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フィーロ  作者: NaGold
6/50

第6話

「で……どうします?」

 シロップが腕を組み、少し考えるように視線を巡らせる。

「塔の一階まで降りるのは……正直、時間かかりますよね。」


「ふむ」

 オルヴァンは顎に手を当て、窓の外を見下ろす。

「最短は途中の山頂に降りることですが……」


「いいじゃん、それで」

 ヴォルテが軽く手をひらひらさせる。

「俺はどっちでもいいし。どうせまた上に戻ることだって出来るんだろ?」


「いや……出来れば全階層を確認しておきたいんです」

 オルヴァンがきっぱりと口にする。

「この塔が蔵書の記述と一致しているか、確かめる価値はあります」


「でもお腹空きました」

「俺はどっちも興味なし」


 三人、視線を交わして──

 沈黙。


「……これ、決まらないやつだな」

 ヴォルテが肩をすくめる。

「だったら、こういう時はあれだ」


「……多数決ですか?」

 オルヴァンが問い返すと、ヴォルテはニヤリと笑う。


「これっ!」

 ヴォルテが拳を突き出し、力強く宣言した。


「──無!」


 指を伸ばしながら、間髪入れずに叫ぶ。

「甲!」


 さらに、くるっと手首を返して、掌を上に向ける。

「掌! ……無は甲に勝ち、甲は掌に勝ち、掌は無に勝つ!」


 そこで、なぜか急に間を取って──

 拳をゆっくり握り込み、ドヤ顔で。

「そして! ここぞという時だけ出せる……無限! すべてに勝つッ!」


「……そのパターン、蔵書に載ってないですね……」

 オルヴァンが本気で困った顔をする。


「細けぇことはいいんだよ! いくぞ〜!」

 ヴォルテは片手を背中に回し、妙な腰のひねりを加えた構えを取る。


「トーイッ……プゥーォオ!」


 掛け声と同時に、ヴォルテ──「無!」

 オルヴァンは掌を見せて──「掌」

 シロップは一瞬遅れて、軽やかに──「無限!」


 一瞬の沈黙。


 ヴォルテとオルヴァン、声を揃えて叫ぶ。

「……負けた!」


 シロップは勝ち誇って拳を掲げ、心の中でチャチャーン♪と効果音を鳴らす。


「……これで、山頂直行ですね」


「山頂は生命が生きるには過酷な環境です。食べ物といえば……雪か氷くらいですね」

 そう告げながら、オルヴァンは指先で空中に軌跡を描く。


 ふわりと光が生まれ、塔全体の立体構造図が空中に浮かび上がった。


「この塔は高峰の岩壁に築かれ、山頂まで伸びています。そして山頂には別の塔が繋がっている……私たちがいるのは、この辺り」


 指をくるりと回して頂部を示す。

「目的地は──山頂。外壁に沿って降りるように移動します」


 ヴォルテに向き直る。

「ヴォルテさんは、二人を支えたまま外壁に張り付いて、安全に移動できますか?」


「任せろ!」

 根拠のない自信で親指を立てるヴォルテ。


 オルヴァンは少しだけ目を細めたが、穏やかにうなずく。

「……では、まず内部でテストを」


 またも親指を立てるヴォルテ。

 二人が並んで立つと、ヴォルテが液状の腕を伸ばして腰を抱え上げる──が。


「うおおお……バランス悪っ!」

 ぐらぐらと揺れ、シロップが慌てて声を上げる。

「ちょっ、これでは危険です……!」


「もっと安定させてください」

 オルヴァンが身振りを交えて説明する。

「下半身を囲うように……はい、四角く、支点を増やして」


 ヴォルテはぬるぬると身体を変形させ、指示通りの形に整える。

 柔らかな座面のような構造に、二人の腰がすっぽりと収まった。


「では、ゆっくり前進を」

 ヴォルテが壁を滑るように進み、そのまま垂直に上昇。


「天井へ……はい、ぐるっと回って」

 天井に張り付き、三人の体が逆さになる。シロップの長い髪が重力に従って垂れ、床をそよぐ。


「今度は反対の壁へ……回転」

 ぐるりと回った瞬間、シロップの髪がオルヴァンの背をくすぐる。

「ふふっ」くすくすと笑い、「楽しいですね」


「では、外へ出ます。窓へ前進!」

 ヴォルテがそのまま窓を抜けると、三人は塔の外壁へと姿を現した。


 吹き抜ける風、遥かな地面。まるで壁に貼り付いた奇妙な彫刻のように静止する三人。


「少し前進、右へ九十度、前進」

 外壁を水平に移動し、半円形の縁を越えて降下を開始。


 ――

 

 オルヴァンは周囲を観察しながら蔵書の知識を淡々と語る。その声が風に揺れながら届く──


 ……と、そのとき。


 ぐぅ〜〜〜……


 静寂を破る、控えめながら確かな音。


「……っ!」

 シロップが顔を赤らめ、お腹を押さえる──次の瞬間、石化!


「お、おいおいおいおい!? なんだ急に!」

 質量が一気に増し、ヴォルテの液体構造が軋む。


「やっべ……重っ……! バランス崩れるっ!」

 外壁から足場を失い、ヴォルテの身体がずるりと滑る!


 重力に引かれ、三人は急降下。後方では光球が必死に追いすがるように落ちていく──。


「ヴォルテさんッ!」

 オルヴァンが鋭く声を放つ。


「あの山の斜面──白い雪面へ向かって跳べ!」


「了解!」

 即座に反応したヴォルテが外壁を蹴り、三人ごと空中へと飛び出す。


 冷たい風が頬を切り裂くように流れ──


「着地面を広げて! 斜面に沿う“滑走構造”に!」


「任せろッ!」

 ヴォルテの身体が空中で波打ち、みるみる形を変えていく。

 三人の下を覆う、しなやかな滑空板のような構造が広がった。


 次の瞬間──白銀の斜面が迫る。


 ズザァァァアァァッ!!


 雪面に着地し、そのまま勢いよく滑り出す。

 最初の速度は凄まじく、耳を裂く風が鳴ったが、やがて雪の抵抗が速度を和らげ、滑走は穏やかな安定へと変わっていく。


「ふぅ……流石は知性の流鋼、ヴォルテ」

 オルヴァンは笑みを浮かべ、ヴォルテの肩を軽く叩く。

「いい仕事でした」


 シロップはまだ目を閉じていたが、小さく頷き──ほんのわずかに、口元を緩めた。



——


 ザァァァーー……


 心地よい雪の滑走音が、冷たい空気を切り裂き、静謐な白銀の世界へ溶けていく。


 オルヴァンは一冊の書を取り出し、風にページが乱されぬよう片手で押さえながら、口元に微笑を浮かべた。


「……この辺りは“霧抱の尾根”と呼ばれています。“雪は喉元に鋭い刃を与える”──そう記されてますね」


 「少し右に。速度を落としてください」


 その指示に、ヴォルテが滑空体の形状を微調整。オルヴァンの背後でシロップが静かに頷いた。


 やがて、白一色の世界に淡い金色が差し込む。朝日が雪面をやわらかく照らし、長い影が尾を引く。

 オルヴァンはふと、宙に漂う光球を掌に収めた。


「……神秘的ですね。まるで夢の中のよう」

 シロップがぽつりと呟く。


「もう少し降りれば、草木の茂る斜面が見えるはずです。そこで一度──」


 ──そのとき。


 ザァァァァ……


 滑走音が、不意に消えた。


 三人「!?」


「と、飛んでます! これ……空に浮いてる!?」

 シロップが目を見開く。


「……いえ、落ちてますね」

 冷静なオルヴァンの訂正が返る。


「いやどっちでもいいけど!? これどうすんの!?」

 ヴォルテの叫びが風に千切れそうになる。


「ヴォルテさん! 面積を広げて、浮力を!」


「やってるって! ……うわ、回る回る回るっ!」

 空中で滑空体がクルクルと回転し、制御不能に陥る。


「このままでは──」

 オルヴァンが叫ぶ。「衝撃で衣服が破損します!」


「修復すればいいではありませんか!」

 シロップも叫び返す。


「えっ!? 何!? 聞こえないんだが!?」

 ヴォルテが混乱の中で返す。


「絶対とは言い切れません! シロップさん、念の為石化を!」


「……承知しました!」


 バシュッ!

 瞬く間に、シロップの身体が重く冷たい石に変わる。


「ッぐぅ!? 重っ!!」

 ヴォルテの身体がきしむ。


 即座にシロップを収納──そして、自身のマントも収納。


 ──残されたのは、全裸のオルヴァン。


「え? え? ええぇぇぇッ!?」

 ヴォルテが目を丸くする間もなく、ポンッと収納される。


 風を切り裂きながら落下する全裸の騎士。

 その姿は一瞬の間、黄金の光に包まれる。


「…………」

 低く呟く声が風に溶け──


 眼下に迫る密林!


 バキバキバキバキッ!

 枝を砕き、葉を散らし──


 ドスン!!


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