第6話 悪逆令嬢、説得をする②
×××
クレアとの交渉を終えたイザベラは自室へ戻った。
ドアを閉めると、大きく深呼吸をした。
全身に巡っていた緊張が、一気に緩んでいく。
「あー、生きた心地がしませんでしたわ」
『お疲れ様です。本当に、よくやりましたね』
カーミギーの声には、確かな敬意が込められていた。
多少のアドバイスをしたものの、これはイザベラの成果に他ならない。
彼女はそれほどまでの困難を成し遂げたのだ。
とはいえ――。
具体的に何をするのかは決まっていない。
見切り発車もいいところだった。
(また、突然マニュアルが現れたりしないでしょうか)
少しだけ期待しながら、ベッドの上を確認する。
枕をどけて、シーツを捲ってみたりもした。
だけど、何もなかった。
神様はそこまでサービス精神旺盛ではないらしい。
「こうなったら、私が何か考えるしかありませんわ!」
イザベラは、ろくでもない決意をした。
「私の手にかかれば、これまでにない独創的で素晴らしい体制を考えることが出来るはずですわ!」
『レシピに余計な手を加えて料理を台無しにしそうな発言ですね』
「何か文句でも?」
『いいえ。ですが、貴女が考えるのは無理だと思いますよ』
「そんなこと、やってみなくては分かりませんわ!」
『それ、本気で言っています?』
「……冗談ですわ」
冗談ではなかった。
イザベラは本当にやろうとしていた。
だが、カーミギーのツッコミによって、少しだけ冷静になれた。
『本当に冗談だったのですか?』
「……勿論ですわ」
『嘘ですね』
「ええ、嘘ですわ! 何か文句でも?」
『開き直った!?』
「まぁ、ご指摘には感謝しますわ。こういう失敗をこれまで、何度繰り返したことか。今回は、時間もないことですし、使用人たち自身にアイデアを出していただくことにしましょう」
『それがいいでしょうね』
×××
イザベラは、独創的でオリジナリティにあふれる改善策を諦めた。
独創と暴走は紙一重――そして、今回のものは暴走側だと理解したのだ。
代わりに、執事長とメイド長にその制作を頼むことにした。
この二人は、屋敷のことを隅々まで知っている。
イザベラとは違い、現実的な案を考えてくれることだろう。
「ところで、かーくん。改善案の作成を頼むにあたって、カーネギーは何か役に立ちそうな原則を掲げていたりしませんの?」
『ありますよ。まず『期待をかける(4-7)』ことが重要です。何度も言いますが、人は自らを重要だと思いたがるものです。ですから、期待をかけるということは、その欲求を満たすものになります。ですから、期待をかければ、その期待に応えたくなってしまうのです。ですから、依頼をするときに期待をしていることを伝えて見え下さい』
「分かりましたわ」
カーミギーからの助言を受け、イザベラはジョバンニとマーサを呼びつけた。
困った時の他人頼み――だが、今回はそれが最善だ。
「この度、仕様人たちの管理は私が行うことになりました」
「お嬢様がですか?」
二人の反応には、困惑が見られた。
悪逆令嬢に管理権が渡るという謎の采配がなされたのだから当然だ。
「それは、ご当主様たちの指示によるものなのでしょうか?」
「勿論ですわ。しっかり、お母さまからの許可は得ています」
ジョバンニの問いに、イザベラは胸を張って答えた。
「つきましては、使用人たちの待遇条件の見直しをしようと考えています。つきましては、お二人に、その計画案を作っていただきたいのですわ」
「よろしいのですか?」
「ええ、勿論ですわ。お二人は、この家の使用人を統括する立場です。使用人のことは知り尽くしているものと思います。ですから、お二人であれば素晴らしい改善案を作り上げることが出来ると思いますわ」
そこまで言ってから、イザベラはふと思いついた。
作ってもらう案は、彼女自身のものとしてクレアに提案するつもりだ。
(でしたら、複数あった方が、よりよい案を選ぶことが出来るのでは?)
成果は大きければ大きいほどいい。
だから、イザベラはある提案をした。
「それでは、とりあえず別々に案を作っていただけますか?」
「別々のものを作る必要があるのですか?」
ジョバンニが疑問の声を上げる。
「ええ、是非見比べてみたいのですわ」
「畏まりました」
イザベラの命を受け、二人は部屋を出て行った。
すると、カーミギーが声をかけてきた。
『いい判断でした。ちゃんと『期待をかける(4-7)』ことも出来ていましたね。それに、二人に別々のものを作ってもらうことにしたのも、いい判断だったと思いますよ』
「そ、そうですの?」
『自らの重要度を高めるためには、競争相手よりも優れたものを作る必要があります。カーネギーも『対抗意識を刺激する(3-12)』ことを原則として挙げています。貴女は、執事長とメイド長の競争心を利用して、より強いやる気を引き出したのです』
「なんだか、悪女っぽいですわね」
『気にすることは――』
「格好いいですわ!」
『あー、はい。そうですね』
イザベラ・ド・ノクスレイン。13歳。
ちょっぴり、悪女に憧れるお年頃なのである。




