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第一幕 断罪の間にて

ただ婚約指輪を返すだけのお話です。

5幕まであります。

 玉座の間には、朝露が乾ききらぬ石の匂いが残っていた。荘厳な天蓋の下、幾百もの蝋燭が灯されているにもかかわらず、空気はどこか冷ややかで、重たく沈んでいた。


 王族や重臣、貴族たちが静かに並ぶ中、民衆の姿もあった。今日という日は“公開断罪”と呼ばれ、噂を超えて伝説となる舞台。集まった者たちは皆、ある一人の女を目撃するために息を殺していた。


 やがて、扉が開く音が響いた。


 歩みを止めずに、彼女は現れた。リディア・グレイス。公爵家にして王族の血を引く、誇り高き一族の令嬢。


 その姿を目にした瞬間、ざわめきはぴたりと止んだ。


 あけのドレスは、ただの赤ではなかった。深紅に近く、それでいてほんのりと紫を帯びていて、夕方の空みたいな、落ち着いた色合いだった。ベルベットの布地が歩みに合わせてゆるやかに揺れ、裾の金糸の刺繍がちらちらと光を反射して、きらきらと星のように瞬いていた。


 その服は誰かのために選んだわけじゃない。ただ、これがいいと思ったから、そうしただけだった。


 肩まで流れる銀の髪は、磨かれた銀器のように冷たく、けれど一筋の風が通れば、花弁のように揺れた。整えられた髪に飾りはなく、首元も、耳元も、装飾の光はない。彼女はただひとつ、左手の薬指にだけ、銀の指輪をはめていた。


 その瞳の色は、凍てついた湖面を思わせる氷青ひょうせい。そこには怒りも嘆きも宿らず、ただ澄んだ拒絶と、決して折れることのない意志が光っていた。


 「……あれが、リディア様」

 「まるで女王のよう……」


 誰かが、呟くように言った。

 それに応じるように、王子が立ち上がる。


 「リディア・グレイス。そなたはこの王国の第二王子である私、アレクシスの婚約者でありながら、我が愛する者を傷つけ、貴族社会を乱した。ここに、婚約破棄を宣言し、その罪を断罪する」


 その言葉に応じるように、隣に立つ金髪の少女──ミレーヌが震える声で語り始めた。


 「私は……ただ、真実の愛を貫きたかっただけなのです」


 群衆がざわめいた。王子の隣に庶民出身の娘が寄り添う構図は、絵のように“純愛”を演出している。


 だが、リディアは一言も発さなかった。


 ただ立っていた。背筋を真っ直ぐに、目を伏せず、ただ“見ていた”。


 民衆の視線、貴族の冷たい評価、王子の自己陶酔、ミレーヌの作られた涙。

 それらすべてを、氷のような沈黙で受け止めながら。


 ──その沈黙こそが、彼女の矜持。


 まもなく、儀式の幕が正式に上がる。


 リディアの“美しき断罪”が、ここから始まる。

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