第2話 悪逆令嬢、梯子を外される
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運命の日まで、あと1日――。
この日、イザベラは緩み切っていた。
これまで、破滅回避のためにそれなりに頑張って来たのだ。
それが実現した以上、自分へのご褒美が必要だ。
そんな建前の下に、徹底的にだらけることにしたのだ。
メイドに頼み、部屋に飲み物と軽食を持ってこさせた。
自分はベッドでロマンス小説を読んでいる。
イザベラ流――究極のだらけである。
「至福の時ですわ」
そう呟くと、さすがにツッコミが入る。
『イザベラ。本当に大丈夫ですか?』
「何がですの? 既に私は破滅を回避した身。最早恐れる者は何もありませんわ」
『ですが――』
「しつこいようですと、魔力供給を止めますわよ」
先日、カーミギーはイザベラの魔力による魔法現象だということが判明していた。
だから、右腕に流れる魔力を止めれば、黙らせることも可能であるはずなのだが――。
『やれるものならやってみて下さい。貴女には無理でしょうけれど』
「そんなことはありませんわ! やってやりますわ!」
イザベラは本を閉じて、ベッドから降りる。
そして、深呼吸をした後、右腕への魔力供給を止めようとした。
もっとも、いきなりやって上手くできるようなことではない。
『おや、どうされました? 魔力供給量が増えているようですよ?』
「魔力供給を止めようと、逆に気になって供給量が増えてしまうのですわ」
『そういうものです。諦めるといいですよ』
「諦めませんわ!」
しばらくの間、イザベラは魔力コントロールを試みた。
その際「鎮まりなさい、私の右腕!」などと声を上げていたのだが――。
突然、ドアをノックする音が部屋に響いた。
「はいはい、どなたですの?」
「ジョバンニです。お嬢様、入ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
イザベラの了承を得て、ジョバンニが部屋に入ってきた。
そして、心配そうにイザベラを見る。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「へ、何がですの?」
「先ほどから、何か叫ばれているようでしたので」
「し、心配いりませんわ」
カーミギーのことは説明しても分かってもらえないだろう。
だから、ここは誤魔化すしかない。
「ちょっと、右腕が疼いただけですわ」
「医者を呼びましょうか?」
「いえ、結構ですわ。病気とかではありませんから」
焦ったように言うイザベラ。
それを聞いたジョバンニは、何かを察したような表情を浮かべた。
そして、ほんの少しだけ気まずそうにしたが、すぐに事務的な態度に戻った。
(どうやら、かーくんのことは誤魔化せたようですわね)
確かに、カーミギーのことは誤魔化せていた。
だが――ここでは、別の誤解が生じてしまっていた。
右腕が疼き、それを抑えながら「鎮まれ」と叫ぶ。
そういう症状にジョバンニは心当たりがあった。
病気ではないが、ある意味では病気のようなもの。
思春期男子にありがちな妄想の類だ。
彼にそのような時期があったかどうかはさておき――。
「用事はそれでしたの?」
「いえ、本題は別にあります」
ジョバンニは一通の手紙を手に持っていた。
それを見たイザベラの背筋に、冷たいものが走る。
対照的に、額には嫌な汗が染み出てきた。
(落ち着きなさい、イザベラ! まだ、アレがアレだと決まったわけではありませんわ!)
そう自分に言い聞かせるイザベラ。
だが、アレである。
「王城から手紙が届きました」
「……はい?」
「王城から手紙が届きました」
「……何故ですの?」
「何故とおっしゃられましても……」
「ぬか喜びさせておいて、一気に突き落とすとは――おのれ、王子め!」
「イザベラ様、お控えください。不敬ととられると、後に面倒なことになります」
「ええ、分かっていますわ」
そのことについては、誰よりも理解していた。
逆行前は、それが切欠で処刑までされてしまったのだから。
落ち込みながら、イザベラは尋ねる。
「それで、何と書かれていますの?」
「王城に馳せ参じるよう命じられました」
「ですわよね! 分かっていましたわ!」
色々と解決したと思った直後にこの仕打ちである。
まさに天国から地獄。
内心では、失意の底でむせび泣いている。
だが、動揺している姿を見せるわけには行かない。
貴族令嬢として、そしてプライドの高い一人の女性として。
今更感はあるが、イザベラは余裕の表情を浮かべ――。
「まぁ、来てしまったものは仕方がありませんわね。面倒ではありますが、王子が求めているのであれば、顔を見せて差し上げるのが淑女の務めというものですわ」
そう言いながら、手紙を受け取った。
ルミナリオン王国の封蝋がされた正式な手紙だ。
内容は、やはり王城に来ることを求めるものだった。
文面も逆行前とほとんど同じだ。
(ただの時間差だったというわけですわね)
イザベラのぎこちない微笑が固まっていた。
それを見ていたジョバンニが、震える声で尋ねる。
「イザベラ様。何をされたというのですか?」
「べ、別に悪いことなど何もしていませんわ! 濡れ衣ですわ!」
「そういう意味で伺ったのではないのですが……」
「そうでしたわね! 勿論、冗談ですわ! それよりも、登城の準備をしますわよ!」




