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戦国M&A ~織田信長を救い、日本という国を丸ごと買収(マネジメント)する男~  作者: 九条ケイ・ブラックウェル
第二章:世界展開編
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第六十一話:紅毛人という選択肢

評定から三日後。

大坂の市場では新たに発行された会所手形を巡って混乱が起きていた。

「これが新しい銭だと? ただの紙ではないか!」

「いや年貢はこれでしか納められぬというぞ」

「ならば米と交換できるというのは本当か?」

商人たちの間で半信半疑の声が飛び交う。株式会社・日本が産み落とした新しい血流は、まだその価値を誰にも認められず不安の中を漂っていた。


その国内の混乱を切り裂くように一報がもたらされた。

仁斎の執務室に桔梗が音もなく現れる。

「宰相様、平戸より急報。見慣れぬ船が入港したと」

「南蛮船か?」

「いえ船の形が違います。赤い髪の異人が乗っており『ねーでるらんと』から来たと」

仁斎の目が鋭く光った。

『知っている歴史より少し早まってるが、来たか。オランダ東インド会社の先遣隊が』


平戸に急行した石田三成からの詳細な報告が届いたのは、その数日後だった。

船長ヤコブ・クワッケルナックは破損した船の修理のため寄港したという。

「南蛮人とは違い布教には興味がないと申しております。ただ商いのみを求めていると」

仁斎は内心で頷いた。

『プロテスタントのオランダ商人。カトリックのスペイン・ポルトガルとは根本的に違う。これは使える』


新たな異人の来航は評定の場を再び紛糾させた。

信雄を担ぐ老臣たちが拒否反応を示す。

「紅毛人も南蛮人も同じ異人。追い返すべきです!」

それに対し前田利家が秀頼派を代表し慎重な意見を述べた。

「まずは様子を見るべきでは。敵か味方かまだ分かりますまい」

その時、仁斎が静かに、しかし断固として言った。

「彼らはイスパニアと戦争中の国の者。つまりイスパニアの敵。これを利用しない手はございません」


その言葉を受け信長は、その「紅毛人」とやらを大坂へ呼び寄せた。

通訳を介し船長クワッケルナックが自らの組織を説明する。

「我々は『東インド会社』に属している」

「それは商人の組合か?」

利家の問いに彼は首を振った。

「いえ、もっと大きな…国のような力を持つ組織です」

諸将は理解できないという顔で眉をひそめる。

だが仁斎だけは冷静にその言葉の本当の意味を理解していた。

『やはり東インド会社か。株式による資金調達、軍事力の保有、植民地経営…。まさに国家を超えた、最初の多国籍企業だ』


その新しい選択肢の出現は、しかし既存の勢力との軋轢を生んだ。

桔梗からの報告がそれを裏付ける。

「宰相様、長崎のイエズス会が動いております。『紅毛人は神の教えに従わぬ悪魔の手先』と触れ回りキリシタンたちを扇動しています」

「さらにイスパニアの商人が紅毛人の船を襲撃する準備をしているとの情報も」


だがその不穏な空気の中で、一つの吉報が仁斎の元へもたらされた。

茶屋四郎次郎が安堵の表情で報告に来たのだ。

「宰相様! 会所手形で米を買いたいという者が増えております。特に年貢を納める必要がある者たちがこぞって銀を手形に替えておりまする!」

最初は半信半疑だった商人たちも、実際に手形で米が買えることを知りその価値を認め始めたのだ。


全ての報告を受け評定の席で信長は問うた。

「で、どうする? この紅毛人とやらを」

三派の意見が対立する中、信長は面白そうに笑うと意外な命令を下した。

「面白い。仁斎、お前が直接会ってこい。そして判断せよ。使えるか使えぬか」

だが続けて彼は他の二人にも命じた。

「信雄は兵を率いて平戸へ向かえ。紅毛人がもし害をなすなら即座に討て」

「利家は長崎のキリシタンを見張れ。動きあらば鎮圧せよ」

三人の候補者全員にそれぞれ役割を与える。それはこの危機管理能力を試す新たな「査定」だった。


執務室で仁斎は三成と向き合っていた。

「これは好機です。紅毛人との交易路を確立できればイスパニアの経済封鎖を打ち破れる」

「しかし言葉も通じぬ相手。どう交渉を?」

「商人の言葉は世界共通です。利益です」

仁斎は密かにヴァレリアーノをポルトガル語の通訳として同行させる準備を進めていた。

『オランダ人もポルトガル語なら多少は理解するはず。そしてヴァレリアーノを使うことでイスパニアへの牽制にもなる』


平戸への出発前夜。

仁斎は発行され始めた会所手形の束を見つめながら考えていた。

『紙幣と紅毛人商人。この二つが組み合わされば全く新しい交易の形が生まれる。だがそれは同時にイスパニアとの全面対決を意味する』

影から桔梗が現れた。

「宰相様、平戸への護衛、整いました。…一つお聞きしてもよろしいですか」

「何だ」

「この国を本当に商人たちが牛耳る国になさるおつもりですか」

その問いに仁斎は静かに答えた。

「商人が牛耳る? 違うな」

彼は窓の外に広がる新しい日本の夜明けを見据えていた。

「商いのことわりで動く、新しい国を作るのだ」

桔梗は理解できないという顔で黙っていた。

夜空には新しい時代の予感が満ちていた。

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