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第7話 悪逆令嬢、友達が出来る

     ×××


 イザベラは話が一区切りすると「少し失礼しますわ」と言って席を立った。

 そして、リリアナから見えない位置まで移動する。


「かーくん。これでリリアナとは十分仲良くなれたと思いますの?」

『ええ、勿論です。嫌いな人間とは、あれほど積極的に話をしようとは思いませんよ』

「そうですか。では、そろそろ、私はリリアナと友達になる段階に来たのではないでしょうか?」

『どういうことです?』

「ですから、友達になれるのではないかと思ったのですわ」


 これがイザベラの計画。

 その目的は、普通に友達になることだった。


『……既になっているのでは?』


 不思議そうに尋ねるカーミギー。

 イザベラは先日、リリアナとの関係は改善したと言っていた。

 事実はどうであれ、イザベラの中ではそういうことになっているはずだ。


 しかも、家に呼び出して、一緒に読書までしている。

 この状況下で未だ友達ではないという認識をするのは不自然だろう。


 対するイザベラも、不思議そうに言葉を返した。


「なっていませんわよ? 全く、ちゃんと私たちの会話を聞いていましたの?」

『聞いていましたが』

「仲良くなることには成功しました。しかし、友人関係になったことを明言はされていませんわ」

『しかし、あそこまで親しくなれば、友達と言ってしまってもいいのでは?』

「それではこちらが一方的に友達になれたと思い込んでいるだけという可能性が残りますわ。そして、延々と友達になれているのかどうかを悩み続けることになりますわ」


 その言葉で、カーミギーは色々と察した。

 悪逆令嬢イザベラの対人関係はボロボロだった。

 同年代の人間は、対立するか見下すかしかなかった。

 これまで対等な友人など出来たことがなかったのだ。

 だから、明文化されていない友情の存在を信じることが出来ないのだ。


『でしたら、ここは素直に友達になってくださいと言ってしまえばいいのでは?』

「全く、かーくんは愚かですわね」

『何故いきなり侮辱を!?』

「せっかくここまで関係を進めることが出来たのに、ここで断られたらどうなると思いますの?」

『どうなるのです?』

「死にますわ」

『大げさ!?』

 呆れたように叫ぶカーミギー。

 だが、イザベラの目は真剣だった。

 それほどまでに、彼女は友人を欲していた。

「何としても、確実に友人となる必要がありますわ。カーネギーテクニックを教えてくださいまし」

『分かりました。あまりにも哀れなので、教えて差し上げましょう』

「哀れ?」

『気にしないでください。こういう時は『『イエス』と答えられる問題を選ぶ(3-5)』を使いましょう!』

「どういうことですの?」

『まず、人間には『一貫性の法則』というものがあります。それは、自分の言動に一貫性を持たせようとするという性質です。言っていることが矛盾だらけだと、信頼されなくなりますからね』

「確かに、そういうのはありますわね」

『それをうまく利用するのです。手順としては、まず『イエス』と答えるような問いを連発します。その問いも、出来るだけ最後の問いに繋がるようなものにしてください。相手にイエスと言わせ続けることで、本命の質問に対して『ノー』と言わないように誘導するのです』

「分かりましたわ!」


     ×××


 アドバイスを受けたイザベラは、リリアナのところへ戻った。

 これから、リリアナに『イエス』と答えられる質問をするのだ。

 その会話には、多少不自然な部分が出てしまうだろう。

 だから、出来るだけ自然に振舞おうとしたのだが――。


「お、お待たせしましたわね」


 言葉が棒読み気味になってしまった。

 だが、ここで中断するわけには行かない。


「ところで、リリアナさん。今日はいい天気ですわね」

「ええ、そうですね」


 リリアナは少し不思議そうにしていたが、普通に返してくれた。

 その返答に、イザベラは胸をなでおろした。


「アレクセイのところで使用人をされていたのですわよね?」

「はい」

「アレクセイは優しくていい人ですわよね」

「はい、使用人の私にも優しくしてくださいました」


 その返答に、イザベラは少しだけ引っかかるものを感じた。

 リリアナに対して、アレクセイが優しくしていたという事実。

 それは素晴らしい態度なのだが――。


 何か、こう、もやもやするのだ。

 だが、その感情についてゆっくりと検証する余裕はない。

 イエスと言わせる計画の最中なので、一旦放っておくことにした。


「その小説ですが、楽しんでいただけています?」

「はい、とても面白いです」


 ここまでは順調。

 ここからは、本格的に誘導をしていくことになる。

 友達になることに対する抵抗感を失わせていくのだ。


「私たち、趣味が合いますわね」

「ええ、そうですね」

「こうして出会えたのは、奇跡のようですわ。そう思いません?」

「はい、私も思います!」

「ロマンス小説について語り合うのも、初めてでしたわ。とても楽しい時間を過ごさせてもらっていますわ。今後も、こういう集まりをしたいとは思いますが――リリアナはどうですの?」

「ええ、是非」


 趣味が合う。

 奇跡のような出会い。

 語り合いを今後も続けていきたい。

 これらの事項は、友情につながるもの、あるいは、友情を前提としたものだ。

 その全てに、リリアナは肯定的な回答をした。


(これなら、友達になるという提案にもイエスと答えてくれますわ。多分!)


 イザベラは緊張気味に、本命の質問をぶつける。


「私と友達になってくださいまし!」


 その瞬間、イザベラの心臓は跳ね上がった。

 これまで、これほど緊張したことはなった。

 まるで愛の告白である。

 言葉を口にした後、彼女は息を止めながら、返答を待った。

 対して、リリアナは――。


「こちらこそ喜んで!」


 快活に受け入れた。

 その笑顔は、疑いようもない本物だった。

 イザベラの胸に、温かくてくすぐったいような感情が湧き出る。

 それは、これまで味わったことのない感情だった。


 イザベラには、これまで友達というものがいなかった。

 何せ、世間から悪逆令嬢と呼ばれる化物娘である。

 まともな神経を持っていたら、近寄ろうともしないだろう。


 公爵家とのつながりを求めて貴族の子弟が接触してくることもあった。

 だが、イザベラは、彼らの目的が家柄のみにあることに気づいていた。

 そのため、彼らと仲良くすることを潔しとせず、無駄に孤高を貫いた。

 栄光ある孤立――またの名を『ひねくれぼっち』の道を選んだのである。


 もっとも、ここまでは建前である。


 実際のところは、友達が欲しくてたまらなかった。

 一緒に笑い合い、秘密を共有し、日常を語り合う。

 そんなことが出来る相手を心の奥深く出望んでいた。

 そして今――。


(私はとうとう、自分の力で友達を作りましたわ!)


 イザベラは初めての友達を手に入れた。

 天を仰ぎ、ガッツポーズを決めるイザベラ。

 そんな彼女に、リリアナが声をかける。


「あの、イザベラ様? どうされました?」

「何でもありませんわ。我が友よ!」

「言い方が何か変!?」

「心の友よ!」

「心の友!?」



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