第3話 悪逆令嬢、計画を練る②
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クレアを説得する方法。
不可能のようにも思えるが、何とかしなければならない。
イザベラの問いに、カーミギーが答える。
『具体的な方法を提示することは出来ません。ですが、考え方を示すことは出来ます』
「考え方?」
『最善の方法は、お母様が自ら『使用人の労働環境を改善したい』と考えるようになることです』
「それが出来れば苦労しませんわ!?」
『ええ、大変でしょう。ですが、方法を考えるための基礎はそこにあるのです。どうすればお母様の考えを変えることが出来るのか。それを考えるためには『人の立場に身を置く(1-3)』ことが必要です』
「つまり、お母様の立場に立って、この問題を考えてみるということですわね?」
『その通りです。そうすることで、相手が望むような提案が出来るかもしれません。まず、お母様は、どうして使用人たちに厳しく接しているのでしょう?』
「おそらく、使用人たちに舐められないようにするためですわ。他の家も似たようなものでしょうし。ノクスレイン家だけ緩くするわけには行きませんわ」
『つまり、悪意をもって使用人をこき使っているわけではないのですね』
「微妙なところですわね。お母様は基本的に使用人を一切信用していませんから、彼らに対して悪意を向けていないとは言えないと思いますわ」
『では、使用人を信用するようになるためには、どうすればいいともいますか?』
「不可能ですわ」
『考えてください』
「そうですわね……。でしたら、執事長とメイド長に監督をしてもらうのがいいと思いますわ。お母様の、あの二人だけは信用していますから」
『今は監督をしていないのですか?』
「していますわ。ですから、あの二人に使用人たちはよくやっているということをちゃんとお母様に伝えてもらうようにするのです」
『いいですね。時間がかかるかもしれませんが、有効だと思います』
「よくありませんわ!?」
『自分で否定!?』
イザベラは頭を抱えていた。
ようやくいいアイデアが浮かんだと思ったのに――。
それには、致命的な欠点があったのだ。
「時間がありませんわ! のんびりしていたら、破滅の時を迎えてしまいますわ!」
『そうでした!』
「使用人を信用してもらう方向は、無理がありますわね。もっと短期間でなんとかする必要がありますわ。なにかいい考えはありませんの?」
『では、使用人の労働条件が悪いままだと、不都合が出ると訴えてはいかがでしょう』
「……適当な大義名分をくっつけることは出来ると思いますわ。でも、それを訴えたところで、お母様が私の説得に応じてくださるとは思えませんわ」
『説得はしません』
「では、何をしますの?」
『お母様に自主的に待遇改善を思いついてもらうのです』
「だから、それが出来たら苦労はしませんのよ!? 先程も言いましたわ!」
珍しくイザベラがツッコミを入れる。
だが、カーミギーもそのことはよく分かっていた。
『先ほどの発言は、お母様が自主的に『労働環境を改善したい』と思う可能性がないということです。今回のものは『労働環境を改善せざるを得ない』と考えてもらうことを目標にするのです』
「何が違うんですの?」
『労働者の為ではなく、この家のために必要だと考えてもらうのです』
「それは分かりましたけれど……どうすればいいんですの?」
『人は重要感を欲しています。ですから、自分で考えたアイデアも重要だと思いたがり、大切にするのです』
「そんなものですの?」
『思いついたから、料理のレシピを無視して独創的なアレンジをしてしまう人っていますよね?』
「いますわね!」
『余計なことを思いついて仕事を増やす人もいますよね?』
「いますわね!」
『貴女のことですが?』
「分かっていますわ! そして、納得しましたわ!」
イザベラ自身、そういう傾向があった。
余計な思い付きをしては、使用人たちを右往左往させ、困らせていた。
今のイザベラには、その自覚があった。
『そこで、カーネギーは『思いつかせる(3-7)』という原則を掲げています。人は他人に押し付けられた意見よりも、自分で思いついた考えを大切にするものです。ですあら、お母様の思考を貴女にとって都合のいい方向に思考を誘導するのです』
「……それ難しくありません?」
『そうですね。思い通りに誘導することは難しいと思います。ですが、何らかの考えを思いつかせるだけであれば、方法はあります』
「具体的には、どうすればいいんですの?」
『相談を持ち掛けるのです。もっともらしい理由をつけて相談し、最終的にお母さまが使用人たちの労働環境を改善すべきだと考えるように持ち込むのです』
「分かりましたわ」
イザベラはカーミギーの言葉を踏まえて、交渉に臨むことにした。
クレアに逆らうのではなく、クレアを誘導する。
その困難すぎる計画を実行に移すのだ。




