第1話 悪逆令嬢、計画を立てる
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運命の日まで、あと7日――。
使用人の待遇改善を行ったイザベラだが――。
彼女自身は、表立って何かをすることはなかった。
屋敷内のことについては、ジョバンニとマーサが熟知している。
彼らにおまかせするのが最もよい手段だ。
責任者とは責任を取るためにいるもの。
つまり、それ以外の仕事はしなくてよい、もっとも気楽な地位ということになる。
それが責任者としてのイザベラの持論だった。
そんなわけがないのに。
では、この三日間イザベラは何をしていたのかというと――。
破滅回避の方法を本気で考えていた。
破滅を防ぐためのロードマップを作っていたのだ。
そして今日、ようやくそれが完成した。
彼女はそれを見ながら、カーミギーに声をかける。
「まず、私が処刑されたのはこのルミナリオン王国の王子であるリオン・ド・ルミナリオンの暗殺未遂事件が原因ですわ。ですから、処刑を回避するためには、事件自体を阻止する必要がありますわ」
『事件の阻止なんて出来るのですか?』
「不可能ではないと思いますわ。暗殺は暗黒魔法によってなされましたし」
『それをどうやって止めるのです? ああ、もしかして、犯人が誰なのか、どこにいたのかを知っているのですか?』
「いいえ、知りませんわ。犯人について、詳しいことは教えていただけませんでしたから。ですが、暗黒魔法でしたら神聖魔法で打ち消せます。暗殺事件が起きる場所に神聖魔法の使い手がいれば、暗殺は簡単に阻止できますわ」
『成程。では、神聖魔法の使い手に心当たりがあるのですね?』
「ええ、ありますわ」
イザベラは自信たっぷりに言った。
だが、次第に顔色が悪くなっていく。
自分を抱きしめるように両腕を組み、身体をガタガタと震わせた。
『どうしました?』
「なんでもありませんわ。ちょっと、トラウマが――」
『何があったのですか!?』
「思い出したくありませんわ。それよりも、神聖魔法に話を戻します。神聖魔法を使える人はごく少数しかいませんわ。しかも、才能のある使い手は教会が囲みこんでしまい、公爵家であっても貸してもらうことは出来ませんわ」
『では、どうするのです?』
「教会がまだその才能に気づいていない神聖魔法の使い手を使うしかありませんわ。幸い、心当たりがありますの。不本意ながら」
イザベラは逆行前のことを思い出す。
彼女の心当たりというのはリリアナ・セインツベリーという少女だ。
彼女は平民出身だが、神聖魔法の素質があったために教会に召し上げられていた。
これまでは、呪いの解除などの小さな実績がある程度。
一応聖女候補ということにはなっているが、期待はされていない。
現在は、中央教会で下働きをしている。
教会により管理はされているものの、その拘束は比較的緩い。
貴族から外出を求められるようなことがあれば、教会も認める程度だ。
もっとも、それは彼女が能力を無意識化で制限してしまっているからだ。
一度その枷が外れれば、彼女の実力は桁外れのものとなる。
イザベラはそのことをよく知っていた。
「彼女の能力は、現時点ではかなり制限されているはずですわ。ですが、覚醒をすれば彼女の神聖魔法は、他の誰にも負けないほど強力なものになります。きっと、王子の暗殺も防げることでしょう」
逆行前では、王子暗殺未遂事件の直後にその枷が外れていた。
そして、逃亡を試みたイザベラをボコボコにして捕まえた張本人である。
あの『聖なるストレートパンチ』を思い出しただけでも身体が震えてしまう。
『では、そのリリアナに協力をしてもらいましょう』
「ええ。ですが、それにはいくつか問題がありますの。あの方――というか、あの方に限った話ではありませんが、暗黒魔法の使い手に対する偏見が一部には存在しますの。あの方は、特にそれがひどくて……。私が会いに行ったところで、追い返されるだけですわ。仲介が必要ですわね」
『心当たりがあるのですか?』
「私の婚約者であるアレクセイ・マクベスがリリアナと面識がありますわ。ですので、彼に紹介していただく必要がありますわね」
『婚約者がいるのですか? イザベラ様の癖に生意気ですね』
「貴方、どういう立場なんですの!?」
『貴女の味方です。それ以上でもそれ以下でもありませんよ。それよりも、話を先に進めてください』
「ええ、分かりましたわ。この婚約者ですが――明日、会うことになっていますわ」
『そうですか。では、その時にリリアナへの仲介を頼みましょう』
カーミギーにそう言われ、イザベラは言葉に詰まった。
そして、とても言いにくそうに口を開く。
「実はそれについても、問題がありますの」
『……なんですか?』
「実は、そろそろ婚約破棄を言い渡されることになっていますの」
『……ありがちですね』
というわけで――。
破滅回避へのロードマップ、フェイズ1。
『婚約破棄を回避せよ』
スタートである。




