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第三話:本能寺の変

天正十年六月二日、夜明け前。

京の町は、まだ深い静寂の底に沈んでいた。


仁斎は、本能寺から数町離れた、予め手配しておいた町屋の二階で、息を殺していた。彼の傍らには、一人の男が控えている。


【対象:助右衛門すけえもん

* 組織内階梯: 足軽(雑賀衆出身)

* 資産(Assets):

* 健脚: 95

* 忠誠心(対仁斎): 88

* 状況判断力: 75

* 負債・リスク(Liabilities & Risks):

* 野心: 10

* 謀略への理解度: 5

* 定性コメント: 低リスクで実行能力(Execution)に特化した、信頼性の高い「駒」。短期的な密命に最適。

『優秀だが野心のない人間は、最高のアセットになる』


仁斎は、この日のために何人もの兵卒を【査定】し、最も確実な男を選び抜いていた。

「助右衛門。手筈は覚えているな」

「はっ。本能寺より火の手が上がりましたら、裏手の薬師堂へ。そこで『荷』を受け取り、いかなることがあっても近江・信楽しがらきの菩提寺までお運びいたします」

「良い。決して荷の中身は見るな。お前の役目は、運ぶこと。それだけだ」

「承知」


短い会話を終えると、再び静寂が戻る。

仁斎は、目を閉じ、意識を集中させた。彼の網膜の裏に、半透明のスクリーンが浮かび上がる。そこには、一つの項目が点滅していた。


【プロジェクト:織田家BCP】

* フェーズ1:CEO退避作戦

* ステータス:待機中(Standby)

* 成功確率:85%

* リスク要因:明智軍による脱出路の早期封鎖(10%)、影武者の早期露見(5%)

『心臓の音がうるさい。ディールの最終局面は、いつもそうだ』


黒澤仁であった頃、数千億円の資金が動くクロージングの瞬間も、同じ感覚を味わった。だが、今のディールは、動くカネがゼロだ。代わりに、己の命と、この国の未来が賭けられている。

その瞬間は、唐突に訪れた。

「時、は今…天が下、知る…!」


遠雷のようなときの声。続いて、法螺貝と、けたたましい鉄砲の轟音。

仁斎は、窓の隙間から東の空を見た。まだ夜が明けきらぬ空が、赤く染まり始めている。本能寺の方角だ。


【査定】のスクリーンが、激しく明滅を始める。


【対象:本能寺(織田家京都支社)】

* **ステータス:**正常 → 経営陣による急襲(Management Coup in progress)

* **企業価値:**8,000貫 → 4,500貫 → 1,200貫…(急速に減少中)

【対象:織田信長(影武者)】

* **ステータス:**正常 → 交戦中 → 終了(Terminate)

『影武者は、役目を果たしたか。上出来だ』


仁斎の思考は、燃え盛る炎とは対照的に、どこまでも冷えていた。

問題は、本命オリジナルの方だ。


【対象:織田信長(本人)】

* **ステータス:**危険(At Risk) → BCP発動、退避シークエンス開始(Evacuation in progress)


「よし…!」

仁斎は、思わず拳を握った。計画は、動いている。

「助右衛門、行け!」

「はっ!」


闇に溶けるように、助右衛門の気配が消えた。

あとは、無事に『荷』を確保できるか。スクリーン上のステータス表示が、祈るように見つめる仁斎の目の前で、再び切り替わった。


【対象:織田信長(本人)】

* **ステータス:**退避シークエンス完了 → 安全確保(Secure)

『フェーズ1、完了…!』

全身から、どっと力が抜ける。仁斎は、壁に背を預け、荒い息を整えた。

空が白み始め、京の町は阿鼻叫喚の巷と化していた。「上様、御自害!」「惟任様これとうさまの御謀反!」という怒号と悲鳴が、あちこちから聞こえる。


明智光秀は、今頃、信長の首を探して血眼になっているだろう。だが、見つかるはずもない。

歴史上、本能寺の変は、これで「完了」した。


だが、仁斎のディールは、ここからが本番だ。

半刻後。


息を切らした助右衛門が、部屋に転がり込んできた。

「申し上げます! 『荷』は、確かに。お約束の場所へ、お運びしております!」

「よくやった。下がれ」


助右衛門を下がらせると、仁斎は旅支度を整え始めた。

明智光秀は、この後、安土城を接収し、己の天下を宣言するだろう。だが、その支配は盤石ではない。

『光秀の最大の失策は、クーデター後の経営計画(Post Merger Integration)の欠如だ。他の役員(重臣)たちの同意を取り付けず、独断で動いた。これでは、他の株主(大名)からの支持は得られない』

仁斎が次に打つべき手は、一つしかない。


このクーデターを鎮圧し、経営権を奪還するための、最強の「代理人エージェント」を立てることだ。


仁斎は、懐から信長の私印を取り出し、固く握りしめた。

『待っていろ、羽柴秀吉。お前に、人生最大のディールを持ちかけてやる』


燃え盛る京都の町を背に、仁斎は西へ向かって走り出した。

備中高松城へ。


最強の営業部長を、織田家の「暫定CEO」に仕立て上げるために。

フェーズ2、『委任状争奪戦プロキシー・ファイト』による経営権奪還の始まりだった。


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― 新着の感想 ―
光秀含む大勢の前で誰か謀反するぞって言った後2人で密談した事分かってんのに本能寺の変したのマジ?
私も含めて大半の人はこういった経済戦には詳しくありません。ですので 「委任状争奪戦は『課長島耕作』や『部長島耕作』を読むと解り易い」 みたいに書いてあれば良いかなと思います。
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