第2話 悪逆令嬢、悪行を思い出す
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イザベラの破滅は、暗殺事件によって決定的なものになる。
それを防ぐためには、神聖魔法の使い手であるリリアナの協力が不可欠だ。
その協力を得るためには、イザベラの婚約者の口利きが必要となるのだが――。
「それでは『アレクセイ・マクベス篭絡作戦』を計画しますわ!」
逆行前はその婚約者から婚約破棄を言い渡されていた。
最初の一歩は、その婚約破棄を回避することから始まる。
「とりあえず、暗殺未遂まで婚約破棄を待ってもらうことを目標にしますわ。あくまでも目的は、リリアナを平和的に紹介してもらうことですから」
『分かりました。では――』
「まぁ、とは言いましても、アレクセイとの婚約を確たるものにしておくのがベストではありますわね。あくまでも保身のために! わが身可愛さのために!」
イザベラの声には、明らかに期待が込められていた。
『もしかして、普通に結婚まで行きたいと考えていませんか?』
「思っていませんわ! べ、別に、アレクセイのことなんて好きじゃありませんわ!」
頬が赤らみ、視線を泳がせるイザベラ。
分かりやすすぎる反応だった。
逆行前、イザベラは確かにアレクセイに好意を持っていた。
素直に好意を伝えることはなかったし、伝えるつもりもなかった。
結果は、お察しのとおりである。
こっぴどく振られ、婚約破棄をされてしまった。
そもそも、公爵家の令嬢と子爵家の長男が婚約をするということ自体が異例なのだ。
更に、公爵家令嬢は子爵家長男から婚約破棄を言い渡されたことになる。
これもまた異例中の異例。
イザベラは世界で最も面子を潰された女と言ってもいい。
逆行前の彼女はそれ程までに酷かったのだ。
『ところで、婚約破棄はいつ言い渡されるのですか?』
「明日ですわ」
『はい?』
「ですから、明日ですわ」
『それ、もう少し早く言えません?』
もっともなツッコミだった。
イザベラは何か言おうと口を開いたが、言葉は出てこなかった。
流石に反論の余地はなかった。
「まぁ、過ぎてしまったことは仕方がありませんわ」
『本当に破滅回避する気があるんですか?』
「そんなことよりも、アレクセイに婚約破棄をさせないようにする方法を考えますわよ」
『はいはい。では、アレクセイ・マクベスの人となりを教えてください』
「……顔はまぁ、悪くはありませんわね」
悪くはないどころか、好みのど真ん中だった。
ふわふわの金髪、庇護欲をそそるような顔立ち。
精悍というわけではないが、愛着のわく表情。
全てがパーフェクト。
一目見ただけでフォーリンラブなのである。
だが、それを素直に認めるお嬢様ではない。
「ただ、もう少ししっかりしていただきたいとは思いますわ。私に対しておどおどした態度を取っていましたから」
『それ、貴女が悪いのでは?』
「何と!?」
『身分は貴女の方が上なのですから、無茶ぶりをすれば委縮するのは当然では?』
「よもや!」
『しかも、イザベラは悪名高い悪逆令嬢です。委縮するなという方が無理なのでは?』
「正論なんて聞きたくありませんわ!」
『自分の言葉しか聞きたくないということですか?』
「それって、どういう……失礼ですわね!?」
途中でその意味に気づいたイザベラは、自らの右手を叩いた。
右手が痛いだけだった。
『言っておきますが、ボクに痛覚はありませんよ』
「気分の問題ですわ。まぁ、婚約自体はどうでもいいのです。互いに好意などないのですから」
『少なくとも、貴女からの好意はあるように――』
「だまらっしゃい!」
右手を叩きつけるイザベラ。
再度、手が痛む。カーミギーは痛覚がないため、ノーダメージだ。
それでも、自分を傷つけずにはいられない瞬間がお嬢様にはあるのだ。
「いずれにせよ、リリアナとの接点を持つまで、婚約は維持しておく必要がありますわ。アレクセイとの婚約関係維持はその道具でしかありませんわ」
『まぁ、いいですけどね』
カーミギーは適当に応じた。
「つきましては、かーくん。何か方法を考えてくださいまし」
『では、とりあえず逆行前に何があったかを教えてもらえますか?』
「……それ、関係あります?」
『当然です』
「どうしても、言わないといけませんの?」
『駄目です』
イザベラは観念したように、ため息をついた。
アレは思い出したくもない最悪の記憶だった。
記憶の奥底に封印しようとして、何度も失敗してきた。
ふと思い出しただけでも、後悔と羞恥心でのたうち回りそうになる。
だが――。
破滅回避のためには、ここで向き合わなければならない。
「そうですわね。あれは――」
×××
逆行前――イザベラはノコノコとマクベス家に出向いていた。
アレクセイに会えるのが嬉しくて、イザベラはうきうきしていた。
アレクセイは未だ12歳。
イザベラよりも一つ年下である。
成長途中であり、可愛らしさが溢れる容姿をしていた。
それはイザベラにとって、ストライクど真ん中のものだった。
また、性格は温厚で紳士的。
合う時はイザベラのことをよく気にかけてくれていた。
彼との交流は、イザベラにとって唯一の希望だった。
だが――。
「イザベラ様との婚約は、破棄させていただきたいと思います」
定期的な顔合わせの日、イザベラはそう言われてしまった。
その理由は多岐にわたる。
本当に多岐に渡りに渡るのだ。
これまで、イザベラは我儘の限りを尽くしてきた。
公爵家令嬢としては、当然許されるものだと思っていた。
それが勘違いだということに、気づいていなかった。
「な、何故ですの?」
婚約破棄を聞いたイザベラは、全力で動揺していた。
彼女はアレクセイに会うのを密かに楽しみにしていた。
それなのに、いざ出向いたら婚約破棄を言い渡されたのだ。
天国から地獄に叩き落とされたようなものである。
当然、イザベラはその言葉に納得をすることが出来なかった。
そして癇癪を起こした。
「ありえませんわ! そんなの、絶対に認めませんわ!」
声を震わせながら、怒りを爆発させる。
彼女は散々喚き散らした挙句、大いに暴れ回った。
アレクセイの部屋に立てこもり、部屋の中の私物を破壊していった。
それだけでも最悪の行動なのだが――。
この時の悪逆令嬢は、更にその下を行った。
暴れていた彼女は、室内に『箱』が隠されているのを見つけた。
その箱を破壊すると、中からは大量の絵画に出てきたのだ。
それは、アレクセイが家族から隠れて描いていたものだった。
事情を察したイザベラは、ここから『最悪の行動』に出る。
その絵画を破った挙句、窓から捨ててしまったのだ。
「このような趣味をお持ちとは、貴族の風上にも置けませんわ! やはり、貴方は私にふさわしくなかったようですわね!」
かくして、婚約破棄を言い渡されたイザベラは、婚約破棄を言い渡し返した。
彼女の高くて脆いプライドが、彼女自身に止めを刺した形となる。
これにより婚約破棄は確定的なものとなった。
子爵家に無碍にされたノクスレイン家は、その評判を落とすことになる。
その結果、イザベラは家の中で居場所を失った。




