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第5話 悪逆令嬢、共通点を見つける

     ×××


 運命の日まで、あと4日――。


 イザベラは自室で、破滅回避のための次なる一手を考えていた。


「カーくん。相談がありますの」

『何でしょう?』

「リリアナとの関係改善は完了しましたが――」

『はい?』

「ですから、リリアナとの関係改善は完了しましたが――」

『完了……していますかね?』

「していますわ」


 イザベラは当然のように言った。

 彼女はリリアナとの関係改善をあっさりと実現した。

 ――と思い込んでいた。


 そんな事実はどこにも存在しないのに。


 その原因は、対人経験値の少なさだけではない。

 なにせ、逆行前のリリアナは、イザベラにとって恐怖の象徴だったのだ。

 そのリリアナから殴られることなく無事にやり過ごすことが出来た。

 それだけで万々歳――大成功だと思い込んでしまっていた。


「この所、いいことだらけですわ。アレクセイとは婚約を続けることが出来ましたし、リリアナとの関係も改善されましたわ」

『……そうですね』


 カーミギーはツッコミを放棄した。

 彼女の喜びに水を差す気になれなかったのだ。

 イザベラはその言葉を素直に受け取り、話を続けた。


「でも、まだ解決していない問題がありますのよ」

『何でしょう?』

「リリアナが神聖魔法を十全に使えていないことですわ」


 リリアナの才能に関しては、疑うべくもない。

 だが、それを使いこなせていないのだ。

 逆行前は、謁見の間で力任せに使えていたようだが――。


(再現性に不安が残りますわね)


 あの時のリリアナは、極限状態の中で力を発揮した。

 だが、今は平穏な日常の中にいる。

 出来ることなら、暗殺事件の前に上手く使えるようになって欲しいのだが。

 暗殺事件までに、彼女が極限状態に陥ることはないだろう。


『何とか出来るのですか?』

「分かりませんわ。でも、魔法は使い手の精神状態に大きく影響を受けます。おそらく、その原因はあの内気な性格にあるのだと思いますわ。だとすれば、リリアナに自信を持ってもらうのがベストですわね」


 そのためには――。


(まずはリリアナに信頼してもらう必要がありますわね)


 問題はその方法だ。

 対人関係構築能力ゼロのイザベラには、余りに荷が重い。


「かーくん。リリアナと今以上に仲良くなるためには、どうすればいいと思います?」

『まずは、仲良くなれば良いのでは?』

「ですから――」

『失礼しました。同年代の子と仲良くなるだなんて、貴女には不可能でしたね』

「そんなことはありませんわ! お茶の子さいさいですわ!」

『さいですか。では、ボクの助言は不要ですね』

「……一応、聞いて差し上げますわ」

『結構です』

「ごめんなさいですわ!」

『哀れになって来たので、教えて差し上げますね。人と仲良くなるためには『関心のありかを見抜く(2-5)』ことが重要です。相手が何に興味を持っているかを見つけ出し、それを共通の話題とするのです。そうすることで、相手は心を開いてくれることでしょう』

「あら、そんなことでよろしいの?」

『出来るのですか? あの純粋無垢な少女と悪逆令嬢イザベラとの間に共通点があるとでも?』

「お任せなさい! 我に秘策ありですわ!」


 実際、イザベラには秘策があった。

 それは、逆行前に手に入れた情報によるものだ。

 既に関心のありかは分かっている。

 その情報をうまく使えば、リリアナからの信頼を手に入れることが出来る。


 イザベラはそう確信していた。

 そういうわけで、イザベラはリリアナを家に招くことにした。


 教会に出向き、彼女を呼び出そうと考えていたのだが――。

 その必要はなかった。

 アレクセイから、リリアナが会いたがっているという連絡が来たのだ。

 渡りに船である。


(流石はアレクセイ。私の将来の夫ですわ。私の欲する状況をこうも的確に作り上げてくれるとは)


 あくまでも偶然によるものなのだが――。

 イザベラは、自分の都合のいいように解釈した。


     ×××


 運命の日まで、あと3日――。


 ノクスレイン家を訪ねたリリアナは、気後れしているようだった。

 公爵家の邸宅というのは、庶民からしてみれば大変豪奢なものなのだ。

 ついでに言えば、尋ねる先は暗黒魔法の素養のある一家――。

 心の奥底には、こびりついた恐怖が残っているのだ。


「初めまして。リリアナ・セインツベリーと申します」


 客間でリリアナは一通りの挨拶をすませた。

 とても礼儀正しい態度だったが、その声は少しだけ震えていた。


 その後、彼女はイザベラの部屋へ行った。

 そこでイザベラと話し合いをして、歩み寄りを試みる予定だった。


 そのはずだったのだが――。

 別のものが、彼女の目を引いた。

 それは、机の上にさりげなく置いてある一冊の本だった。


     ×××


 リリアナを招くにあたり、イザベラは秘策を用意していた。

 それこそ、昨日メイドに言って手に入れてもらった一冊の本だ。

 それを目につく場所に置いたまま、イザベラはリリアナと話し始める。


「よく来てくださいましたわ、リリアナ」

「イザベラ様。昨日は申し訳ありませんでした。失礼な態度を取ってしまい」

「そんなことはありませんわ。少し前までの私は、どうしようもないアホでした。貴女が警戒するのも当然ですわ」

「そんなことはありません」


 リリアナは申し訳なさそうに言った。

 それに対し、イザベラは嬉しげな声で答える。


「では、この話はおしまいにしましょう。よろしいですわね」


 イザベラは強引に謝罪についての話を終わらせた。

 そして、さりげなく置いてあった本を手に取った。


「イザベラ様、その本は?」

「あらお恥ずかしい。これは、私が愛読するロマンス小説ですわ」


 イザベラは、逆行前にリリアナの趣味を突き止めていた。

 それは『ロマンス小説』を読むこと。

 逆行前に事件現場に駆け付けたリリアナは、その手に一冊の本を持っていた。

 その時に『無愛の王』というタイトルが見えていた。

 逆行後にそのタイトルの本を調べたイザベラは、驚いた。

 それは悲恋を描いた一大叙事詩だったのだ。

 しかも、やや過激なシーンあり。


(これこそが、リリアナ攻略の鍵となりますわ)


 これが二人の共通点だった。

 イザベラはロマンス小説にハマっている。

 それは、窮屈な人生の中での唯一の楽しみ。

 次第に、生活の中で読書の時間が増えていった。

 そして――いつの間にか自分でも執筆をするようにまでなっていた。


「でも、このような本を読んでいるとお母様にバレてしまったら、叱られてしまいますわ。リリアナさんも、このことはご内密にお願いしますわ」

「分かりました」


 リリアナはそう答えた。

 そして、何かを言いたそうにもじもじしていた。


(計算通り! リリアナが仲間になりたそうにこちらを見ていますわ)


 この世界において、ロマンス小説というものはポピュラーなものではない。

 文字を読める人間のうち、ごく一部だけがその本を手に取ることになる。

 マイナーサブカルなのである。

 その同士を見つけることは、道端に落ちている宝石を見つけるよりも難しい。

 そのことをリリアナはよく知っているはずだった。


「実は私も、そういった小説をよく読むのです」

「ええっ!? そうなんですの!?」

 イザベラはいかにも驚いたようなリアクションをする。

 だが、その内心では魚を釣り上げたような気分になっていた。


(かかりましたわね。同好の士を放置できるロマンス小説好きなど存在しませんわ)


 勿論、イザベラ自身も例外ではない。

 普通にリリアナと語り合いたかった。


「ちなみに、どういったものがお好みですの?」

「『氷の王子様と太陽の姫君』とか、後は『無愛の王』とか」


 おずおずとリリアナが答えた。


「いいですわよね! 氷の王子様! 私も読みましたわ! 心を閉ざした王子が、いつも明るい姫と接しているうちに心を開いていく。そして、気が付けば王子にとって姫はかけがえのない存在になっていた。そこから一捻りあるのが何とも言えませ――」


 イザベラはそこで言葉を止めた。

 そして、さも重要なことであるかのように、声を低くして尋ねる。


「リリアナさん。一つだけ確認させてくださいまし」

「何でしょう?」

「氷の王子様は、最後まで読み終えていらっしゃいますの? 私は今、不用意なネタバレをしてしまったのでは?」

「ご安心ください。最後まで読んでいます」

「よかったですわ」


 ネタバレはよくない。

 人によっては、問題ないかもしれないが、避けるべきだろう。

 変なところで律儀なイザベラなのであった。


「ところで、イザベラ様が今持っていらっしゃるのは、どういったものになるのですか?」

「これは『追放された聖女様、呪われた第二王子に溺愛される』というものですわ」

「実在したのですか!?」


 リリアナは強い食いつきを見せた。

 それを見たイザベラは、計画の成功を確信した。


 悪逆令嬢と聖女候補。

 真逆の存在とも言える二人を、この本が強く結びつけることになるのだ。


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