第43話
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森の中では、ガッタルンたちが鉤爪の付いた棒で倒木を引きずり、奥へと運んでいた。
「よし! 次いくか!」
「へーい!」
やがて道へ出ると、「休憩!」の声が響き、兵士たちはその場に腰を下ろす。
腰から水筒を取り出し、ぐびぐびと喉を鳴らしながら飲む姿は実にうまそうだった。
「戦闘も楽しいけどさ、道作るのも悪くないな。ここ俺が作った!ってドヤれるし」
ガサンロはまだ土が剥き出しの道を眺め、満足そうに鼻を鳴らす。
「俺も魔法の才能あればな〜。ムファール隊長いいよなぁ」
ガッタルンは車両の上で仁王立ちしているムファールを指差した。
「あれがかっこいいか? なんか……変だろ」
ガサンロは目を細め、じっとムファールを凝視する。
「でも氷魔法はいいよね。飲み物冷やせるし」
ガナマリルが水筒を掲げ、チャプチャプと振ってみせる。
「そか? 訓練の帰りに『水溜り凍らせるぞ!』って付き合ったら、終わらなくて……俺、立ったまま寝たわ」
ガサンロが首を傾けて寝たふりをする。兵士たちから小さな笑い声が漏れた。
「ロラームさんの風魔法も涼しいだけだしね。雨魔法とか、あったりする?」
ガナマリルは両手を広げ、空を仰ぐ。
ガッタルンは目をつぶって想像する。
「ポカリオちゃん二体出現! 一体に雨魔法! 一体はびしょ濡れ! そして一体は……羨ましそうに見てる!」
「うん、だめだな、雪魔法も同じ理由で却下」
ガサンロが即座に切り捨て、周りも苦笑する。
ガッタルンが再び閃いたように声を上げる。
「じゃあ、霧魔法は?」
「俺らも迷子になるだけだな」
ガサンロの冷静な突っ込みに、一同が「だよな」と頷く。
そこでガナマリルが手を打った。
「あ! 雷魔法は!」
一斉に視線が集まり、皆が想像する。
ガッタルンが勢いよく指を差した。
「ポカリオちゃん三体出現! 一体が高速接近! ガサンロ、雷魔法だ!」
注目されたガサンロは腕を組み、首を振った。
「ん〜……畑に落ちた雷なら見たことあるけど、近距離で撃つ勇気はねぇわ……」
「オルヴァンさんの凄い魔法とか、見てみたいですよね」
ガナマリルがふとオルヴァンに目をやる。
「……え?」
目を細めた彼は、思わず首を傾げた。
「オルヴァンさんの頭に……何か居る……」
その声に釣られて、皆が一斉にオルヴァンを見る。
「遂に、ツノが生えたのかと思ったが……鳥じゃね?」
ガッタルンが目を細める。
「鳥か?」
「いや、ツノか?」
兵士たちは揃って目を細め、凝視する。
やがて視線に気づいたのか、オルヴァンがゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
(やっぱ鳥だ!)
皆が立ち上がり、揃って頷く。
頭に鳥を乗せたままのオルヴァンは、落ち着いた声で言った。
「皆さん、お疲れさまです」
肩を叩きながら一人ひとりを回復していく。
「ありがとうございます!」
兵たちが声を揃える。
「整地は終わっていますので、休憩後は、あそこに積まれた石畳を皆さんで掘った穴に嵌めてください」
積まれた石材を指差し、一礼して歩き出すオルヴァン。
皆の視線は自然とガッタルンへ集まった。
勇気を振り絞ったガッタルンが声を上げる。
「お、オルヴァンさん! 頭に鳥が乗ってます!」
オルヴァンはくるりと振り返り、淡々と告げた。
「先程、修業の旅から戻ってきたパイクです」
「へ、へぇ〜……修業の旅……」
兵たちは顔を見合わせて戸惑う。
そのとき、パイクがバサバサと羽音を立てて頭から肩へ飛び移り、肩羽を広げて一礼した。
「よろピーく!」
兵士たちは立ち位置が分からず、そろって微妙な声を返す。
「ちぃ、ちぃーす…ピーク…」
軽く会釈をして、なんとか場を取り繕った。
オルヴァンが背を向けて去っていくのを見送りながら、ガッタルンが仲間たちに釘を刺す。
「ムファール隊長に言われたろ! オルヴァンさんのことは考えるな、感じるんだ!」
兵士たちは一斉に頷き、頭を振って考えるのを諦め、再び作業へと戻っていった。
オルヴァンはムファールを回復した後、空の書架に入り、机の上に地図を広げた。
「パイク、ここから南に十万六千歩のところに、ララピンス保養所があります」
「分体ですね、把握してま〜す!」
パイクがバサリと翼を広げ、得意げに胸を張る。
「もう連絡がとれたのですか?」
オルヴァンが目を細める。
「はい! 潜んでる様子も無かったですし、ヴォルテが連絡して、もうこちらに向かってます!」
再び翼を大きく広げ、さらに胸を張るパイク。
「そうですか。これで保養所の騒ぎも収まりますね」
オルヴァンが笑顔で答えると、パイクもぱっと顔を輝かせた。
「飛んで迎えに行っても良いですよ」
オルヴァンの言葉に、パイクは翼をばたつかせながら大きく頷いた。
「はいっ!」
元気よく窓から飛び出すと、風を切って旋回。屋根の上で昼寝をしていたヴォルテの鼻先をかすめ、高く舞い上がっていった。
ヴォルテは片目を開け、のそのそと親指を立ててパイクを見送りながら呟く。
(七ばぁ〜ん、二番がお迎えに行ったぞ〜)
その呼びかけに応えるように、森の中を七番が飛び跳ねながら駆けてくる。
(え〜、お迎えなんて必要ないのに〜)
そう心で愚痴りつつも、その動きは嬉しそうだった。
――その頃。
七番が抜け出した保養所のホテルでは、セルフィーン族の三姉妹冒険者が探索の真っ最中だった。
怖いもの見たさに加えて「異獣捕獲」の依頼を受け、軽い気持ちで足を踏み入れてきたのだ。
「フワッリー姉さん、ビビってど〜すんの!」
次女モッチリーが声を張り上げると、フワッリーはロビーの隅で丸くなり、両手で耳を押さえながらぶるぶる震えていた。
「ピヨッリー! 勝手にドア開けないで!」
剣を抜いたモッチリーが、廊下をうろつく三女に目を光らせる。
姉は怯え、妹は暴走。そんな二人を前に、ひとまわり体格の大きいモッチリーは深いため息をつきながら淡々と告げる。
「……異獣を捕まえたら、エンカ食べ放題よ」
その一言で空気が一変。
怯えていたフワッリーも、騒いでいたピヨッリーも、ぱっと目を輝かせ、揃ってモッチリーのもとに駆け寄った。
ピヨッリーは棒の付いた虫取り網を構え、フワッリーは両手にフライパンを握って震えながらも二刀流の構えを取る。
そして、剣と盾を携えたモッチリーが静かに言い放つ。
「……行くわよ。ついてきて」
二人は慌ててモッチリーの背後に隠れるようについていった。
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◆ 一階探索 ◆
廊下には高級絨毯が敷かれ、窓の隙間から差し込む日差しに埃が舞っている。
足音がやけに大きく響き、三人の緊張をさらに高めた。
やがて、閉ざされた扉の前にたどり着く。
ガチャガチャ……硬い音。鍵は固く閉ざされていた。
三姉妹は顔を見合わせ、同時にごくりと唾を飲み込む。
モッチリーが力を込めてドアノブを押すと、ミシミシと音を立て、ついにバキッと鍵ごと壊れ開く。
薄暗い室内。モッチリーが蓄光石に触れると、淡い光が部屋を満たす。
まるで時間が止まったような空間。
部屋の奥へたどり着くと、背後でゴゴン!と音が響いた。
サッと振り返ったモッチリーの視界に、姉妹の姿はない。
「ね、姉さん? ピヨッリー……?」
声を絞り出しながら耳をピーンと立てる。
(まさか……異獣に……)
慎重に足を運びつつ、引き返すモッチリー。
「フワッリー姉さ〜ん、ピヨッリー……」
小声で呼びかけ、カタカナと鳴るクローゼットの前にたどり着く。
「姉さん……出てきて。開けるわよ」
剣を納め、両手で扉を一気に開け放つ。
――いない。
だが足元には、縮こまり震えるフワッリーがいた。
「姉さん! ……ピヨッリーが捕まって外に投げられたのかも!」
顔を上げたフワッリーは半泣きのままモッチリーに抱きつく。
その体を抱えながら剣を抜き、耳を澄ますと、どこからか声が聞こえてきた。
「そーだね、そーだねぇ……」
(だ、誰とお喋りしてるのピヨッリー…)
恐る恐るその方向へ進み、曲がり角からサッと顔を出すと――
そこには鏡の前で耳の毛をブラッシングしながら独り言を言っているピヨッリーの姿があった。
「だから言ったじゃ〜ん」
「……ピヨッリー。なにしてんの」
モッチリーが目を吊り上げる。
「あ、姉さんたち! 高級ブラシゲットしたの!」
嬉しそうにブラシを差し出すピヨッリー。
「ホテルの備品ゲットはマナー違反。返しなさい」
「は〜い」
しぶしぶ洗面台にブラシを戻すピヨッリー。
「ったく!」
二人を連れて部屋の入口に戻ると、壊した扉からドアノブが外れて転がっていた。
(……音の正体はこれか)
モッチリーが拾い上げようと手を伸ばすと――
「ドア壊すのはマナー違反じゃないの」
ピヨッリーがしたり顔で放つ。
「元々壊れてたから開いたのよ!」
モッチリーは苛立ち混じりに言い返すが、修理を諦めて三人は部屋を後にした。
こうして一階を踏破し、息を合わせて階段を登る三姉妹。
軋む階段を抜け、二階、三階の部屋を順に確認して――ついに屋上へとたどり着いた。
沈みゆく夕陽が空を赤く染め、湖面は黄金色に揺れている。遠く森の稜線はすでに影に沈み、ホテルの屋上には心地よい風が吹き抜けていた。
フワッリーは背に二枚のフライパンを負い、夕焼けを背に仁王立ちする。
「捕獲は出来なかったけど――! 私たちで異獣を追い出したわ!」
モッチリーはその背中を見ながら、どさりと腰を下ろす。
「……私たちが来る前に、勝手に引っ越ししたんじゃないの」
「いいえ! 私たちに怯えて、引っ越したのよ!」
フワッリーは振り返りざま、背のフライパンを掲げた。
「勝利っ!」
夕焼けに照らされ、フライパンが妙にまぶしく光る。
「今日はこのホテルに泊まって、明日グランニドの冒険者組合に報告よ!」
勝ち誇ったように宣言するフワッリー。
「は〜い……」
二人はなんとなく納得しきれない顔をしながらも、姉の勢いに押され、渋々頷いたのだった。




