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戦国M&A ~織田信長を救い、日本という国を丸ごと買収(マネジメント)する男~  作者: 九条ケイ・ブラックウェル
第二章:世界展開編
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第七十話:天下輪廻法

天正二十八年秋。

大坂城の大広間に全国の大名、豪商、そして高僧が緊急招集された。

誰もが不安と緊張の面持ち。信長の体調悪化は既に周知の事実だった。


信長が現れる。明らかに痩せ顔色も悪い。

しかしその眼光だけは異様に鋭い。


「皆の者よく聞け」

咳き込みながらも信長は立ち上がる。

「ワシは新たな法を定める。天下輪廻法じゃ」

「十年ごとに、この国の全ての富を一度洗い流す」


満座騒然。


堺の豪商・今井宗久が立ち上がる。

「上様! それでは商いが立ち行きませぬ!」

「立ち行かぬ?」

信長の声が冷たく響く。

「宗久よ、そなたの蔵には金銀が山と積まれておろう。それは誰が汗を流した銭か?」

「それは…私どもが知恵を絞り…」

「違うな。そなたの下で働く名もなき者たちじゃ。そなたはただ帳面を眺めておっただけじゃろう」


信長は石田三成に目配せした。

三成が巨大な絵図を広げる。

「これが新しき定めの詳細じゃ」


一、基本の定め

「十年にて全ての財を国に返納せよ。ただし『功徳帳』に記されし分は次の世に持ち越すを許す」


二、功徳とは

- 新しき技を生み出すに使った銭

- 民に仕事を与えた褒美

- 国の普請に尽くした証

「要は死んだ銭を生きた銭に変えた者だけが、次もまた富を築ける」


三、改めの仕組み

「検地の法を使う。偽りを申した者は一族郎党打ち首」


四、初めの特例

「最初は半分の返納でよい。民を驚かせぬためのワシの慈悲じゃ」


そのあまりに過激で、そしてあまりに体系的な内容に広間は再び沈黙した。

徳川家康は瞬時に計算した。

(これは…織田家の富も散逸する。好機か、それとも…)

しかし次の信長の言葉に、初めてその能面のような顔に感情が浮かんだ。


その沈黙を破ったのは仁斎だった。

彼は静かに進み出た。

「上様、それは商いの道理を根底から覆しまする」

「それがどうした」

「国が乱れます。下手をすれば国が滅びましょうぞ」

信長は仁斎を睨む。

「仁斎よ、お前の作った見事な仕組みは確かに国を富ませた。じゃが民を富ませたか?」

「それは…」

「答えられまい。勘定は嘘をつかぬ。じゃが勘定だけでは人は生きられぬ」


信長は一度目を閉じ、そして静かに本音を語り始めた。

「聞け。ワシはこの国を一つの体のように強くしてきた。腕も脚も逞しくなった」

彼は再び咳き込み、その手の甲で口元を拭った。そこには血が滲んでいる。

「じゃが今、病んでいる場所がある。それは『人の心』という臓腑じゃ」

「銭という血ばかりが頭に上って、心の臓が弱っておる。ならば時折その血を巡らせ直す」

「これは国という体を根本から治す大手術じゃ」


そして信長は最後の、そして最大の爆弾を投下した。

「初めの輪廻はワシの死と共に始める」

衝撃が広間を走り抜けた。

家康が思わず声を上げた。

「上様、それは…織田家の富も…」

「どうした家康。ワシが自らの富を手放すのが信じられぬか」


家康は黙った。この男は本気だ。死を前にして、なお天下を変えようとしている。


前田利家が感極まった声を上げる。

「上様! それでは織田家の栄華も…」

「利家よ、栄華など要らぬ。ワシの名が歴史に残れば、それでよい」

老いた利家の目に涙が浮かんだ。若き日から仕えた主君の、最後の意地を見た。


「安土城にて『天下輪廻ノ炬火』を焚く。ワシの生涯で集めた全ての財宝と古き帳面を燃やし、新しき世を始める」


「これを『輪廻祭』とし皆で踊れ。古き己が死に新しき己が生まれる祭りじゃ」


信長は凍り付いた諸将を見渡した。

「逆らう者は今すぐ立ち去れ。ただし財は全てここに置いていけ」

誰も動けない。動けるはずがなかった。

「よかろう。では皆承知したと見なす」

評定が終わった後。信長は仁斎だけを残した。


「仁斎よ、ワシは間もなく死ぬ」

「上様…」

「この法は完璧ではない。穴だらけじゃ。じゃがな…」


信長は窓の外を見る。

「完璧でないからこそ人は考える。工夫する。それでよい」

「お前の作った仕組みは見事じゃった。じゃがワシはそれを超える」


信長の瞳には穏やかな光が宿っていた。

「銭が主ではなく、人が主の世じゃ」

そして最後に彼は第六天魔王らしく不敵に笑う。

「ワシが死んでもこの法は残る。そして十年ごとにこの国は生まれ変わる」

「それが第六天魔王の最後の大仕事じゃ」


信長が去った後、仁斎は一人大広間に残った。

天井を見上げる。

「上様は最後に、私を超えていかれた」

それは敗北感ではなく、ある種の清々しさだった。

「私は所詮、数字と理屈の世界で生きる者。だが上様は…」

仁斎は苦笑した。


「天下を取り、それを自ら壊すことすら楽しまれる。これが天下人というものか」


あるいはもっと単純な違いかもしれない。

与えられた仕組みを動かす者と、仕組みそのものを作り変える者の違い。


窓の外では、既に城下に噂が広まり始めていた。

商人たちの不安な声、貧しき者たちの期待の声が、風に乗って聞こえてくる。

新しい時代の予感が、秋風と共に大坂の街を吹き抜けていく。

仁斎は静かに呟いた。


「私には、この混沌を治める仕事が残されたか」


天下を統一し富を極めた男は、最後にその全てを壊すことで永遠に続く変革を定めとした。

それは銭の理を超えた、人の理への挑戦だった。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
ぜ〜ったいに誤魔化す輩が出てくるでしょう。法の内外を問わず。 まぁ、それすらも趣旨のうちと言ってしまいそうな。
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