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フィーロ  作者: NaGold
23/50

第23話


(話の主導権を取らないと勝てませんよ)

 背後で控えるプラハが小さく咳払いをする。


 その合図に応えるように、トリッチはすっと口調を切り替えた。

「では、村でお困りのことなどはありませんか? ……ナリカーナさん、少しお痩せになられたようだ。食堂のお仕事、大変ですか?」


「シロップさんたちが手伝ってくれてるから楽しくやってるよ」


 ナリカーナは柔らかく微笑んだ。


「困ってるのはトリッチの方じゃないか? 保養所でギャンブルに負けて、その腹いせに封鎖した――なんて噂を聞いたよ」


 冗談めかした言葉に、場がどっと笑いに包まれる。


「いえ……ララピンス保養所は、視察中に異獣がホテルの一棟を乗っ取る事件が起きまして。それで封鎖を――」


「ホテルに異獣が住むなんて、そんなことあるのか?」野次馬が茶々を入れる。


「その異獣は、討伐に入った兵や冒険者を次々と窓から放り投げ……幸い死者は出ていませんが、誰も姿を見ていない。不思議な存在なのです」


「ますます信じられない話だな!」野次馬たちの笑いとざわめきが広がる中、シロップとヴォルテはじっとオルヴァンの顔を見ていた。


 トリットが低く唸るように言葉を落とす。

「トリッチ……回りくどいことはするな。この話は、今回の件に関係あるのか?」


 睨まれたトリッチは立ち上がり、深く息を吐いた。

「関係ありません。……分かりました、すべて正直にお話しします」


「プラハさん、鞄を」左手を揺らして示すトリッチ。

「……」

 一瞬の沈黙のあと、トリッチはわざとらしく咳払いして言い直した。

「美人秘書プラハ、鞄」


「はい、先生」

 プラハは落ち着いた所作で鞄を持ってきて、トリッチの左手に掛けると、そのまま背筋を伸ばして席に腰掛けた。


 トリッチは鞄から書類を取り出し、大きく広げる。

「これはガルダフォルン周辺の地図です」

 野次馬とオルヴァンが覗き込み、ざわめきが少し静まる。


「今回こうして参ったのは、帝国出身と伺っているシロップさん、オルヴァンさんにご協力をお願いしたく――」

 視線を二人に向ける。プラハもそれにならい、シロップを見た瞬間、わずかに息を呑んだ。


(う、美しい……)

 思わず見惚れ、伊達眼鏡の奥で目が輝く。


「我々は帝国出身ではありませんよ」

 オルヴァンはにこやかに返す。


(帝国の貴族という話はいったい……いや、落ち着け)

 自分を抑え込むように、トリッチはすぐに調子を取り戻した。


「私の早合点でした。ですが――我々獣人ですら惹きつけられる魅力をお持ちのお二方に、ぜひお願いがございます」


「お聞きしましょう」オルヴァンが静かに頷く。


 トリッチは地図の一点を指し示す。

「ここ、ガルダフォルンの西に帝国からの難民が大勢住まわれています。我々は衣食住を最大限提供してきました。しかし帝国に今、紛争はありません。つまり――」


 オルヴァンは楽しそうに話を聞いているが、その横でヴォルテとシロップは例の“ホテルの異獣”のことが頭から離れず、半ば上の空であった。


「……私は将来帝国と国交を積極的に…」


 言いたいことは山ほどあるはずなのに、トリットはぐっと堪えて黙っている。

 その姿に、野次馬たちは密かに感心の視線を送っていた。


「……冒険者、盗賊崩れ、逃亡犯など、様々な者が混じり……」

 トリッチの言葉が続く。


 ルロマルはおそるおそる盆を抱え、席の間を縫うようにして飲み物を配っていた。

 緊張のあまり手が小刻みに震えている。


「……防犯、治安維持、それこそが私の責務であり……」

 まだ話は終わる気配を見せない。


 その時、ムルハンが大きな口を開けて――

「ふぁわわわぁ……」

 会心のあくびをひとつ。


 思わず周囲から小さな笑いがもれ、張り詰めていた空気が一瞬ほぐれた。


 この好機を、ムファールは見逃さなかった。

「……つまり、オルヴァン殿に助言を乞いたい、ということだな」


 トリッチが深々と頭を下げる。それに倣ってプラハも静かに頭を垂れた。

「いえ……助言ではございません。我ら獣人の力ではどうにもなりません。ぜひ、シロップさんとオルヴァンさんに解決していただきたく」


「えぇっ、オルヴァンさんがガルダフォルン行っちゃうの? そしたら次の演習、いつ頃になるんだよ〜」

 ムルハンがぼやくように声を上げた。


(えらいぞ、ムルハ〜ン! もっと言え!)

 ムファールは心の中でガッツポーズ。


 ナリカーナは肩を落としながらオルヴァンを見やる。

「私は……キノコ栽培をオルヴァンさんと進めたかったのに。でも、そんなに困っているのなら……解決してからで、いいわ」


(ナリカーナさん! 違う違う! そーじゃなーい!)

 ムファールは顎に手を当て、必死にナリカーナを睨む。


 そして、オルヴァン達と親しい野次馬たちが一斉にざわつき始め、食堂の空気が一気に騒がしくなった――。


 遂に、沈黙を守っていたオルヴァンが口を開いた。

 

「……つまり。初めは招き入れ、仕事を斡旋した。だが上手くはいかず、次に土地を与え、衣食住を整えた。すると難民は増え続け、やがてガルダフォルンで帝国出身者の逮捕が相次ぐようになった。――しかし帝国と国交も無い、と言うことですね」


「その通りです」――ゆっくりと頭を上げるトリッチと、その隣で同じように頭を上げるプラハ。


「お急ぎですか?」オルヴァンは柔らかな笑みを浮かべて尋ねた。


「はい。これ以上治安が悪化すれば、国民の我慢も限界に達します。それは同時に、私の責任問題でもあり……次の選挙まで、残された二百日のうちにどうにかせねばならぬのです」


 場に重苦しい空気が漂ったそのとき――遂にヴォルテが口を開く。

「こっそり埋める……とか?」


 一瞬、沈黙。


 そして、さらにシロップも真顔で口を開いた。

「……そこ、食堂あります?」


(ここまで深刻な話になるとは……。自分の欲など捨てねば)

 悔しそうに唇を噛むムファール。


「オルヴァンさんなら、きっとあの地を素晴らしい街へと変えられるはずです」


「承ります」

 オルヴァンは静かに一礼した。


(やった! 勝ったぞ!)

 トリッチの顔に満面の笑みが広がる。


「ありがとうございます。報酬は、私の全力をもって用意いたします。……では、早速車両をあなた方のご自宅へ向かわせましょう。お荷物をおまとめください」



「いえ、行きませんよ」オルヴァンがきっぱりと言い放つ。

「明日も予定が詰まってますし」


「え?で、では、いつごろお迎えにあがれば…」

 トリッチが困惑した表情を浮かべる。


「畑仕事の合間にでもやりますので、お任せください」

 そう言って立ち上がるオルヴァン。

「では」シロップとヴォルテも続いて腰を上げる。


(え?え?畑の合間?ちょちょちょちょ)

「ちょ、ちょっと待ってください!」と慌ててトリッチが呼び止める。


 その横でトリットが立ち上がり、にやりと笑った。

「トリッチ、オルヴァン殿が引き受けてくださった。あとは考えるな、頭がパンクするぞ。フォフォフォ…」

 軽快な足取りで食堂を出ていく。


 トリットの言葉に場が沸き、食堂は一気に賑やかになる。


 ムファールも胸を撫で下ろし、(何がどうなったかよく分からんが……良かったぞ!)と喜ぶ。


 三人もそのまま食堂を後にした。


 立ち尽くすトリッチ「え〜美人秘書のプラハさん、なんでしょうか?」

 

「私にも全く分からないですが、シロップさんとはお近付きになりたいです、はい」メガネをそっと上げる


 ――


 帰り道、オルヴァンがふっと光球を浮かべ、三人の足元を照らす。そのまま片手で本を開き、読み始めた。


「それにしても、あれだけ食堂にいて酒一滴も飲んでないなんて……これが禁酒ってやつか」ヴォルテが腹をさすりながら呟く。


「あの窓から冒険者を放り投げる怪人は……?」

 シロップが横から覗き込み、オルヴァンに問いかける。


「そうですね。おそらく身内でしょう。ヴォルテさんの分体である可能性が高い」

 オルヴァンはページをめくりながら淡々と答える。


「誰だ……!回収したいが、今すぐは無理か」

 ヴォルテは空を仰ぎ、悔しげに拳を握る。


 その背でマントがばさばさと広がり、パイクが声を発した。

「私がぱっと飛んで行けたら良かったのに」


「それは良いですね。安全な移動手段も、いずれは確立したいですが。パイクが飛べるようになったら楽しそうです」

 オルヴァンは腕を掲げ、ひらひらとマントを眺める。


「ただ鳥の構造を真似るだけでは飛べませんからね。みんなで研究してみましょう」


「よし!まだ寝るには早い。まずは荷車に取り掛かりたい!」

 ヴォルテが声を弾ませる。


「では、皆で設計図を書いてみましょうか」

 オルヴァンが二人を見やり、にこりと微笑む。


「いいね!」

「良いですね」

 ヴォルテとシロップの声が重なり、夜道に明るい響きが広がった。

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