第3話 悪逆令嬢、噂される
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イザベラに手紙を渡したジョバンニは、イザベラから二つの命令を受けた。
一つは、王城へ出向くための手配だ。
城に行くための交通手段や謁見時に着るドレスの準備をしなければならない。
もう一つは、リリアナ・セインツベリーをイザベラの従者とすること。
(リリアナ・セインツベリー。聖女候補の一人らしいが、何か意図があるのだろうか)
ジョバンニは考える。
だが、いくら考えたところで答えにたどり着くことは難しそうだ。
リリアナはごく最近イザベラが親しくなった少女だ。
彼女のことはジョバンニもよく知らない。
だが――。
(イザベラ様には、何らかの意図があるのだろう)
これ以上、深く考えないことにした。
十日ほど前から、イザベラは豹変した。
我儘悪逆令嬢を卒業し、まともな貴族に近づいていった。
その結果、行動の意図がよく分からなくなることも増えたが――。
(とにかく、私は仕事をするだけだ)
ジョバンニはそう結論付けた。
そうと決まれば、後は粛々と準備をするだけだ。
彼は早速メイド長であるマーサを訪ねた。
王城への交通手段、リリアナを従者とするための手配については彼が行う。
だが、イザベラの衣装についてはメイドたちに頼むしかない。
「イザベラ様に王城からの登城命令があった」
「イザベラ様に?」
マーサは怪訝な表情を見せた。
その内容を信じられていないようだ。
「その命令書は本物でしたか?」
「間違いない。本物だ」
「随分前から出禁になっていたと思っていましたが」
「何かをされたのだろう。昨日、イザベラ様は『王城に行きたい』と仰っていた。タイミングから考えて、イザベラ様が裏で手を回していたとしか考えられない。しかも、我々使用人に気づかれないように」
貴族というのは、大抵のことは使用人に任せるものだ。
隠そうとしていても、使用人はその嗅覚で主人の行動を嗅ぎつける。
だが、イザベラの行動からは、そういったそぶりを一切感じなかった。
「あの方は一体何をされたのだ。底知れぬ方だ」
当然である。
イザベラは一切の謀略を行っていない。
深度ゼロなのだから、底など存在しないのだ。
「少し前までは、ただの我儘令嬢だったはずなんですけどね」
「もしかしたら、それも演技だったのではないか?」
ジョバンニは真顔で言った。
勿論、勘違いであり、妄想である。
「どういうことです?」
「イザベラ様は、何かを成し遂げようとされているのだ。そのために、あえて愚者を演じてきた」
「演じて?」
「そう考えれば、説明がつくことも多い。もしかしたら、あの方は悪逆令嬢ならぬ『悪役令嬢』といったところだったのかもしれない」
そう言って、ジョバンニは小さく笑った。
かくして、イザベラは念願の『悪役令嬢』の称号を手に入れた。
本人の知らないところで。
×××
その頃――。
ルミナリオン王国の首都にある王城では、一人の少年が大量の書類に囲まれていた。
彼の名前はリオン・ド・ルミナリオン。
ルミナリオン王国の第一王子であり、逆行前に暗殺されかけた少年だ。
彼の手には、ここ数日間の予定が書かれた書類があった。
それを見ながら、宰相補佐ザイムスに問いかける。
「何故イザベラが来ることになっているのだ?」
「私が判断しました」
「だから、何故だ?」
「やはり、本当に改心されたのかを王子自身の目で確認していただく必要があるかと愚考しました」
ザイムスは恭しく言った。
そこには、ある目的があった。
彼の狙いは、イザベラが改心した理由を聞き、王子も改心させることだった。
このところの王子の振る舞いは目に余る。
日を追うごとに、その傲慢さが増していったのだ。
このままでは、王国の不利益となる。
そう判断したザイムスは、一計を案じた。
イザベラに会わせることで、何らかの改善が見込めないかと考えたのだ。
改心していなければ、それを反面教師にすればよい。
改心していれば、王子に改心する理由を与えられるかもしれない。
つまり――。
「よく言いますよね? 『人のカス見て、我がカス直せ』って」
こういうことなのである。
もっとも、それは理由の一つでしかない。
本音を隠す建前でしかない。
最大の理由はというと――面白そうだからである。
「お前、そろそろクビにするぞ」
「それは構いませんが、後任は見つかりますかな? この城内で、王子が信用できる人が見つかるとは思えませんが」
「く……」
リオンは言葉に詰まった。
人間不信である彼にとって、ザイムスは替えの利かない存在だ。
「ちなみに、どこか遠い場所ではこんな言葉があるそうです。『化物には化物をぶつけんだよ』と」
「なんだそれは!?」
「王子とイザベラ様の会合により、どのような結果が生まれるのか。楽しみにしております」
なお、この采配が、この国を大きく変えることになるのだが――。
ザイムス本人もそのことに気づいていなかった。




