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戦国M&A ~織田信長を救い、日本という国を丸ごと買収(マネジメント)する男~  作者: 九条ケイ・ブラックウェル
第二章:世界展開編
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第五十二話:身分制度の経済学

「天下布武の値踏み」と「寺社への課税」。

信長が打ち出した二つの大改革は、日の本の富の流れを完全に変えた。

大坂の金蔵には、全国から集められた税という名の黄金が山と積まれていた。

石田三成が朝な夕なに算盤を弾く音が響く中、その数字は驚異的な成長を示していた。


「昨年と比べ、税収は実に四割増。金にして二百万両を超えました」

三成の報告に、諸将は息を呑んだ。

かつての石山本願寺の跡地に建つ大坂城は、今や日本経済の心臓となっていた。

だが、その輝かしい成果の裏側で、新たな歪みが生まれ始めていた。


ある日、仁斎の元へ一通の訴状が届けられた。

差出人は尾張の古い武家の当主。訴えの相手は、同じく尾張の新興商人だった。


「かの商人は、我らが先祖代々守ってきた土地の権利を銭の力で脅かし、我らの商いを妨害しておりまする!」


武士の訴えは悲痛だった。

仁斎はすぐに石田三成に実態を調査させた。

三成の報告は衝撃的だった。

「昨年と比べ、武士の借金は三倍に増え、逆に商人の土地所有は五倍に達しています。京や堺では、商人が武士の屋敷を買い取る例も」


新しい世になり力を持った商人たちが、その財力を背景に土地を買い漁り、古くからの武士たちの生活基盤を脅かし始めていた。

逆に武士たちは、そのプライドゆえに新しい商いのやり方についていけず、没落していく者が後を絶たなかった。


さらに深刻なのは、座や株仲間といった商工業の既得権益層からの反発だった。

「織田様の楽市楽座で、我らの特権が奪われた」

「新参者が我らの商いを荒らしている」


士農工商、そして穢多非人という、数百年続いた身分の枠組みが、経済の論理によって崩れ始めていた。

仁斎は、その報告を信長の元へ届けた。


『…まずい。富の再分配が急激すぎた。各階層の間に深刻な経済格差と対立が生まれ始めている。これは社会の不安定化に直結する最大のリスクだ』


信長は、その報告を鼻で笑った。


「面白い。力が逆転したというわけか。刀を持った者が、銭を持った者に負ける。それこそが新しい世の姿よ」


だが彼は、すぐにその表情を引き締めた。

「…だが、このままではつまらぬ軋轢が増えるだけよな。武士が武士でなくなり、商人が商人でなくなる。非効率の極みよ」


翌日の評定。

信長は諸大名を前に、雷鳴の如き大号令を発した。


「これより織田の法の下では、全ての身分を一度白紙に戻す!」


広間がどよめいた。


「能力ある者は、百姓であろうと町人であろうと、取り立てて要職に就ける。逆に能なき武士は、その禄を失い、田を耕すも商いをするも好きにせよ」


信長は立ち上がり、諸将を見渡した。

「かつてワシは楽市楽座で商いを自由にした。今度は人そのものを自由にする。身分という古き縄張りを全て取り払うのだ!」


それは、この国の数百年続いた社会構造の完全な破壊宣言だった。

織田家三代に仕える老臣、森井備中守が震える声で進み出た。

「上様! それでは武士の面目が立ちませぬ! 我ら代々武門に生きてきた者たちの誇りは、どこへ行くのでございますか!」


それは、古い価値観に生きる者たちの魂の叫びだった。

だが信長は冷たく言い放った。


「誇りだと? 見よ、利家を。元は小者に過ぎなかったが、今や加賀百万石の大大名よ。猿(秀吉)もまた然り。ワシ自身も、かつては尾張のうつけと呼ばれていたわ」


信長は軍配で諸将を指し示した。

「家柄なぞ、ワシの前では何の値打ちもない。これからの値打ちはただ一つ。このワシの『家』に、どれだけの利をもたらすか。それだけよ」


前田利家は複雑な表情で俯いた。

自分もまた、この能力主義の恩恵を受けた一人だったからだ。


だが、他の譜代大名たちの顔には、明らかな動揺と不満が浮かんでいた。

密室では、早くも不穏な動きが始まっていた。


「このままでは、我らの家も潰される」

「信長様は、ついに狂われたか」

「いや、あの南蛮かぶれの仁斎の入れ知恵だ」


各階層の反応も様々だった。

下級武士たちは期待と不安の間で揺れていた。

「これで俺たちにも出世の道が?」

「いや、商人に負けて終わりよ」


商人たちは歓迎しながらも警戒していた。

「ついに我らの時代が来た」

「だが、武士の恨みを買えば…」


農民たちは、ただ戸惑うばかりだった。

「お侍様にもなれるというが、そんなことが…」


仁斎は、その光景を見ながら、自らが解き放ってしまったものの巨大さに、改めて戦慄していた。

『俺が望んだのは、あくまで合理的な組織改革だった。だが、この男は、それを社会階級そのものの破壊と創造の道具として使い始めた』


彼は脳内で、かつて平清盛が商人を重用して失敗した歴史を思い起こしていた。

『早すぎる。この変革は、あまりに急進的すぎる。既得権益層の反発は、俺の計算を遥かに超える規模になる』


彼は評定の間に座す譜代の大名たちを、そっと【査定】した。

彼らの負債・リスクの項目に、新しい文字が浮かび上がっていた。


【負債・リスク】:新体制への潜在的反乱リスク:70%


『まずい。これはディールではない。革命だ。そして革命には、必ず反動がつきものだ。上様は自らの手で、新たな火種を国中にばら撒いてしまった』


夜、大坂の城下では、すでに不穏な噂が飛び交い始めていた。

「織田様に逆らう者たちが、密かに集まっているらしい」

「このままでは、また戦乱の世に戻るぞ」

仁斎は、自らが描いた合理的で美しい設計図が、信長という規格外のCEOによって、予測不能な危険な領域へと暴走を始めていくのを、ただ見つめていることしかできなかった。

算盤は確かに刀より強かった。

だが、算盤が生み出す変革の速度は、人の心が追いつける速度を、遥かに超えていた。


第六天魔王は、刀を算盤に持ち替えても、やはり破壊神であることに変わりはなかったのだ。

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