第四十三話:宣戦布告
その日開かれた評定は、これまでとは全く異質な空気に支配されていた。
仁斎と、彼が「招待」したイエズス会宣教師ヴァレリアーノが、信長と主要な大名たちの前で、その調査報告を行っていた。
壁に広げられた巨大な世界の地図。その上にヴァレリアーノから引き出した生の情報と仁斎の未来知識とが組み合わさり、一本の赤い線が引かれていく。
それは新大陸からアジアへ莫大な銀を運ぶ、スペイン帝国の生命線、マニラ・ガレオン航路。
「――以上が、加斯底羅人が海の向こうから莫大な富を得るための、仕組みの全てにございます」
仁斎は静かに報告を締めくくった。
『イスパニアの太平洋における収益構造はただ一点。このガレオン航路に集約されている。この大動脈を断てば巨人は膝をつく』
広間は静まり返っている。誰もがそのあまりに壮大な話のスケールに言葉を失っていた。
沈黙を破ったのは信長だった。
彼は玉座からゆっくりと立ち上がると地図の前に立ち、その航路を軍扇でなぞった。
そして、宣言した。
「決まった。我らは加斯底羅人の富の源流を直接叩く」
彼の鋭い視線が地図の一点を射抜く。
「最初の狙いは呂宋*だ」*現在のマニラ
そして信長は続けた。
「この前代未聞の戦の総司令官を任ずる」
誰もが固唾を飲んだ。秀吉亡き今この大役を任されるのは誰か。
家康か利家か、あるいは信長の血を引く一門衆か。
全ての憶測を裏切り、信長は意外な男の名を呼んだ。
「――島津義弘!」
「は…、はっ!」
名を呼ばれた島津義弘は、驚愕に目を見開きその場で平伏した。
かつての最強の敵。その牙を今日本のために振るえと信長は命じたのだ。それはこの新政権の懐の深さと、そして信長の常識に囚われぬ人事の妙を天下に示す瞬間だった。
天正二十年(1592年)夏。
九州肥前の港には異様な光景が広がっていた。
水平線を埋め尽くすほどの巨大な船団。仁斎の知識を基に日本の最高の船大工たちが作り上げた、和魂洋才の新型ガレオン船。その巨体には織田木瓜の紋と共に、信長の研究所が生み出した青銅製の新型大砲が何門も据え付けられている。
その船に島津の兵をはじめとする選りすぐりの五万の兵が次々と乗り込んでいく。
出撃を目前にした旗艦「安土」の甲板。仁斎は、船首で、海を見つめる信長の元へ、進み出た。
「上様。いくら我らの船が頑丈でも、外洋は危険にございます。御身自らマニラまでお出ましになるのは、あまりにリスクが…」
仁斎は初めて臣下として、その身を案じる言葉を口にした。
だが、信長は振り返りもせず笑った。
「案ずるな、仁斎。ワシとて、このワシの『家』の最も価値ある資産が何かは分かっておるわ。…ワシ自身よな? ククク。貴様の心配性もここまで来ると病よな。ワシの決定は覆らぬ」
仁斎はそれ以上何も言わず、ただ深く頭を下げた。
だが、その心の中では、別の計算がすでに始まっていた。
『…ならばこちらも、俺のやり方でやらせてもらうまで』
数週間後。
フィリピン、マニラ湾の沖合。
日本の大艦隊は水平線の向こうにその姿を隠していた。
ただ一隻だけ。武装をほとんど持たない一隻の使節船が静かにマニラ港へと近づいていく。
港を守るスペインの要塞からはその奇妙な船を怪訝そうに眺めている。
やがて日本の使節がフィリピン総督の前に通された。
使節は仁斎が起草した一通の書状を恭しく差し出す。
それは表向きは「東アジアの海上交易の安全と繁栄のための、共同事業」を提案するという丁重な内容だった。
だがその実態はマニラの港湾管理権と徴税権を日本へ譲渡せよという、事実上の降伏勧告だった。
『これはディールにおける最後通牒だ。相手に屈辱的な、しかし一見平和的な選択肢を提示する。彼らがこれをプライドゆえに拒絶したその瞬間、我々の武力行使は“交渉決裂に伴う、正当防衛”という大義名分を得る』
案の定、スペイン総督は激怒した。
「異教徒の野蛮人どもが! 我ら偉大なる帝国に何を戯言を!」
彼は書状を引き裂くと叫んだ。
「追い返せ! そして奴らの船に思い知らせてやれ! 我らを侮ればどうなるかをな!」
要塞の胸壁から一門の大砲が火を噴いた。
日本の使節船のすぐ傍の海面に大きな水柱が上がる。
威嚇の一発。
その瞬間を、大艦隊の旗艦「安土」の甲板で信長は遠眼鏡を通して見ていた。
彼の口元に獰猛な笑みが浮かぶ。
「…交渉は、決裂、か」
信長は遠眼鏡を下ろすと、隣に立つ総司令官、島津義弘に静かに告げた。
「――これより、呂宋の全面攻撃を開始する」
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