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戦国M&A ~織田信長を救い、日本という国を丸ごと買収(マネジメント)する男~  作者: 九条ケイ・ブラックウェル
第二章:世界展開編
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第四十五話:異邦の海賊王

日本の艦隊がマニラを占領したという衝撃的な報せは、瞬く間にアジアの海を駆け巡った。

南海の商人たちは東の果ての島国に現れた、新しくそしてあまりに強大な覇者の存在に畏怖の念を抱いた。

それはこれまでこの海域を我が物顔で支配してきた、イスパニアやポルトガルといった欧州の古き大国にとっても同様だった。


その報せは一人の男の運命をも大きく変えていた。

男の名はトーマス・キャベンディッシュ。イングランド女王陛下の私的な許可を得て、世界中のスペインの富を略奪して生きる私掠船船長。いわば国家公認の海賊である。

史実において、彼は数年前に世界周航を終えているはずだった。しかし仁斎が歴史を変えたその影響は、地球の裏側の海にまで及んでいた。日本の台頭によるアジア航路の微妙な変化。それが彼の航海計画を遅らせ、今まさにこのフィリピンの沖合に彼を留まらせていたのだ。


彼は当初、史実通り新大陸から銀を満載してくるスペインの宝物船ガレオンを、この海域で待ち伏せ襲撃するつもりだった。

しかし彼の偵察船がもたらした情報は、信じがたいものだった。

「――マニラが落ちた? 日ノジャパンの謎の艦隊によって、たった一日で?」

キャベンディッシュは戦慄した。そして同時にその胸に、海賊としてのそして冒険家としての獰猛な好奇心が燃え上がった。

「面白い…。一体何者だ。我が好敵手イスパニア帝国を正面から殴りつける、度胸のある奴らがこの東洋にもいたとはな」

彼は行き先を変えた。獲物はスペインの宝物船ではない。その宝物船すら丸呑みにしようとしている東洋の巨大な龍、その正体を確かめるために。


桔梗からのその報せを受けた時、仁斎は自らの思考の前提が根底から覆されるような衝撃を受けていた。

『トーマス・キャベンディッシュ…だと?馬鹿な。史実では彼の世界周航は数年前に終わっているはずだ。俺が歴史を変えたその影響が、地球の裏側の海賊の航路すらも変えてしまったというのか…?』

仁斎は自分がもはや歴史の修正者でも観測者でもないことを痛感していた。彼は新しい歴史の創造者であり、その結果はもはや彼自身にも予測ができない。

その事実に彼は恐怖と、そしてそれを遥かに上回る武者震いを感じていた。


旗艦「安土」の豪華な一室。

そこへ通された英国人船長は、歴戦の海の男だけが持つ野性と狡猾さをその瞳に宿していた。

彼はまず目の前に座す日本の二人の支配者を、値踏みするように眺めた。

一人は第六天魔王と呼ばれる伝説の王、織田信長。

もう一人はその王を裏で操り、このマニラを一夜にして買収したという謎の宰相、長谷川仁斎。


キャベンディッシュは単刀直入に切り出した。その言葉は堺の南蛮商人を通じて仁斎と信長に伝えられる。

「日本の偉大なる王と賢明なる宰相殿にお目にかかれて光栄だ。俺はイングランドの女王陛下の名代としてここへ来た。貴殿らの見事な手腕はこの海の隅々にまで届いている」

彼は地図を広げると新大陸を指し示した。

「我らの憎きイスパニアを共に叩かぬか。貴殿らの持つ無敵の艦隊と我らが持つ新大陸の航路とゲリラ戦の知識。これを組み合わせれば新大陸のイスパニアの植民地なぞ我らの意のままだ。この共同事業ジョイント・ベンチャーにご興味は?」


信長はそのあまりに刺激的な提案に目を細めた。

彼の心の奥底で眠っていた征服欲が、疼き始めるのを感じていた。

「ほう、英国の女王の犬か。して、その海賊がこのワシに何の用だ」

「海賊とはご挨拶だな。私は探検家だ」

キャベンディッシュは不敵に笑った。

「そして探検家として新しい世界の可能性を探しに来た。我らの憎きイスパニアを共に叩かぬか」

「共同事業だと?」

信長は喉の奥で笑った。

「面白いことを言う。この信長と対等に事を起こそうというのか、貴様ごときが」

その絶対的な王の威圧に、しかしキャベンディッシュはひるまない。

「力ある者同士が手を組む。それの何がおかしい。貴殿も私も古い帝国の死肉を喰らう新しい狼だ。そうではないか?」


その時これまで沈黙を守っていた仁斎が静かに口を開いた。

「キャプテン。貴殿の提案は魅力的だ。だが我らが得るものと失うものを比較した時、あまりに割に合わぬ商いと思えるが」

仁斎は冷徹な経営者の目でそのディールを分析していた。

『この男の提案に乗れば、我々はイングランドとイスパニアの代理戦争に巻き込まれることになる。リスクが高すぎる。だがこの男が持つ情報は利用できる』

仁斎はキャベンディッシュに一つの逆提案を持ちかけた。

「新大陸への侵攻は時期尚早だ。だが手始めにイスパニアの富の流れをもう少し細らせる手伝いをしていただきたい。そのための情報と兵は我らが提供しよう。そしてそこで得た利益は折半。…これならば悪くない話のはずだ」


それはキャベンディッシュにとっても断る理由のない提案だった。

こうして日本、そしてイングランドの海賊王による奇妙な共同事業が水面下で開始された。

彼らの最初のターゲットは、新大陸からアジアへ磁器や絹を満載して向かっている一隻のガレオン船。

その名を「サン・アグスティン号」という。


その会談が終わった後。

信長は一人仁斎に問いかけた。

「仁斎。なぜあの男の提案に乗らなんだ。新大陸、面白いではないか」

その瞳はまるで新しい玩具を見つけた子供のように輝いていた。

仁斎は静かに答えた。

「上様、焦りは禁物です。今はまだ力を蓄える時。いずれその時が来ればこの私めが最高の形で新大陸そのものを上様の前に差し出しましょう」

その言葉に信長は満足げに頷いた。

だが仁斎は理解していた。

『まずい。上様の眠れる魔王をこの海賊王が呼び覚ましてしまった。俺の描く経済による支配と上様の望む武力による征服。二つの歯車が少しずつ狂い始めている…』

仁斎は自らが進める壮大なディールの先に、新たな、そして最も危険な対立が待ち受けていることを静かに予感していた。

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