第二十七話:石田三成
九州征伐を終え、国内の武力平定が完了した今、仁斎の思考は、次のより困難なフェーズへと移行していた。
それは「株式会社・日本」の企業価値そのものを向上させるための大規模な“バリューアップ”計画。検地による全国の資産の再評価、街道網整備というインフラ投資、そして、鉱山開発による資源の最大活用。
計画書は完璧だった。だが、仁斎はすぐに巨大な壁に突き当たる。
「仁斎殿、この帳面の数字は、一体、何のことやら…」
「そもそも、このような、国をまたぐ普請、前例がございませぬ」
大坂城の政務室。仁斎の前に座すのは、秀吉子飼いの歴戦の奉行たち。彼らは、戦場では勇猛な武将であったが、仁斎が示す複雑な収支計算や費用対効果の概念を全く理解できなかった。
『ダメだ。彼らのOSはあまりに古い。武功や家柄といった、旧来の価値観では、この国家規模のプロジェクトは運営できない。新しい“人材”が必要だ』
仁斎は、行動を開始した。
彼は、大坂城に仕える、全ての文官、全ての吏僚を集め、一人一人、その能力を【査定】していくという、途方もない作業に着手した。
帳面をめくる指の速さ、墨のすり方、声の張り。仁斎は、あらゆるデータを自らの思考に取り込んでいく。
そして、何百人という人間を査定した末、ついに、一人の若者のデータに、彼の目が釘付けになった。
末席で他の吏僚たちの雑務を黙々と、しかし驚異的な速さで処理している、痩身の男。
【対象:石田 三成】
資産(Assets):事務処理能力 98、計数管理能力 95、忠誠心(対・合理性)90
負債・リスク(Liabilities & Risks):対人協調性 10、柔軟性の欠如 70
定性コメント:極めて高い実務能力を持つ、完璧主義の“アナリスト”。人望はないが、一度設定された目標(KPI)を、寸分の狂いもなく達成する実行力は、他の追随を許さない。大規模プロジェクトのマネージャーとして、最高の適性を持つ。
仁斎は、その場で声を上げた。
「そこの、お主」
呼ばれた石田三成は、驚いたように顔を上げた。
「本日付で、お主を、検地奉行の一人に任ずる。俺の直属として、働いてもらう」
広間がどよめいた。身分も、実績も、ほとんどない若者の前代未聞の大抜擢。古参の奉行たちが、侮蔑と嫉妬の視線を三成に突き刺す。だが、三成は動じなかった。
その日の午後、仁斎は三成を自室に呼び、直接その能力を試した。
「三成。この国の、全ての田畑の石高を、正確に一年の内に洗い直したい。可能か?」
「…不可能です」
三成は、即答した。
「なれど、国を十の区画に分け、それぞれに責任者を置き、統一された基準で、同時に検地を行えば、三年で限りなく正確に近い数字を得ることができましょう」
それは、仁斎が考えていた、プロジェクトマネジメントの手法そのものだった。
仁斎は、初めて目の前の若者に、興味を覚えた。
「…面白い。ならば、そのやり方を、今、この場で、書き出してみせよ」
三成は、与えられた紙と筆を前に、驚異的な集中力で、計画の骨子を書き上げていく。人員の配置、必要な期間、予算の見積もり。その全てが、仁斎の思考を完璧にトレースしたかのように、論理的で無駄がなかった。
書き終えた三成は、顔を上げ、仁斎の目を真っ直ぐに見つめた。
「…長谷川様。私はこれまで誰にも理解されませなんだ。私のやり方は、常に融通が利かぬ、と笑われ、疎まれてまいりました」
彼の声には、初めて感情が滲んでいた。
「なれど、貴方様だけは、この三成の真の価値を見抜いてくださった。…この命、貴方様のために使わせていただきたく存じます」
三成は、その場で仁斎に深々と頭を下げた。
『最高の“プロジェクト・マネージャー”を、手に入れた』
仁斎はこの男とならば、自らの構想する、巨大な国家改革が実現できると確信した。
それは、この国の統治システムの歴史的な転換点だった。
武功や血筋ではなく、純粋な「能力」によって、人が評価され、登用される。
仁斎をトップとし、石田三成を実務責任者とする、新たな「テクノクラート(技術官僚)政権」が、豊臣家の内部に、静かに、しかし、確かに産声を上げた瞬間だった。
そして、その誕生は、必然的に古き武将たちとの新たな対立の火種を、生み出すことにもなるのだ。
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