第四十六話:共同事業
英国の私掠船船長、キャプテン・キャベンディッシュとの奇妙な共同事業が成立した。
信長はその海賊王が持つ未知の世界の荒々しい魅力に心酔し、仁斎は彼が持つ生の情報と航海術を自らの計画に組み込むことを決めた。
彼らの最初の獲物は、新大陸からアジアへ莫大な富を運ぶイスパニアのガレオン船「サン・アグスティン号」。
作戦計画は、日本の大艦隊の旗艦「安土」の、作戦会議室で極秘裏に進められた。
仁斎、信長、総司令官の島津義弘、そしてキャベンディッシュ。四人の男が、巨大な世界の海図を囲んでいる。
仁斎が口火を切った。
「皆様。我らが狙うサン・アグスティン号について、その背景をご説明いたします」
彼は、桔梗の諜報網がもたらした情報として、その船の任務を語り始めた。
「この船の表向きの目的は、明の絹や磁器を新大陸へ運ぶこと。しかし、真の目的は、新大陸の北の沿岸を探査し、ガレオン船が安全に立ち寄れる、新しい港を見つけることにあります。そのための最新の海図を、必ずや、積んでいるはずです」
仁斎の思考が、その言葉の裏で、深く沈んでいく。
『サン・アグスティン号…。史実ではこの船は、カリフォルニア沖で不可解な嵐によって遭難する。公式記録にはそう残されている。だがその“嵐”の正体を知る者はいない。好都合だ。我らがその歴史のミステリーの空白を埋める。そしてその全ての資産を手に入れるのだ』
仁斎は、顔を上げると、具体的な作戦内容を提示し始めた。
「我々はサン・アグスティン号を直接攻撃はしない」
その意外な一言に、義弘とキャベンディッシュが怪訝な顔をする。
「我らが狙うのは船ではない。船員たちの心だ。彼らを戦わずして降伏させる」
仁斎は海図の一点を指し示した。
「この海域は天候が荒れやすい。我々はその“嵐”に紛れて彼らに近づく」
「まず、桔梗の部隊が夜陰に紛れてサン・アグスティン号に潜入。船の舵と帆に僅かな細工を施し、操船を困難にする」
「夜が明ける頃、キャプテン、貴殿の快速船が獲物の前に姿を現し、執拗に攻撃を仕掛ける。ただし船体を沈めるほどの攻撃は不要。あくまで彼らを混乱させ疲弊させるのが目的だ」
「そして彼らが最も疲弊し絶望したその瞬間。水平線の向こうから、我が日本の大艦隊がその姿を現す」
仁斎はそこで言葉を切った。
「絶望の淵にいる船乗りたちの前に、圧倒的な武力と、そして『助け』を差し伸べる我らが現れたらどうなるか。彼らは我々に感謝し、自ら武器を捨て船を差し出すだろう」
それは合戦というより、人間の心理を巧みに操る壮大な劇場型の犯罪計画だった。
キャベンディッシュは、そのあまりに狡猾で悪魔的な作戦に、ただ笑うしかなかった。
「…クレイジーだ。あんたの頭の中身は一体どうなっている。気に入ったぞ、宰相殿」
島津義弘もまた、獰猛な笑みを浮かべた。
「ふん、戦わずして勝つ、か。薩摩の釣り野伏せにも通じるものがある。悪くない」
そして信長は、ただ黙ってその全てを聞いていた。
彼の瞳の奥で、満足と、そしてかすかな嫉妬の炎が揺らめいていた。
『この男はもはやワシの知る戦の理屈を遥かに超えた場所におる。…だがそれも良い。その悪魔の知恵がワシに勝利をもたらす限りはな』
信長は、最後に、結論を下した。
「面白い。悪魔の所業よな。気に入った」
彼は、集まった、国籍も、出自も、全く違う、男たちを見据えた。
「…義弘、キャベンディッシュ、そして仁斎。それぞれの役目を抜かりなく果たせ」
「――獲物を、狩りに行くぞ」
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