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第6話 悪逆令嬢、聖女の話を聞く

     ×××


 教会に勤める者は、神への愛を誓っている。

 半強制的に教会に召し上げられた聖女候補も例外ではない。

 彼女たちの日常は、アイン教への奉仕活動と神への祈りで占められていた。

 娯楽は禁じられており、聖書以外の書物の持ち込みは禁じられている。


 そのことに不満を持っている聖女候補は多い。

 彼女たちは刺激を求めていた。

 そして、それぞれが『秘密の趣味』を持つようになった。

 当然の帰結だ。


 リリアナの趣味は、ロマンス小説を読むことだった。

 情熱的な恋、禁断の関係、ちょっぴり過激なシーン。

 それは、今後の人生で彼女に訪れることがないであろうもの。

 それが聖女候補というものなのだ。


 だからこそ、彼女は物語にのめり込んだ。

 用事があって外に出た時は、貸本屋でこっそりと読書に勤しむのだ。

 ロマンス小説は出版数自体が少ないため、供給量は限られている。

 しかも、貸本屋に置いてあるのは、無難な内容のものばかり。


 そんな中、リリアナはある噂を聞いていた。

 新しく出版された小説が、それはもう過激なものだというのだ。

 数ページ読むだけでも気絶するような刺激的な描写のオンパレード。

 リリアナは、それを手に入れたいと考えていた。

 その本の名は――。


『追放された聖女様、呪われた第二王子に溺愛される』


 目の前で、イザベラが持っているものである。

 リリアナは生唾を飲み込んで尋ねる。


「その本、いかがでしたか?」

「素晴らしかったですわ。読んでいて、ついつい興奮してしまいましたわ」

「それほど素晴らしかったのですか!?」

「ええ、夜も眠れませんでしたわ」

「興奮して、夜も眠れない!?」

「ですから、この所毎日寝不足ですの」

「……それ程までに、凄いものだったのですね」

「凄いなんてものではありませんわ。今後しばらく、この小説に夢中になってしまいそうですわ」


 リリアナの瞳が、驚きに見開かれる。

 イザベラの言葉は『過激なシーンを堪能した』としか聞こえない。

 それを恥じることなく告げる彼女の姿に、おかしな敬意をもってしまっていた。


 だが――。

 実のところ、イザベラはこの本をまだ読んでいなかった。

 これは、昨日エミリーにこっそりと買ってきてもらったものなのだ。

 最新の物の方がリリアナの気を引くことが出来ると思い用意したのだ。


 だが、にわかファンだと思われないよう、まだ読んでいないとは言えなかった。

 イザベラとしては、他のロマンス小説と然程変わらないものだと思い込んでいる。

 それがどれだけ過激なものなのか、彼女は知らないのだ。

 結果、彼女の発言は、奇跡的な『大当たり』を続けていた。


「この本もお貸ししたいところですが、教会には持ち込めませんわよね」

「はい。残念ですが……」

「でしたら、今度は泊まり込みで遊びに来てくださいまし。その際、この本をお貸ししますわ」

「よ、よろしいのですか?」

「はい。リリアナさんには、是非読んでいただきたいと思っていましたの」

「どういう意味で!?」

「同じロマンス小説愛好家としてですわ。勿論、これ以外にも、我が家には様々な本がありますのよ。これよりも過激な本も沢山ありますわ」

「これよりもですか!?」

「ええ、是非ご覧いただきたいですわ」

「あ、ありがとうございます」


 礼を言うリリアナの声には、警戒の色はなかった。

 かくして、過激な描写の小説により、二人の間には友情が生まれたのだった。


     ×××


(さて、これで警戒心は溶けましたわね)


 想像以上にリリアナの食いつきはよかった。

 とりあえず、今日の目的はこれで果たしたことになる。

 後は、ボーナスタイムだ。

 イザベラはロマンス小説について、リリアナを相手に語ろうとした。

 だが――。


『待ちなさい!』

「ぶぺらっ!? ありがとうございます! ちょっと失礼しますわ!」


 ドン引きするリリアナを後にして、イザベラは歩いて距離を取る。


「何か問題でもありまして?」

『ロマンス小説について語るのも悪くはありません。ですが、それは貴方の趣味嗜好の押し付けることにすぎません』

「いけませんの? 私は話したいのですわ」

『それがオタクの悪いところです! オタクというものは、いつだって自分のことを語りたがる。相手はそんなことを聞きたくないのに』

「がーん」

『ですが、これは逆に考えることが出来ます。『人の立場に身を置く(1-3)』のです。つまり、貴女が語りたかったように、リリアナも語りたい――オタクちゃんは語りたいのです。ですから、その欲望をかなえて差し上げましょう』

「つまり、私が話を聞くというわけですわね」

『ええ、そうです。貴女が積極的に耳を傾けることで、話す側はちゃんと話を聞いてもらえていると感じます。すると、自分の話には聞く価値がある――つまり、自分には価値があると感がるようになるのです』

「毎度の自己重要感ですわね」

『その通りです。カーネギーも『聞き手にまわる(2-4)』として原則に掲げています。貴女は『聞き上手の姫君』になるのです!』

「分かりましたわ!」


 イザベラはリリアナのところへ戻ってきた。

 リリアナは心配そうにイザベラを見る。


「あの、大丈夫ですか? 昨日も同じようなことがありましたが」

「ご心配なく。時折、自分を殴りたくなってしまいますの」

「そ、そうですか」


 イザベラは、リリアナの微妙な表情の変化を見逃さなかった。


(ドン引きされていますわ)


 だが、今更取り繕っても仕方がない。

 計画は進めるしかないのだ。


「それよりも、リリアナさん。貴女の話を聞かせてください。特に、貴女のおすすめの本を。私も是非読んでみたいですわ」

「はい」


 リリアナは嬉しそうに返事をした。

 その後、リリアナは長時間にわたって、これまで読んできた本の内容について話をした。

 これまで話し相手がいなかったためか、リリアナはよく話した。

 言葉が止まることはなく、イザベラはそれに耳を傾け続けた。

 そして、二時間程度が経過し――。


「つい夢中になって話し過ぎてしまいました。お時間を取らせてしまって、申し訳ありません」

「いいんですのよ。私も聞きたくて聞いているわけですから」

「ありがとうございます」


 リリアナは心を開いているようだった。

 もはや、かけらほどの警戒心も残っていない。


「イザベラ様は聞き上手ですね」

「そんなことはありませんわ」


 実際、イザベラは大したリアクションを取っていなかった。

 時折「そうなんですの」「面白そうですわね」と無難な合いの手を入れていただけ。


 だが、それで十分だった。

 それがベストだったのだ。


 その証拠に、リリアナはとても満足げな表情を見せていた。

 二人の心の距離は、ぐんぐんと近づいていった。

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