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第三幕 美しき断罪

 玉座の間に響いたのは、銀の音だった。


 それは、指輪が床に落ちたときの澄んだ音。

 そして、その音にすべてを奪われたように、広間はしんと静まり返った。


 リディア・グレイスは、ただ一歩前に進み、王子の足元にその指輪を落としたのだ。

 何の躊躇いもなく、何の言い訳もなく。


 「この腐った関係、ここで終わりにしましょう」


 その言葉は、大声ではなかった。

 しかし、蝋燭の揺れる気配さえ止まるほどの重みで、誰の耳にもはっきりと届いた。


 アレクシス王子は目を見開いた。

 ミレーヌが息を呑み、群衆の視線がリディアの一挙手一投足に釘づけになっていた。


 「な、何を……」


 王子が言葉を紡ごうとしたとき、リディアは静かに彼を見た。

 その瞳には怒りも涙もなかった。

 あったのは、氷のように澄んだ、絶対の拒絶。


 「婚約破棄のご宣言、ありがとうございます。

 おかげで、これ以上、あなたと結ばれているという不名誉を背負わずに済みますわ」


 冷ややかな言葉に、ざわめきが広がった。

 だが、そのざわめきの中に、不思議と称賛の色が混じり始める。


 「言ってやった……」

 「すごい、なんて気高いの……」


 王子の表情がこわばる。

 いつもなら自分が何を言っても肯定してくれるはずの民衆が、今は彼女の言葉に見惚れている。


 ミレーヌが彼にしがみついた。

 「殿下、こんな女の口に惑わされないで……!あの人はずっと、私を……」


 「やめて」


 リディアの声は、小さかった。

 だがその静けさが、ミレーヌの口をぴたりと止めた。


 「あなたの涙も、嘘も、芝居も。今ここで終わりよ」


 言葉は淡々としていて、責める響きすらなかった。

 けれど、その冷たさは、剣よりも鋭く、美しく、全員の胸に突き刺さった。


 リディアは背を向け、歩き出す。

 絨毯の上にかすかに響くヒールの音が、空気を震わせる。


 誰もがその背を見送る。

 憧れと、畏れと、そしてわずかな罪悪感を混ぜたような眼差しで。


 彼女はもう振り返らなかった。


 扉が開き、光が差し込む。

 その光の中へ、リディア・グレイスは、ただ一人で歩いていった。


 残されたのは、指輪だけ。

 冷たい石の床に転がる、それはまるで、王家と貴族の虚飾を象徴するようだった。


 しばし、沈黙。


 王子が何かを言おうとしたが、その声は誰にも届かなかった。

 ミレーヌの震える肩を支える手にも、もはや力はなかった。


 そして、群衆の中から、ぽつりと声が上がる。

 「……あれが、本物の貴族だ」


 誰かが頷いた。

 誰かが涙をぬぐった。


 「何したんだよ、殿下……」

 「まさか、ミレーヌ様が……」


 誰もが、王子とミレーヌの“真実の愛”とやらがどれほど空虚だったか、ようやく気づき始めていた。


 けれどそれは、もう遅かった。


 扉の向こうで、リディアは空を仰いだ。


 季節は冬から春へと向かう途中だった。

 かすかな風が頬をなでる。

 彼女の銀の髪が、さらりと揺れた。


 「……ようやく、終わったのね」


 小さく呟き、目を閉じる。

 その横顔は、どこまでも静かで、どこまでも美しかった。


 その瞬間、王国はひとつの夢から、醒めたのだった。

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― 新着の感想 ―
> おかげで、これ以上、あなたと結ばれているという不名誉を背負わずに済みますわ 「結ばれている=結婚関係」で離婚の際言うのは作品はあった気がするけど 「結ばれている=婚約関係」で婚約破棄の際言うのは作…
ミレーヌは王子にしがみついたんだよね?なんで王子を陛下と呼んでるの?間違い?それとも王子にしがみつきながら国王陛下に訴えようとしてるの?ちょっとこのあたりがわからないです(;・∀・)
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