第13話
◇
「では第8問! じゃじゃん!」
オルヴァンが軽く手を広げて宣言する。
「鳥人族も今では共通語を話していますが、鳥人語で『良い風ですね』は何と言う?」
ほぼ同時に、シロップとヴォルテが手を挙げる。
「一瞬早かったヴォルテさ〜ん」
「ムラァ ティーカイウ!」
ヴォルテはドヤ顔で言い放つ。
「せいか〜い!」
オルヴァンは両手で大きく丸を作って見せた。
「第9問! じゃじゃん! 治療所では調薬師や医師が働いていますが、では、療術院で働いているのは?」
今度はシロップが手を挙げる。ヴォルテは余裕の腕組み。
「では、シロップさ〜ん」
「魔術師と……え〜っと……」手を挙げてから考える派のシロップ。
「姉上、れ、れ、れ……」
小声でヒントを出すヴォルテ。
「れ? れ、れ、れ〜……」
答えが出てこず、眉を寄せるシロップ。
「考えているところ申し訳ないですが……私目は先程の問題で6問先取しましたので……」
ヴォルテは腕組みのまま変顔。
「まだ分からないわよ! 最終問題が10ポイントの可能性も残ってる!」
シロップは立ち上がってオルヴァンを見る。
「それは無いです」
即答するオルヴァン。
ヴォルテは下を向き、肩を震わせて笑いを堪える。
「え〜〜……私の『海に行って泳いで、いろいろな料理食べたい』はどうなるの?」
シロップは両手を合わせて祈るような仕草。
ヴォルテは顔を上げ、首をかしげながら言う。
「そもそもそれは一つ? 勝ったらやりたい事リストに一つ入れる、ですよ……」
「それ言ったら、ヴォルテの『塔に戻って妹探す』も……」
シロップがヴォルテを見る。
「見つけたのが双子だったらどうするの? 一人は置いていく? モンシロチャットちゃんが蛾の集合体だったら? 一匹だけ連れ出して残り99999999999匹は置いて行くの?」
早口でまくしたてながら詰め寄る。
ヴォルテは困った顔で、「そ、それは論点が違うよーな……」と後ずさる。
オルヴァンが軽く咳払いして口を開く。
「リストに入れても絶対ではありませんし、あくまで今後の参考程度にする予定です」
睨み合う二人を見て、オルヴァンは提案する。
「今回は両者の案をリストに加えることにしましょう」
「聞きましたか、姉上! 良かったですね!」
ヴォルテに抱きつくシロップ。
「ごめんね、こんな姉で。私も妹は探したいけど、海が呼んでるの」
「今日の勉強会は、これくらいにしておきましょうか」
オルヴァンが本を閉じると、シロップとヴォルテはそろってポカーンとした表情を浮かべた。
「……もちろん、休養など不要だとは思います」
口元にわずかな笑みを浮かべ、オルヴァンは続ける。
「ですが、地上の皆様と同じ習慣で過ごしてみるのも、この滞在の醍醐味かと」
シロップとヴォルテは顔を見合わせ、同時に「なるほど」と頷く。
———
2階へと上がると、磨かれた木の廊下の先に、客間らしい大きめの部屋があった。
ベッドが二つ並び、窓際には編み込みの椅子と小さな机、壁には蓄光石が柔らかな光を放っている。
「おお、広い!」ヴォルテはベッドの弾力を確かめるように手で押し、すぐにドサッと腰を下ろす。
「ふかふかだ!」と満面の笑み。
シロップは逆側のベッドに腰かけ、視線を窓に向けた。
「外の景色…畑まで見えるんですね」
窓を少し開けると、乾いた土と草の匂いがふわりと流れ込む。
オルヴァンは部屋の奥に置かれた大きめのソファへ
「お二人は休むなり、談笑するなり、ご自由に」
そう言うと、深く背もたれに沈み込み、本を取り出した
ヴォルテはベッドの上で両手を頭の後ろに組み、にやりと笑う。
「……じゃあ、地上の習慣ってやつを、全力で体験させてもらうか」
シロップはくすっと笑い、「じゃあまずは…」と毛布を広げ、ふんわりとベッドに身を横たえた。
蓄光石の灯りが静かに揺れ、外からは夜風の音だけが流れ込んでくる。
オルヴァンは膝の上に本を開き、静かにページをめくった。
しばらくすると、向かいのベッドから、規則的な寝息が聞こえてくる。
ヴォルテは大の字になって毛布を半分だけかぶり、シロップは横向きで枕を抱きしめている。
(……やはり寝るのか)
ページを押さえたまま、オルヴァンは2人の寝顔を順に見やった。
(情報の整理や回復に必要なのかもしれないな)
そっと本を閉じ、音を立てないようにソファから立ち上がり、ドアノブを静かに回した。
カチリ
ほんのわずかな音にも、ベッドの方の2人は反応することなく眠っている。
廊下に出たオルヴァンは、蓄光石のほのかな光に照らされながら階段を下りていった。
その足取りには、何かを確かめに行く者の静かな決意が宿っていた。
家を出て、夜気の中を村の中心へと歩き出す。
次元バックから光球を取り出すが、表面が点滅しているのに気づき、再び中へ戻した。
「仲間、家族ですかね」
ぽつりと漏らすオルヴァン。
「確かに必要なくなりますか?」
問い返すように小さく呟く。
「それは、パイクの思い込みでは?」
と口にした瞬間、背のマントがかすかに揺れ、声を発した。
「誰と話しているのですか?」
「あ……二番さん。失念していました」
オルヴァンは足を止め、微笑を浮かべる。
「1人になると、パイクが来てくれるのですよ」
沈黙のあと、マントの声が少しだけ柔らかくなる。
「もうオルヴァンさんは“ひとり”ではないと思います」
オルヴァンはその言葉を胸に収め、わずかに目を伏せた。
「そうですね。ありがとうございます」
風が二人の間をすり抜ける。
やがて、マントが静かに告げた。
「……では、私も名を変えましょう。これからは“パイク”と呼んでください」
オルヴァンは驚いたように目を見開く。
「よろしいのですか?」
「ええ。あなたの隣にいる者として、その名を継ぎたいのです」
オルヴァンはしばし言葉を探し、やがて深く頷いた。
夜の空気が、わずかに温かく感じられた。
住宅の密集地が近づくにつれ、蓄光石の街灯が増え、道は明るく照らされていく。
耳を澄ませば、獣人たちの笑い声や、家の中から漏れる談笑があちこちから響く。
オルヴァンはその音を背に、村の夜を楽しみながら歩いた。
途中、酔った獣人に声をかけられるが、軽く笑みを返してやり過ごす。
――
目の前に現れた——リーシェント。
本で読んだよりやや小ぶりだが、木々の中ではひときわ堂々としていた。
その根元に膝をつき、掌をそっとかざす。
樹皮の奥から、微かに脈打つような温もりが伝わってきた。
「……なるほど」
低く呟いた瞬間——幹の脇の土がふるりと震え、白い菌糸がスーッと地表を這い出す。
それは絡まり、編まれ、人の輪郭を形づくっていった。
「あなたは……何者ですか?」
耳に届いた声は、風の中で響く鐘のように柔らかく、どこか遠い。
それがリーシェントだった。
「それも、知りたいことの一つでしたが……」
オルヴァンは視線をわずかに落とし、残念そうに微笑む。
「ごめんなさい。私の接続は限られていて、知識もほんのわずかです」
「……やはり。今では世代交代も接続もうまくいかないのですね。
かつては世界中と連結し、あらゆる知識を抱えていたと……」
「その真偽すら、今の私には分かりません」
リーシェントは瞼を伏せ、わずかに風に揺れる。
その仕草が、木の葉の影のように儚く見えた。
オルヴァンは光球を取り出し、二人の間にそっと浮かべる。
淡く点滅する光を掌で包み込むと、そこから一冊の本がゆっくりと形を成し、手の中に落ちた。
光球の瞬きはやみ、柔らかな常灯のような輝きへと変わる。
オルヴァンはその本を軽く捲り、パンと閉じてリーシェントに差し出した。
両手でそれを受け取ったリーシェントは、ためらいがちに開こうとする——が。
「……開きませんね」
「あなたでも無理ですか……」
オルヴァンは目を閉じ、しばし沈黙。やがて長く息を吐く。
「では、また来ます。次は私があなたの疑問をお伺いします」
「どんなことでも?」
「もちろんです。答えられるかは分かりませんが」
リーシェントは小さく笑みを浮かべ、そして――菌糸が地中を這うような、湿り気を帯びた声で囁いた。
「ふふ……面白い方ですね」
「では、失礼します……あ、これは二人だけの秘密に」
オルヴァンは返事を待たず、背を向けた。
リーシェントはその背を見送り——やがて静かに、地面の奥へと還っていった。




