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フィーロ  作者: NaGold
10/50

第10話

 森の影から獣人たちが静かに動き始めた。

 招かれたはずの一行は、しかし雰囲気としてはほとんど護送。

 前後から感じる緊張と視線が、森の小道を歩く彼らの背中に重くのしかかっていた。


「……というわけで、あの広場で出会ったのです」

 オルヴァンが、ヴォルテとの出会いから今日に至るまでを端的に語る。もちろん、台本通り。


「なるほどのう……物々しくてすまなんだ」

 トリットは小さく頭を下げた。

「最初は追い返すつもりじゃったゆえ、まだ皆、殺気立っておる。どうか気を悪くせんでくれ」


 オルヴァンは静かに頷き、その率直さに少しだけ好感を覚える。


「アルトマ! 中央食堂を整えて、食事の用意をさせなさい」


(ちゃちゃーん♪)

 勝利を確信したシロップは、両手を高く掲げ……しかし周囲のざわつきに気づき、すぐに手を組んでストレッチのふりをしながら体をひねった。


(……やっと来たか、ご馳走……いや、食いたくないが……)

 ヴォルテは腕を組み、目を伏せながら黙々と歩く。


「ところで、ヴォルテ殿」

 ふと、トリットが声をかけた。

「住んでおられた場所の記憶も、やはり無いのですな」


「はい……それと私は、敬称なしでお呼びください」


 ヴォルテの横顔を見て、シロップが感心したように目を細める。

 ――その視線に、ヴォルテは微妙な顔芸で返した。


「ふぉっふぉっふぉ……では、ヴォルテ」

 トリットはゆるく笑いながらうなずく。

「身体に深く傷を負った時、記憶が混濁する者を何人か見てきた。だが、多くは時間と共に戻る。焦らず、しっかり養生なされよ」


「はい……ありがとうございます」


 ヴォルテは胸に手を当て、ゆっくりと頭を下げた。


「食事の用意まで、ありがとうございます」

 オルヴァンが深々と礼を述べる。


「村は獣人以外おらんゆえ、しばらくは注目を浴びるやもしれん。じゃが、皆で酒でも交わせば――」


「酒……!」

 シロップは両手を合わせ、ぱっと顔を輝かせた。


「セ……シロップさん、お身体のことを考えて、お酒は控えめにお願いしますね」

 オルヴァンは「セ」と言いかけて、慌てて名前を言い直す。


(……セ?)

 トリットの耳がピクリと動き、視線が一瞬だけ鋭くなった。


「ヴォルテには、樽で用意してやろう。ふぉっふぉっふぉっ」


 ヴォルテは聞こえなかったことにして、ただ前方を見据えたまま歩を進める。


 森を抜けると、足元の道が石畳へと変わった。

 やがて視界が開け、村の全景が現れる。


 道の両脇には石造りの家々が点在し、中心部へ近づくにつれて建物は密集していく。

 屋根は木板や石で覆われ、いくつもの煙突から白い煙がゆるやかに立ち上っていた。


 その奥――他の木々をはるかに超えてそびえる一本の巨木が、村全体を見守るように立っている。まるで村の象徴そのもののようだった。


 村は色とりどりの木々に囲まれ、午後の柔らかな光に包まれている。

 石畳の道では獣人たちが立ち止まり、遠巻きに一行を見守っていた。


 家の前では、木を削る者、布を干す者、器を洗う者……穏やかな営みが淡々と続いている。


 ――しかし、その中を進む赤・黒・白のマントを纏った三人の姿は、否応なく異彩を放っていた。


 村の中央部に差しかかると、ひときわ大きな建物が姿を現した。

 壁には窓が多く並び、開け放たれた室内からは、食器の触れ合う音や賑やかな笑い声、香ばしい匂いが風に乗って漂ってくる。

 高い屋根からは白い煙がゆるやかに立ち上り、開放感あふれるその建物には、既に多くの獣人たちが集まっていた。


 その前でトリットが足を止め、ゆるやかに振り返る。

「ここで皆と共に食事をすれば、お互いの警戒も和らごうと思ってな……」


 言葉と同時に扉が開き、中から数名の獣人が現れ、一行を迎え入れる。


 内部は外観以上に広く、天井近くまで伸びた窓から差し込む光が、長い食卓や壁際の棚を明るく照らしていた。

 香り立つ料理と温かな空気に包まれた中、トリットがひとつ咳払いをすると、ざわめきは次第に薄れ、場に静けさが戻っていった。


 トリットはぐるりと周囲を見渡し、ある一点で目を止める。

「ムルハ〜ン! ちと来い!」


 呼ばれたムルハンは、耳をぺたんと伏せて肩をすくめ、どこかバツの悪そうな笑みを浮かべながらトリットの元へ歩み寄った。


「こやつが、“魔術師の奇襲”などと早とちりして、ちと騒ぎが大きくなりかけたがの……村を思ってのことじゃ。咎めるつもりはない」


 そう言いつつ、わざとらしくため息をつき、

「……ま、ケルマに頼んで、度の強いメガネでも造らせたほうがいいかもしれんな」


「おーい、ついでに耳の掃除も頼めー!」

「いやいや、鼻もだろ!」


 ――それを合図に、食堂中に笑いが広がり、場の緊張が一気にほぐれていく。

 ムルハンは「うっせぇ!」と笑い混じりに手を振り返し、照れくさそうに頭をかいた。

 その仕草に、周囲からさらに温かな笑い声がこぼれた。


 


「この方々は、わしの客人じゃ」

 トリットは笑顔を崩さず、3人を順に紹介していく。


 その横で、シロップはというと――

(あれは……くさ? いや? あっちは……果物? あの器の中は……!)

 周囲の鍋や皿ばかり目で追い、紹介の言葉は右から左へ抜けていった。


 紹介を終えたトリットは、3人をテーブルへと促す。

「わしはこれより他の集落へ事情を伝えにリーシェントに会いに行く。宿の手配もあるゆえ、なにかあればムルハンに言うて下され」


 そう言うと、ムルハンに耳打ちし、ゆっくりと食堂を後にする。


「……えっと、じゃあ、よろしくお願いします」

 ちょこんと3人の向かいに座ったムルハンは、数秒も経たずに「やっぱ俺、食事運び手伝ってきます!」と立ち上がり、椅子も戻さず奥へ駆けていった。


「目的は達成できそうですね。食べ方や量は周りを見て参考にしてください」

 オルヴァンがシロップに視線を送る。

「はい! 楽しみです♪」両手を合わせてにっこり。


 ヴォルテは露骨に眉をひそめ、「……食べないとだめ〜?」

「私が収納しますので、腹に貯めておいてください」

「へーい……」気のない返事とともに、椅子にもたれた。


 やがて、奥の扉が開き、恰幅のよい女獣人とムルハンが料理を抱えて現れる。

「はーい、ごはんだよ〜!」

 彼女は明るい声と共に、テーブルに皿を手際よく並べていく。


「飲み物はあっちの樽から注いでね」

 壁際には大小さまざまな樽がずらり。


「これはサラダ。分け皿に取り分けてね」

 彩り豊かな野菜が山のように盛られた皿が置かれる。


「はい、極上パン! チャナップをつけて食べると最高よ」

 香ばしいパンの隣には、赤と黄色のソース皿。

「うちのチャナップは極上だからね〜」と胸を張る。


「採れたてフルーツも忘れずに」

 色とりどりの果実が山盛りになった皿が続く。


「ムルハン!」

「はいっ!」と元気よく返事し、素早くトレイを差し出すムルハン。


「それから、これは豆のスープ」

 赤みがかったスープには、大粒の白豆と緑の小豆が浮かび、香りがふわりと漂った。


「本来はお代わり有料だけど……暫くはタダでいいらしいよ。たーっくさん食べてね」

 マダムはにっこりウインクを――なぜかヴォルテに5連発してから、颯爽と厨房へ戻っていった。


 ヴォルテとオルヴァンは、思わず顔を見合わせ……無言のまま、小さなウインク合戦を始める。


「食べましょう♪」

 シロップが小さく手を叩き、満面の笑み。


 オルヴァンはすぐにサラダを取り分け、フォークを添えてシロップとヴォルテに渡し、さらにスープ用のスプーンを置いた。

「では、いただきましょうか」

 オルヴァンの合図で、2人も食事を始める。


 シロップは目を輝かせ、頬をふくらませては至福の笑みを浮かべる。見ているだけで心が和むほど幸せそうだ。


 一方オルヴァンは、口に運んだ料理をこっそり収納しつつ、咀嚼のふりをしながら周囲のざわめきに耳を澄ます。


 正面のムルハンはというと――完全にヴォルテに釘付け。

(かっけぇ……ヴォルテさん……かっけぇ……強そう……!)

 しかも視線は、食べ方にまでロックオン。

(うわ、ティアーノ丸呑み……すげぇ……フルーゴラ潰した……酸っぱそう……ひぃ……)


 その熱っぽい視線に気づいたヴォルテは、少し眉をひそめつつも、黙ってスープを飲み干す。


 オルヴァンと目が合ったムルハンはハッとして背筋を伸ばす。

「ぼ、僕は先ほど食事を済ませましたので……皆さんが食べ終わったら宿へご案内します!」


「落とした鎌は私が預かっています。あとでお返ししますね」

 オルヴァンがやわらかく声をかけると、

「は、はいっ! ありがとうございますっ!」

 真剣な顔で頷くムルハンだが、内心では(なんかスゲー!スゲー!)と絶叫していた。


 周囲の獣人たちは、ちらちらと3人を観察しつつも距離を保っている。

 その中に、露骨に不機嫌そうな少女の姿があった。彼女はオルヴァンたちを睨むように見ながら、目が合わないようすぐに視線を逸らす。


 オルヴァンはその存在に気づきながらも、視線を返すことはなかった。


 やがて、ムルハンがオルヴァンに向かって身振り手振りで何かを話し始める。

 それに耳を傾けていた近くの獣人が、ぽつりと一言。

 さらに別の者が笑いながら口を挟み……気づけば、テーブルの周囲に小さな輪ができていた。


 少女だけが輪から外れたまま、視線を遠くへ向けている。

 それでも食堂全体は、笑い声と談笑の熱で、少しずつ和やかな空気に包まれていった。


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