムスがいた。

 左右の壁際には近衛兵が十人控えている。


(逆行前も、こんな感じでしたわね)


 イザベラは懐かしく思った。

 だが、逆行前の二の舞にはなるつもりはない。


「本日はお招きいただきありがとうございます」


 ドレスのスカートを摘まみ、ちょこんとお辞儀をする。

 そんな彼女に対し、リオンは尊大な態度で声をかける。


「久しいな、イザベラ・ド・ノクスレイン。ノクスレイン家の野蛮な娘が、少しは見られるようになったではないか」

「身に余る光栄ですわ」

「だが、その本質は変わらぬと見える。余には、貴様の中にある野蛮な魂が容易に見て取れる」


 嘲るような声音でリオンは言った。

 それに対し、イザベラは冷静に対応――というわけにはいかなかった。


(何を言っているんですの、この男は。魂なんて見えるはずがないじゃありませんの)


 イザベラは憤慨した。

 そして反論のために口を開きかけた瞬間――。


「あべしっ!? ありがとうございます!」


 カーミギーに殴られた。

 そして、イザベラは反射的にお礼を言った。

 いつもの光景である。


 だが、それを見た面々は、ドン引きしていた。

 自分で自分のことを叩き、何故か礼を述べているのだ。

 しかも、王族の面前で。

 奇行と言うしかない。


『(誤りを指摘してはいけません(3-2))』

「(なんでですの!? 明らかにあちらが間違っているではありませんの!)」

『(以前、人は論理の動物ではなく、感情の生物だと言ったことを覚えていますか?)』

「(確か、私達が出会った頃の話ですわね)」

『(はい、そうです。誤りを指摘されたら、自分を否定された気分になります。そして、人は感情で動くものです。ここでリオン王子をやり込めたら、彼は貴女に対して、かたくなな態度を取ることになるでしょう)』

「(それは、そうですわね)」

『(ましてや、ここは謁見の間であり、王子はこの場の主です。原則の中にも『顔を潰さない(4-5)』というものがあります。誤りを指摘するのは悪手ですが、それが人前でということになると、最悪です。もう、関係改善は望めないでしょう)』

「(ですわよねー)」


 考えてみれば、逆行前のイザベラはそれをしてしまっていた。

 罵詈雑言の嵐をリオンに対して全力でぶつけてしまっていたのだ。


 今回は、それを避けることが出来た。

 もっとも、王族の前で奇行をしてしまったことに変わりはないのだが。

 やってしまったものは仕方がない。

 ここは心にもない言葉で誤魔化すことにした。


「殿下のご慧眼、御見それいたしましたわ。以前の私は酷いものでした。ですから、生まれ変わろうと思ったのですが、中々変わるのは難しいようで。やはり、本質は未だ変わっていないのでしょう。お恥ずかしいお話ですわ」

「そのようだな。ここで激高するようであれば、進歩なしと考えたところだ」


 頬杖を突きながら、リオンは言った。

 口の端を上げ、愉快そうにイザベラを見ている。

 まるで珍獣を観察しているかのようだ。


「ところで、先程自分を殴っていたが、あれはどういうことだ?」

「あれは、自分を戒める為ですわ。つい反抗的になってしまいそうでしたので、物理的に気持ちを収めたのです」

「礼を言ったのはどういうことなのだ?」

「自らの過ちを正す機会を下さったこの世界の全てに対して申し上げている次第ですわ」


 堂々とした態度でイザベラは言ってのけた。

 言い訳は得意なのだ。


「……どういう意味だ?」

「そのままの意味ですわ」

「そうか。よく分からないが、いい心がけだ。うん」


 リオンは理解を諦めたらしい。

 妥当な判断である。


「それでは、そろそろ本題に入ろう。貴様を呼びつけたのは、貴様に何があったのかを問いただすためだ」

「と、おっしゃいますと?」

「少し前までのお前は、手が付けられないほどの問題児だったそうではないか。だが、豹変したと聞いている」

「お恥ずかしい話ですわ。あまりにも信じがたいお話ではあるのですが、神からの啓示があったのです」

「啓示だと?」

「もっとも、私がそう思い込んでいるだけで、神は私のことなど見ていないでしょう。ただ、ある日、このままでは私は破滅することになるとはっきりと自覚したのです。そういう未来が見えてしまったのです」

「それで、変わったと」

「はい」


 逆行のことを言うわけには行かない。

 言っても信じてもらえないだろう。


 なによりも――。

 そこを秘密にするのが逆行悪役令嬢のお約束というものなのだ。


「その関係で、申し上げたいことがございます」

「申してみよ」

「私が見たビジョンでは、殿下に対する暗殺未遂が行われていました」

「暗殺未遂だと?」

「はい。つきましては、この城の警備体制に関連するお話をさせていただきたいのです」


 イザベラは真剣な面持ちで言った。

 謁見室の空気が緊張に包まれる。

 リオンの眉がピクリと動き、ザイムスは視線を鋭くした。


 だが、イザベラは怯まない。

 ここが、運命の分岐点――最後の踏ん張りどころなのだ。

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