第1話 悪逆令嬢、破滅を回避する?
×××
運命の日まで、あと2日――。
イザベラはリリアナとの友誼を交わすことに成功した。
そのリリアナは神聖魔法を十全に使えるようになっていた。
王子暗殺未遂事件への対応は順調に進んでいる。
後は三日後の事件に備えるだけだ。
ちなみに――。
一度は消えたかのように思われたカーミギーだが、翌日には復活していた。
『どうやら、ボクはイザベラの魔力で動いているようなのです』
「あら、そうですの」
『リリアナの浄化によってイザベラは魔力をすっからかんにされてしまいました。ですから、ボクという魔法現象を維持できなかったのでしょう』
「それはいいことを聞きましたわ。つまり、リリアナに頼めば貴方を消すことが出来るというわけですわね」
『破滅に向かって走りぬきたいのであれば止めません』
「失礼しましたわ。それよりも、暗殺未遂を止める方法を考えますわよ」
その声には、確かな自信があった。
この調子なら、暗殺事件を回避できる――そう考えていた。
『まず、リリアナを連れていくのは前提ですね』
「そうですわね。逆行前のリリアナは、別件で王城にいたそうですわ。ですから、暗殺未遂が起きてから現場に駆け付けるまでに時間がかかってしまったのですわ」
『結果、イザベラが疑われてボコボコにされたんですね』
「……その通りですわ」
思い出したくない過去だった。
「さて、そろそろ王城から招待状が――」
イザベラはそこで言葉を切った。
そして、腕を組んで思案する。
『どうしました?』
「おかしいですわね。逆行前は、王城からの招待状が今日届いたはずですわ。それなのに、その知らせが来ませんの。これでは、王城には行けませんわ」
『もしかしたら、未来が変わったのでは?』
「未来が変わる理由はない……と思いますわ」
イザベラの声には、焦りが混ざり始めていた。
計画通りに進んでいたはずの計画。
それが根本から間違っていたのではないか。
そんな不安に襲われて――。
「もしかして、失敗しましたの?」
イザベラは蒼白となった。
そんな彼女に、カーミギーが声をかける。
『そもそも、何故イザベラは王城に呼ばれたのですか?』
「何故って……」
『用事もなく王城が呼び出したわけではないのですよね。その原因はなんだったのですか?』
「そうですわね――」
×××
逆行前――。
イザベラは、王城に呼ばれてノコノコと出向いていた。
その時のイザベラは、何故自分が呼び出されたのか分かっていなかった。
それどころか――。
(ようやく王族も私の素晴らしさに気づいたようですわね)
このようなアホなことを考えていた。
家の外では無駄に自己評価が高かったのだ。
実際のところ、呼び出された理由はその逆だったのだが。
「貴様がイザベラか」
「はい。イザベラ・ド・ノクスレイン、馳せ参じました」
「成程、外面を繕う程度のことは出来るようだな」
謁見した時のリオンは、足を組み、頬杖をついていた。
その不遜な態度にイザベラは多少イラついたが、我慢をしていた。
ついでに、暴言も聞かなかったことにしたのだが――。
「だが、不要だ」
リオンの暴言は続いた。
「貴様がいかに愚かな人間であるかは予め調査してある。ここに呼びだしたのも、愚かな姿を嘲笑することで、気分転換をするためだ」
「成程、そういうことでしたか」
リオンの言葉に、イザベラは内心で怒り狂っていた。
だが、表情は崩さなかった。
悪逆令嬢といえども、相手は王族だ。
下手に逆らって問題を起こしてはいけない。
その程度のことは分かっている。
分かっているのだが――。
「それにしても、無様な髪だな。何だ、そのぐるぐると巻かれたみっともない様は」
頭のツインドリルを否定されては、黙っていられなかった。
イザベラは静かにぶち切れた。
そして、にっこりとした笑みを浮かべ――。
「お言葉ですが――」
そこから先は、酷い有様だった。
言葉による戦争が始まった。
そして、口論において、イザベラは百戦錬磨。
勝てない相手は、母親のみ。
悪逆令嬢たる彼女は、罵倒に関する無数の語彙力を誇っていた。
罵詈雑言の限りを尽くし、徹底的にリオンをこき下ろした。
その結果――。
一晩王城の一室に幽閉されることになった。
挙句、その晩に暗殺事件が起きてしまい、その黒幕ということにされてしまった。
リオンもカスだったが、イザベラも負けずにカスだったのだ。
×××
「思い出しましたわ。逆行前は、私が悪行三昧だったから、それを見たいがためにリオン王子が私を呼び出していたのですわ」
『つまり、悪行を卒業した今、王子が貴女を呼び出す理由は無くなったということですね』
「こんなところで裏目に出るとは……」
イザベラは床に崩れ落ちた。
王城に行かなければ、暗殺を止めることが出来ない。
それはイザベラの計画のとん挫を意味する。
「このままではマズいですわ」
焦ったイザベラは、ジョバンニを呼び出した。
呼び出されたジョバンニは、いつも通りの冷静な態度で部屋にやって来た。
「お呼びでしょうか」
「王城に行きたいのですが、何か方法はありませんの?」
そう言われ、ジョバンニは眉を顰める。
そして、あくまでも事務的に答える。
「必要があるようでしたら、書面で登城を望む旨を申告する必要があります。ただ、その場合は早くとも一か月以上かかるかと思います」
「それでは遅いんですの! なんとか、すぐにでも許可を頂くことは出来ませんの?」
「難しいと思います」
それを聞き、イザベラの顔から血の気が引いていく。
そもそも――。
イザベラが許可申請をしたところで、許可は下りなかっただろう。
彼女自身は知らないが、随分前から王城へは出禁となっていた。
王城に伝わるほどに、彼女の態度は酷いものだったのだ。
「分かりましたわ……。お手間をかけましたわね」
「いえ。それでは、失礼いたします」
ジョバンニが部屋を出て行くと、イザベラは落ち込んでいた。
床にひれ伏し、この世の終わりかのように絶望していた。
だが――。
『裏目も何も、これで問題は解決したのでは?』
カーミギーはそう指摘した。
「どういうことですの?」
『貴女が疑われた理由は主に二つ。一つは王城にいたこと。もう一つは、王子と喧嘩をしてしまったこと。呼び出されなければ、事件が起きたとしても疑われることはありません』
「言われてみれば、その通りですわ!」
イザベラの瞳が輝きを取り戻す。
彼女の計画は、リオンの暗殺を阻止することだった。
では、何故暗殺を阻止したかったのか。
それはひとえに破滅を回避するためである。
その目的は、王城に呼ばれなかった時点で達成されていたのだ。
「これにて逆行悪役令嬢イザベラ・ド・ノクスレインの冒険は終了しましたわ!」
イザベラは素直に喜んでいた。
リオンが暗殺される可能性は消えたわけではない。
だが、イザベラにそのようなことを気にする余裕はなかった。
重くのしかかってきた破滅の運命から、脱することが出来たのだ。
彼女はとてつもなく開放的な気分になっていた。
実際のところはぬか喜びなのだが――。




