プロローグ
×××
ルミナリオン王国の中心部。
ルミナリオン広場には、多くの民衆が押し寄せていた。
彼らの興奮した視線は、中央の高台に立つ一人の少女に向けられている。
その少女の名は、イザベラ・ド・ノクスレイン。
高慢かつ自己中心的な性格を持つ、公爵令嬢だ。
その悪評は国内で知れ渡っており、世間では『悪逆令嬢』と揶揄されている。
立てば罪人、座れば悪魔、歩く姿は人でなし。
その非道は、枚挙に暇がない。
とにかく、世間から憎まれに憎まれている。
そんな憎まれっ子である彼女は、少し前まで世に憚っていた。
憚ることが出来ていたのだけれど――。
そんな傲慢不遜な人生は長くは続かなかった。
(手でも振って差し上げたいところですわね)
観衆の姿を眺めながら、彼女は自嘲交じりに考えていた。
だが、それは不可能だ。
彼女の両手は身体の後ろで縛られていた。
髪は乱れて、肌もあれている。
着ているのはドレスではなく、ボロの囚人服だ。
その姿に、公爵令嬢としての壮麗さは欠片ほども残っていない。
腰には縄をつけられており、その端を無表情の兵士が握っている。
もはや逃亡は不可能。
イザベラの命運は、既に決まっていた。
「これよりイザベラ・ド・ノクスレインの処刑を開始する!」
処刑人がそう告げると、民衆は地響きのような歓声を上げた。
イザベラが立つ場所は『処刑台』だった。
彼女は齢十三にして、彼女は死刑宣告をされていた。
罪状は王国第一王子の暗殺未遂。
数か月前に起きた、王子暗殺未遂事件。
その実行犯は、拘束された際に自害していた。
その死に際に、イザベラの名を黒幕として叫んだのだ。
だが――それは真実ではなかった。
暗殺未遂に関して、彼女は無実だった。
そのことを彼女は何度も訴えた。
王族にも、家族にも、官憲にも伝えた。
だが、信じてもらうことは出来なかった。
誰一人として彼女のことを庇おうとはしなかった。
濡れ衣を着せられてからというもの、彼女には罵倒の言葉が向けられた。
これまで不満を持っていた者が、立場の悪くなった彼女に牙をむき始めたのだ。
ノクスレイン家は爵位を剥奪され、イザベラは家族からも恨まれるようになった。
味方は最初からおらず、敵だけがとんどん増えていく。
無実を証明する手段はもはや存在しない。
そんな状況が半年ほど続き――。
イザベラは生きる気力を失っていた。
瞳は虚ろになり、身体には力が入らない。
もはや自分が生きているのか死んでいるのかも分からない。
そんなボロボロの状態になっていた。
そして――。
とうとう彼女の処刑日が訪れた。
断頭台で跪く彼女に、民衆の視線と罵倒が向けられる。
「イザベラ・ド・ノクスレイン。最後に、何か言いたいことはあるか?」
そう尋ねたのは、リオン・ド・ルミナリオン。
暗殺未遂事件の被害者となった王子だ。
神聖魔法による治療により、今はすっかり回復している。
彼も処刑台に上がっており、跪くイザベラを見下ろしていた。
イザベラはぼんやりと彼を見返す。
その瞳には、もはや何も映ってはいない。
「そうですわね……。一つ、気になっていることがありますわ」
かすれた声は、風で掻き消えそうなほど弱弱しい。
「それは何だ?」
「私は、何を間違えましたの? こうならないようにすることは、私に可能だったんですの?」
「暗殺未遂を起こしておいて、何を言っているのだ?」
王子の言葉に、イザベラは自嘲めいた笑みを浮かべる。
それは、何をしても無駄だったという諦めによるものだった。
「その誤解が解けないということは、嫌というほど思い知らされましたわ。さぁ、早いところ私を死刑にしてくださいまし」
既に恐怖も未練もなかった。
彼女の精神は、既に死んでいた。
「イザベラ。貴様はそれで本当にいいのか?」
「私を死刑にすることを決定した方の言葉とは思えませんわね。ああ、そうです。慈悲を下さるというのでしたら、一つお願いがありますわ」
「何だ?」
「私の髪――ドリルの形のツインテール。この髪は、私の命よりも大切なものですの。ですから、ギロチンで切断されないようにしていただきたいですわ」
それは、彼女の最後の宝物だった。
幼いころからずっと大切にしてきた髪なのだ。
地下牢での生活により艶は失われたが、誇りだけは残っている。
「……いいだろう」
王子からの許可により、処刑人は刃の通り道から髪を避けた。
イザベラは、静かに礼を述べる。
「ありがとうございます。それでは、いつでもどうぞ」
その声に、怯えはなかった。
イザベラは、安堵さえ感じていた。
今の彼女にとって、死は救済だった。
「それでは、神の名の下に、イザベラ・ド・ノクスレインの死刑を執行する!」
王子の宣言を受け、歓声が沸き上がる。
その瞬間を見るために、民衆は集まっていたのだ。
その大半は王都に住む者だったが、中には遠路はるばるやってきた者もいる。
それほどまでに、民衆はイザベラ・ド・ノクスレインの処刑を望んでいた。
処刑人は、ギロチンのロープを切断した。
重く鋭い刃が垂直に落下し――その瞬間が訪れた。
かくして、悪逆令嬢イザベラ・ド・ノクスレインはその生涯を終えた。
真実は語られず、誤解は解かれず、真相は永遠に闇の中へと葬られた。
――そのはずだった。
完結まで既に書いてあります。(文字数は15万程度)
よろしければ、ブックマークをしていただき、最後までご覧ください。




