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フィーロ  作者: NaGold
8/30

第8話

「では……ヴォルテさんが投げ捨てた“親族”でも探しに行きましょうか」


 ヴォルテは腕を組み、目を細めたまま首をかしげる。

「ん〜、近くには無さそうだな……ていうか、“フィーロ”ってそもそも何?」


 オルヴァンは懐からスッと本を取り出す。

 だがページは開かず、そのまま淡々と語り始めた。


「フィーロは四次元以上の空間構造に存在する高次元物質であり、物質界の生命体と常時エネルギー相関を保って──」


(ちょっ……このおじさん変なんです)

 ヴォルテが小声でシロップに耳打ちする。


(時々そうなるのです。分からないと置いていかれる気がするので、とりあえず理解してるフリをします)

 シロップは正面を向いたまま答えた。


「……細胞構築アルゴリズムに逐次ノイズを与え、“有益な突然変異”の発生頻度を飛躍的に高め──」


(こわっ……なんか塔に帰りたくなってきた……)

 ヴォルテが思わずシロップの腕を掴む。


「……魔法とは、この相関の位相を操作して現象を選択的に発現させ──」


 ヴォルテが半目になってシロップの肩を小突く

(大丈夫……このまま頷いていれば大丈夫です)

 シロップは真顔のまま、小さく縦に首を振り手をぎゅっと握り返す。


 そのとき、オルヴァンがふいに広場中央の大木を指差した。

 ビクッと同時に肩を寄せ合うヴォルテとシロップ。


「あの巨木……あれだけ不自然に孤立しているのは、フィーロを吸収し成長した結果かもしれません。そして今も、さらなる変化を求めている可能性が……」


 シロップとヴォルテは、ぽかんと口を開けたまま大木を見る。


 「……えーと、ですね。あの鳥! はい、あの鳥は普通の鳥ですが、もしフィーロを取り込んで知性寄りに変化すれば、私と会話できるようになります。逆に、身体強化寄りすぎると!──襲いかかってきて私を食べます」

 

 ピシッと敬礼気味に締めくくるオルヴァン。

 

(……つまり、鳥が賢くなり筋肉ムキムキ…)

(……そんな感じですね、きっと)


 シロップがポンと手を打つ。

「では、その木の近くへ行ってみましょうか?」


 「はい! 行ってみましょう!」

 そう言って、彼らは歩き出した。




 近づくにつれて、巨樹はますますその威容を増していった。

 まるで空を支えているかのようにそびえ立ち、太い幹は地から天へまっすぐ伸び、枝葉が空を覆い隠している。


 ヴォルテは幹にポン、ポンと軽く手を当て、反応を探るように叩いてみる。

 シロップは祈るように静かにその姿を見上げていた。


 オルヴァンは根元をじっと観察し、手のひらをかざして何かを探る仕草を見せる。

「……普通の木、かもしれません。ただ、数千年生き続けた巨木──というだけの」


「なーんだ、なんか起こるかと期待したのに」

 ヴォルテが口を尖らせる。


 シロップは木肌をそっと撫でながら、ふと呟いた。

「数千年も、ここに……なんだか、親近感が湧きますね」


 ……そのとき。


 ザッ……ザッ……

 幹の向こうから、かすかな音。


 三人は顔を見合わせ、静かに回り込む。


「……何か、いる」

 ヴォルテが低く構える。


 そこに現れたのは──

 大鎌を軽やかに振るう、豹柄の獣人だった。

 二足歩行の筋肉質な体躯、その動きは研ぎ澄まされ、鎌の軌跡はまるで舞のように滑らかだ。


 ヴォルテが小声で囁く。

「アレって……話せば分かる系? それとも……食う気満々系?」


 オルヴァンは目を閉じ、思案するように首を傾げた。

「記述があったような……ぶん投げずに済めば良いのですが」


 その瞬間、獣人がこちらに気づいた。

 ピタリと動きを止め、じっと三人を凝視する。


「……あっ、こっち見た」

 ヴォルテはどこか楽しげに笑った。


 一方そのころ、獣人は内心で大混乱していた。


(なんだあれ……? あからさまに怪しい集団……赤、白、黒……! しゅ、宗教団体か!? いや、巡礼者か? いやいや危険!危険だ! 黒いのは……ヒューマン!? 初めて見たぞ!? やば……今、俺どうすればいいんだ!?)


 パッと本を取り出したオルヴァンが、手早くページを捲りながら呟く。

「言語は通じそうですが……この地域はかなり排他的とあります。慎重に」


「うーん、なんか強そうだな~」

 ヴォルテは好奇心を隠さず、フードの隙間からじろじろと相手を観察している。


「……ああ見えて、農耕民族らしいですよ。果物と酒を好むと」

 オルヴァンが冷静に付け加えた。


「果物……!」

 その一言で、シロップの目がぱあっと輝く。

 


 すると、オルヴァンはそっとヴォルテに耳打ちする。

「穏便に済ませたいので……こっそり触れて、変身できるように記録をお願いします」


 目で「任せとけ」と合図を返すヴォルテ。

 その瞬間、彼の分体が地中を這い、獣人の足元へと忍び寄っていく。


 ──一方そのころ、獣人の内心は完全にパニックだった。


(やばい! 本を開いた!魔術師確定だ! なんで魔法!? この鎌か!? 草刈りです! これ死ぬやつだ! 草刈死!?)


 ニョキッ。

 足元からヴォルテの分体がぬるりと出現。

 本来は静かに触れるだけでよかったのに、わざわざペローンと足を舐めた。


「ぎゃあああああああああああああッ!!?!?!」

 豹柄の獣人が、まさかの奇襲に大鎌を放り投げ、森へ向かって絶叫ダッシュ。

 森に消えてからも、その叫びはこだまのように響き続けた……。


「……わざと驚かせましたね」

 シロップが呆れたように小さく呟く。


 ヴォルテは満面の笑みで、去っていった方向を見つめていた。


「さて……この場を離れましょうか」

 オルヴァンはそっと大鎌を拾い上げ、丁寧に収納した。


「え〜、もっと絡みたかったな〜。変身の意味なかったじゃんかぁ〜」

 ヴォルテは既に、獣人そっくりの姿に変化していた。


「ヴォルテさんはフードで顔も隠れていましたし……もし交渉の場になったら、その姿で仲裁をお願いしようかと」


「襲われたら、ぶん投げれば解決だろ? 獣人パンチ! 獣人キック!」

 勢いよく動きながら、なぜか技名を叫ぶ。


「……ただ、この地域は非常に排他的です。外部の者に好意的とは限りませんし、先ほどの反応を見るに、接触は慎重に行うべきでしょう」

 オルヴァンの声はいつになく硬い。


「シロップさんは、どうされたいですか?」


 シロップは何か言いたげに、もじもじと指を組みながら下を向いた。


「果実が目的でしたら、森で採ることも可能ですよ。ただ、料理となると……先ほどの獣人さんに着いていくのが最短ですが……その場合、警戒心を解く必要があります」


「……料理……」

 シロップはそっと両手を合わせ、祈るように呟いた。


「これっ!」

 ヴォルテが拳を突き出し、力強く宣言した。


「無!」


 指を伸ばしながら──

「甲……爪すごっ!」


 くるっと手首を返して、掌を上に向ける。


「掌。……無は甲に勝ち、甲は掌に勝ち、掌は無に勝つ!」


 そして、ゆっくりと拳を握りこみながら──


「ここぞという時に使える、無限! すべてに勝つッ!」


「……塔でやりましたよね……毎回ルール説明必要ですか?」


「トーイッ! プゥーォオ!」


 ヴォルテ──「甲!」

 オルヴァン──「無」

 シロップ──「無限!」


 ヴォルテとオルヴァン、声を揃えて言う。

「……負けた!」


 シロップは勝ち誇って拳を掲げ、チャチャーン♪と心の中で鳴らす。


「では……獣人さんに、料理をご馳走してもらいましょう♪」


「……容易ではないでしょうが、挑戦してみましょうか」

 オルヴァンが慎重な笑みを浮かべた。


「ヴォルテさん、容姿を少し変えましょうか」


「え?」


「そのままでは、先ほどの獣人さんと瓜二つなので……」


 オルヴァンはヴォルテをじっと観察し、すぐに指示を出し始めた。


「紋様の配置を少し変えて……髭を短く、目と耳を少し鋭く、口は僅かに引っ込めてください。毛は……ほんの少し伸ばして」


 さらに全体を遠目に見渡し──


「身体を二割ほど大きくして、ズボンには色褪せ効果を追加。全体を、もう少しシュッとした印象に」


「こうか? こういう感じか?」

 ヴォルテが謎のポーズを決める。


「そして、元のマントフードを着用。……あ、靴も適当に変化を」


「良いですね……」

 シロップはぐるりと一周回って、変身後のヴォルテを見つめた。


「……なんか、アレですね……マントが赤いと、こう……アレですね……」

 オルヴァンは何か言いかけて口をつぐむ。


「え? アレ? アレって何!? 褒めてる? けなしてる? どっち!?」

 


 その時──森で鳥たちが一斉に飛び立ち、羽音が空に響いた。


「あっ、もう来ちゃった! 鎌取り返しに来たんじゃ!?」

 ヴォルテが慌て始める。


「落ち着いて、円陣を!」

 オルヴァンの合図でしゃがみ込み、作戦会議が始まった。

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