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第1話 悪逆令嬢、使用人の窮状に気づく

     ×××


 苦労の末、イザベラは笑顔を習得した。

 未だぎこちなさは残るが、これまでの仏頂面に比べればマシである。


(これで、使用人との関係も徐々に改善していくはずですわ)


 だが、まだまだ問題はまだ山積している。

 その中でも、最初に手をつけなければならないものが――。


(まずは、婚約者であるアレクセイ・マクベスの対策を考える必要がありますわね)


 これである。

 イザベラの転落は、婚約者からの婚約破棄に始まった。

 それを回避することが、破滅回避の第一歩だ。


(一体、どうすれば回避できますかしら?)


 イザベラは深夜のベッドの中で、そのことを考えていた。

 そして、うんうんと唸りながら悩んでいるうちに、喉の渇きを覚えた。

 少し前のイザベラなら、使用人を呼びつけて水を持ってこさせただろう。

 深夜だろうが何だろうがお構いなしだ。


 だが、多少マシになった今は違う。

 その程度のことであれば、自分でやるという『良識』を手に入れていた。

 だから、イザベラは自分で台所まで行くことにした。


 その『異変』に気付いたのは、それが切欠だった。


 イザベラが廊下を歩いていると、数人の使用人とすれ違った。

 彼らは、病人のようにふらふらしていた。

 イザベラがすれ違ったことにも気が付いていないようだ。


「アンバーさん」

「え?」


 声を掛けられ、男性使用人は意識をイザベラに向けた。

 そして、焦りながら他の使用人たちの身体を叩き、彼女の存在を知らせた。


「申し訳ありません! 気づかずに……」

「いえ、それは問題ありませんわ。それよりも、大丈夫ですの?」

「少し睡眠不足なだけです。いえ、申し訳ありません。休息の時間は十分に頂いております」


 取り繕うように答える使用人。

 だが、その言葉を鵜呑みに出来るほど、イザベラはアホではなかった。


 思い返してみれば、以前から使用人たちは疲れた顔をしていた。

 彼女が目覚める前には働き出していて、彼女が眠った後も働き続けている。


(もしかして、使用人の労働時間、長すぎっ!?)


 ようやくイザベラはその事実に気が付いた。

 ここ数日、彼女は無茶を言うのを控えていた。

 そのため、使用人たちの労働環境も少しだけマシにはなっていたのだが。


 それが劣悪であることに変わりはない。

 早朝から深夜まで働き詰め。

 休日については、概念すら存在しない。


 イザベラには到底耐えられそうもない生活。

 それが彼らの日常になってしまっているのだ。


(この状況は、何とかする必要がありますわね)


 いつの間にか、イザベラはそう考えていた。

 少し前の彼女であれば、決してそんなことは考えなかっただろう。

 これも一つの進歩である。


     ×××


 部屋に戻ってから、イザベラは先ほどの出来事について考えていた。

 使用人の労働条件が、勝手に良くなるということはあり得ない。

 両親が自発的に改善に動き出すなど幻想もいいところだ。


(やはり、私が何とかするしかありませんわね)


 だが、ここで騒ぎを起こすわけには行かない。

 数日後には婚約者との会談が待っているのだ。

 ここで問題を起こして、その会談を駄目にしたくはない。


(だったら、後でもいいですわね)


 イザベラはそう結論付け、ベッドにもぐり込んだ。

 眠ってしまい、悩んでいたことは忘れてしまえばいい。

 対処をするにしても、破滅回避の後でいい。

 そのはずだったのだが――。


「眠れませんわ」


 真っ暗な部屋の中で、ぽつりとそう呟いた。

 眠ろうとしても、先程の使用人たちの姿が目に浮かんでくるのだ。

 疲れきった顔、ふらつく身体、緩慢な動作。

 彼らのことが気になり、眠れそうになかった。


 悪逆令嬢にあるまじきことである。

 だが、逆行悪役令嬢としては正しい神経である。


「かーくん。起きていますの?」

『ええ、勿論です』

「貴方って、眠ったりしますの?」

『睡眠については、貴女と連動しているようですね。それよりも、ボクに何か用ですか?』

「聞きたいことがありますの」


 イザベラは真剣な声でカーミギーに話しかけた。


「貴方なら、使用人たちの待遇を改善できるようなアイデアを考えることは出来ますか?」

『残念ですが、ボク一人では無理ですね』

「そうですの……」

『ただし、貴女と一緒であれば出来る可能性はあります』

「本当ですの!?」

『使用人たちを助けたいんですね?』


 そう言われて、イザベラは言葉を詰まらせた。

 彼女の目的は、あくまでも破滅の回避だったはず。

 行動に出たとしても、それが悪い結果につながるかもしれない。


 だから、ここで取るべき行動は――何もしないこと。

 あるいは後回し。

 そのはずなのだが――。


「これは、破滅回避に必要なことなのですわ!」


 イザベラは自分への言い訳をひねり出した。

 使用人を助ける為に、破滅回避を後回しにする大義名分を生み出したのだ。


『破滅回避に必要って、どういうことです?』

「ここで使用人の労働環境をいい感じにしておけば、使用人たちは私に感謝すること間違いなしですわ! そうなれば、破滅回避に一役買うことになるに決まっていますわ!」


 強引な論理展開である。

 だが、これが感情と建前の妥協点。

 イザベラ史上初のツンデレ発言である。


「そうと決まっては、早速行動に移しますわよ!」

『何をするつもりですか?』


 イザベラはそこで動きを止めた。

 具体的な手段は、まだ考えていなかった。


 だが、一つだけ考えがある。

 それは――困った時の執事長である。

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