表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィーロ  作者: NaGold
31/50

第31話

 ――


 その頃、ミヤたちは鬱蒼とした森の中を必死に駆け抜けていた。

 枝葉をかき分け、幹をすり抜けるたびに背後からはドスン、ドスンと地鳴りが追いかけてくる。

 木々の合間を縫うように、巨大な単眼の超獣が執拗に迫っていた。


 先頭を走るルピアンは、服が枝に裂かれボロボロになりながらも必死に足を回す。

「な、なんで次々に隠蔽魔法が見破られるんですか! 話が違うじゃないですか!」


 そのすぐ後ろを走るロラームは、汗に濡れた上半身をむき出しにし、服を頭に巻き付けていた。

「アレだけ準備したのに……上陸した途端、何日も逃げ回る羽目になるなんて……!」

 息を切らしながらも、木の根を跳び越えて食らいつく。


 最後尾のミヤは、まるで競技者のような力強い腕振りで走りながら、檄を飛ばした。

「もっと早く走れぇ〜い! 単眼に追いつかれて喰われるよ〜!」


「そっちが一番元気じゃないですか!」

 ルピアンが泣きそうな声をあげる。


 ミヤはちらりと背中を見やり、笑い飛ばす。

「知りましぇ〜ん! ま、補助魔法と回復魔法あれば問題ないわ!」


 木々の隙間から毒を吐く超獣が顔を出すたび、三人はギリギリで身を翻してかわす。

 枝を裂く音、獣の咆哮、荒い息――混じり合う騒音の中、三人はただひたすらに森を駆け抜けていった。


「左前方に……開けた場所が、あります!」

 ルピアンが必死に指差す。


「単眼ちゃん相手に開けた場所は危険よ!」

 ミヤは後方を確認しながら叫ぶ。

「考えて走るのも訓練のうちよ〜!」


「体力は自動回復ですけど! 心がも〜限界でぇ! お日様の下を走らせて下さい! ミヤ様、何卒!」

 ロラームはいつの間にか鉢巻にしていた服を失っていた。


「えぇ〜……ならちょっとだけよ〜。危なくなったらすぐ森に戻るの!」

 ミヤは渋々うなずいた。


「やったぁああ!」

 連日の逃走で半ばハイになった二人が声をあげる。


 三人は方向を変え、広場へ飛び出した。

 だが――

 最初に、日の下へ足を踏み入れたルピアンが、森の湿気で濡れた裸足を石畳に滑らせ、派手に転倒。

 そのまま後方の二人も次々とぶつかって転がった。


「ぐえぇっ!」

「いったぁぁ!」


 ドサドサと転げる三人に、地鳴りが迫る。

 森の陰から巨大な単眼が飛び出し、大口を開いて――ロラームの尻に噛みつこうと迫ったその瞬間。


 ピタッ。


 単眼は不自然に動きを止め、ギョロリと周囲を見渡した。

 一拍の沈黙。


 やがて、スーッと首を引っ込めると、まるで最初から何もなかったかのように森の奥へ消えていった……。


 派手に転んで顔面を血だらけにしたルピアンが、呆然とつぶやく。

「……助かった? 何で?」


「え? 何が起こったんですか? 僕、見てませんでした!」

 丸まっていたロラームが振り返る。


 ミヤは肩で息をしながら、ロラームを指差した。

「ロラームのケツに、単眼が噛みつこうと……」

 そう言いつつ、自分の匂いをクンクンと確かめる。


 ルピアンも必死に服の袖を嗅ぎ、真顔で言う。

「……臭くないな。うん、臭くない」


「私も臭くない」ミヤも断言する。


 ロラームは青ざめて、自分の脇やズボンの嗅ぎ始めた。

「え! それって……僕が臭すぎて助かったってことですか!? ……いや、臭くないです!」

 必死に否定するが、顔は引きつっていた。


 そこでルピアンが素早く指を突き出す。

「……そのボロボロのズボンに付いてる茶色いの、何?」


「え? 外側についてますし、泥に決まってるじゃないですか!」

 ロラームは即座に反論する。


「なら、なぜ単眼は去っていったの……?」

 ルピアンがじっと睨む。


「ちょ、ちょっと待ってください! 何メモしてるんですか!」

 ロラームが慌ててミヤの手を止めようとする。


「メモよ。せっかく立ち止まれたんだし、書き残さないと」

 ミヤはサラサラと手帳を走らせていた。




 ――


 鉱山前の広場では、サイロが角に捕まった兵をひょいと持ち上げ、背に乗せる芸をドヤ顔で連発していた。

 周囲の兵たちは腹を抱えて笑い、拍手を送った。


 その脇では、兵たちが自慢の盾を並べ合い、今回の戦闘を再現しては歓声をあげていた。


「ムファールさんの盾が一番凝ってますね」

 ダーバルが自分の盾と見比べながら言う。


「何を隠そう、これはオルヴァン様から直々に賜ったものだ」

 ムファールは誇らしげに盾を掲げてみせた。


「隠そうも何も、その話百回は聞いてますよ」

 ガッタルンが肩をすくめる。彼の盾には、拙い(ツタナイ)ながらも一生懸命描かれた絵の跡が残っていた。


「それ……黒レブミン?」

 ダーバルが首を傾げる。


「違う」

 そっけなく答えるガッタルン。


「僕は父に描いてもらいました」

 ガナマリルが自慢げに自分の盾を掲げる。


「お前の親父、絵上手いよな。仕事柄か」

 ムファールが手に取って眺める。


「見たこともないのに、言葉だけでポカリオちゃんの顔を描けるなんて……すごくね?」

 ガッタルンが羨ましそうに盾を覗き込む。


「最初は嫌がってましたけど、オルヴァンさんが“豊作祈願になるかもしれない”って言ってた……かも、と適当なこと言って描かせたんです」

 ガナマリルは悪びれずに笑った。


「いいなぁ〜」

 ガサンロも羨望の目を向ける。


「今では、家の前や畑にも同じ絵を飾ってますよ。父はオルヴァンさん信者ですから」

 ガナマリルは嬉しそうに頷いた。


「それ、もうオルヴァンさんじゃなくて“ポカリオ教”だろ?」

 ガッタルンが目を丸くして茶化す。


「……お前ら、少し緊張感が欠落してるぞ」

 ムファールが呆れ気味に言う。


「でも、勉強したら……前より超獣が怖くなくなりましたよね」

 ガサンロが安心したように笑う。


「確かに。今や超獣よりも――」

 ムファールが言いかけて、ふと広場の入口に視線を向けた。

 そして低く、しかし震える声で続けた。

「……人族のほうが怖いかもしれんな。……おい……入口に、人族が立ってるぞ」


 ザッ、と音を立てて全員の視線が揃う。

 笑い声と熱気に包まれていた広場に、冷たい緊張が一気に走った。


 ――そこに、ミヤたちの姿があった。


 さっきまでだらけて笑っていた兵たちは、一瞬で表情を引き締める。

 ムファールが腕を大きく振り上げ、声を張った。

「二列横陣、構え!」


 ガシャリ、と盾と槍が一斉に整列し、広場には一気に緊張の気配が走る。

 笑い声は掻き消え、汗の匂いだけが残った。

 ―


「ミ、ミヤ様……ここ、村でも城でもありませんよ……」

 ルピアンは兵の数に圧倒され、思わず声を震わせる。

 その隣でロラームが手を前にかざし、詠唱の姿勢に入った。


 ミヤは両手を軽く広げて二人を制した。

「動かないで。ここは慎重に……一つ間違えれば、国を巻き込む事態になる」


 珍しく真剣な声音に、ルピアンもロラームも息を呑んで動きを止める。


 ――その時。

 目の前の獣人兵たちが一斉に動いた。前列がしゃがみ、盾を地面に叩きつけるような音が広場に響く。


「ひっ!」

 ロラームは反射的に詠唱し、風魔法を放ってしまった。


「動くなっ!」

 ミヤの制止も間に合わない。


 轟、と風が兵列を駆け抜ける。

 目を開けていられないほどの突風――しかし、兵たちの汗を後方に吹き飛ばしただけだった。


「な、なんだ今の……?」

「人族の……挨拶か?」

「涼しい……もう一度欲しいな」

 獣人兵たちはざわめき、妙な空気が漂う。


 車両二階でうたた寝していたムルハンが「んぁ……?」と目をこすり、下のざわめきに気づいて飛び起きた。

 身を乗り出して覗くと――車両の下では、いつの間にかオルヴァンたちも戻ってきており、無言のまま広場の入口を見据えていた。


「ロラーム! 動くな!」

 ミヤが低く鋭い声で制する。


 ざわめきの中、ムファールが前へ歩み出た。

 ゆっくりと腕を組み、広場中央で立ち止まる。

 その姿を二階から見ていたムルハンは、迷わず槍を天に投げ上げ――ひらりと飛び降りた。


 ドスッと着地。

 そのまま何事もなかったかのように歩き出し、ムファールの後ろに並ぶ。

 上空から落ちてきた槍を、振り返りもせず片手でノールックキャッチ。


 広場のざわめきが、ぴたりと静まり返った。


 ムファールが大きく息を吸い込み、声を張る。

「どちらから参られた。――ここは、獣人たちが静かに暮らす土地」


 背後からその姿を見ていたムルハンは、思わず心の中でつぶやく。

(……初めて、ムファールがカッコいいと思ったかも)


 一方、ミヤも胸の内で安堵していた。

(よかった……剣ではなく、言葉で始まった)


 彼女は正面を見据え、堂々と名乗りをあげる。

「私たちはサイレド川を北上し、ある人物に会うため、森を抜け、村を探している者です」


 ムファールは腕を組んだまま、じっと視線を外さずに返す。

「森は超獣の巣くう危険な地……返答に困りますな」


(……斥候と疑われたか)

 ミヤは心中でそう呟き、声を落ち着かせて続けた。

「私たちは行軍ではなく、商人のごとく。回復・補助・隠蔽魔法を駆使し、三人でここへ参りました。――できましたら、暫しの休息を頂きたく」


 その時、兵の壁が音もなく左右に割れる。

 広場の入口へ向かい、オルヴァンたち三人がゆっくりと歩み出てきた。

 シロップとヴォルテはムファールの横で足を止めるが――

 オルヴァンだけは、迷いなくそのまま前へ進み続けた。


 オルヴァンの顔を見て、それが人族だと知った瞬間――ミヤたち三人は小さく安堵の息を漏らした。


 だが同時に、ミヤは歩み寄ってくるその人影を凝視し、マジックバックへと静かに手を差し入れる。

 刹那、兵たちが一斉に槍を構え、空気が張り詰めた。


「止まれ!」

 ムファールの鋭い声が響き、兵の動きを制す。


 ミヤはためらわず、ゆっくりと一通の手紙を取り出した。

 差し出された紙片にオルヴァンの視線が落ちる。


 一瞥――そして、わずかに頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ