第9話 悪逆令嬢、リリアナを褒めたたえる
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おやつの時間を終えた二人は、再度読書に戻っていた。
静かな時間が流れる中、イザベラの内心はまったく穏やかでなかった。
その原因は、自作の小説を読まれたという気恥ずかしさだけではない。
彼女には、まだやらなければならないことがあったのだ。
というか、こちらが最優先のはずだった。
それは、リリアナに自信をつけさせることだ。
今のうちに、神聖魔法を自在に操れるようになってもらわなければならない。
「ところで――」
イザベラは切り出す。
「こういう小説の主人公って、神聖魔法の使い手が多いですわね」
「……そうですね」
リリアナは小さな声で答えた。
その声には、どこか諦めじみたものがあった。
「リリアナも神聖魔法の使い手なのですから、あこがれますわ」
「私の神聖魔法は微弱なものです。ですから、教会でも下働きのままで……」
小説に出てくる少女たちは、神聖魔法を使いこなせているのに、私はまだまだです」
リリアナは、そう言って苦笑いを浮かべた。
「(かーくん。リリアナに自信をつけさせるためには、どうすればいいと思います?)」
『(こういう時は『激励する(4-8)』ことにしましょう。これも『褒める』の一種ですね。激励することで、相手に自己重要感を持たせるのです)』
「(それ、普通のことではありませんの?)」
『(その普通のことが中々上手くできない人が多いのですよ。ただ『がんばれ』というのではなく、相手の長所や頑張っていることを絡めて、しっかりと褒めてあげてください)』
「(分かりましたわ)」
これはイザベラにとって容易なことだった。
なにせ、彼女は史上最低の悪逆令嬢だったのだ。
自分と比べれば、何でも褒めることが出来る。
「リリアナ。教会内では、どんな訓練をしているのです?」
「神聖魔法で呪いを解いたりする程度です。それは得意なのですが」
「そう言えば、そうでしたわね。教会には解呪を得意とする聖女候補がいると聞き及んでいますわ。あれがリリアナのことだったのですわね」
「そんなことは……」
「そこまで出来るようになるためには、大変な努力が必要だったことでしょう。私には到底出来ないことです。貴女は、もっと自信を持っていいと思いますわ」
「ありがとうございます」
リリアナの態度が少しだけ朗らかになった。
「(手ごたえ、あり――ですわ)」
『(ええ、いい感じですね)』
「(ですが、まだ引っ込み思案なところは治っていないようですわね)」
『(では、更に褒めたたえましょう。カーネギーの原則にも『わずかなことでもほめる(4-6)』というものがあります。褒められることで自己重要感が満たされ、相手を成長させることが出来ます)』
「(了解しましたわ)」
イザベラはリリアナに声をかける。
「ところで、教会での生活はどんな感じですの?」
「早朝に起きて、祈りを捧げ、奉仕活動をすることになります。解呪も奉仕活動の一つです」
「ちなみに、早朝っていうのは何時くらいのことですの?」
「午前五時ですね」
「貴女、現時点で十分に立派ではないですの!」
反射的にイザベラは叫ぶ。
それは、リリアナにとっては当然のことなのだが――。
イザベラにしてみれば、偉業とも言えるものだった。
「教会で規則正しい生活をして。私なんて、毎朝メイドに起こされなければ起きられないんですのよ!」
「それはちょっと、どうかと」
「背中から刺されましたわ!? まぁ、正論なので仕方がありませんが。とにかく、私の言いたいことは分かっていただけたものと思います。貴女は、十二柱いる神のうち、最も下の神をなめてかかるのですか?」
「いえ。あと、神様は全部で十三柱です」
「細かいことを気にしてはいけませんわ」
「細かくは――」
「とにかく! それと同じことなのですわ! 私からしてみれば、貴女の生活態度は神レベル! 神聖魔法を使えることで、神を超えましたわ! ですから、貴女は自信を持っていいのです。むしろ、持たなければならないのです。そうでなければ、私の立つ瀬がありませんわ」
本当にそのとおりである。
イザベラにしては、まともなことを言っていた。
「それに、魔法のことについても、貴女は自らを過小評価し過ぎですわ。神聖魔法は暗黒魔法にとっての天敵のようなもの。そして、強大な暗黒魔法の素養を持つこの私が、貴女にとんでもない脅威を感じています。今はおそらく、自分にブレーキをかけているだけですわ」
「そうでしょうか?」
「そうなのです。貴女の魔法に関しては、私が保証しますわ」
「それは……ありがとうございます」
「ですから! 私が何かしでかしたとしても、手加減をお願いしますわ! 本当に!」
「はい、ありがとうございます」
リリアナは嬉しそうに答えた。
その笑顔は朗らかなものだったが――イザベラの真意は伝わっていないようだった。
今のはお世辞ではなく、心からの懇願だったのだ。
軽く受け流されてしまっては困る。
「ちゃんと伝わっていますの!? 冗談でも誇張でも配慮でもありませんわ」
「はい、お心遣い、感謝いたします」
「伝わっていませんわ!?」




