第十話:清算(リクイデーション)
仁斎が「強制清算」の号令を下した瞬間、羽柴秀吉は獣のような咆哮を上げた。
「行けぇ! 者ども! 孤立した佐久間を喰い破れ! 鬼柴田の牙、この戦場でへし折ってくれるわ!」
今まで押さえつけられていた本隊が、堰を切ったように、孤立した佐久間盛政の軍勢へと殺到する。
それはもはや、戦ではなかった。
佐久間軍という一つの銘柄の価格暴落が、他の部隊の狼狽売りを誘い、市場全体がパニックに陥る**“マージンコール・カスケード”**そのものだった。雪解けのぬかるんだ大地が、朱と黒の泥濘と化し、無数の叫びを呑み込んでいく。仁斎は、その光景を丘の上から、ただの現象として観測していた。
【対象:柴田軍全体】
**ステータス:**指揮系統に連鎖的混乱(Cascading Disruption)
**士気(Morale):**70 → 35 → 10…(パニック売り発生)
この連鎖的崩壊を決定づけたのは、柴田軍の有力武将、前田利家の戦線離脱だった。
『前田利家という大口投資家が、我々の“ベア・レイド”を見て、柴田株のポジションを完全に手仕舞った。これで、柴田勝家は担保価値が融資額を下回る**“LTVブリーチ”に陥り、再起不能の“コラテラル・コール”**(追加担保要求)を受けたも同然。破産は確定した』
天正十一年四月二十四日(1583年4月24日)。
賤ヶ岳の戦いから、わずか数日。羽柴軍の怒涛の追撃の果てに、柴田勝家の本拠地・越前北ノ庄城は、紅蓮の炎に包まれた。賤ヶ岳での決戦から、わずか70日余り。巨大な抵抗勢力の完全清算は、驚異的な速さで完了した。
秀吉は、亡き主君の妹であるお市の方を救うべく、最後の使者を送った。
だが、城からの返事は、天を焦がす炎となって返ってきた。
仁斎は、遠眼鏡で、燃え盛る天守を見据えていた。彼の【査定】スクリーンが、最後のデータを静かに映し出す。
【対象:お市の方】
**ステータス:**覚悟(Determination)99%
**負債・リスク:**なし
**最終評価:織田家の誇りを体現する、プライスレスなアセット。しかし、彼女自身の強い意志により、買収(救出)は不可能。柴田勝家と共に、自発的な自主清算**を選択。
仁斎は、初めて、己の能力の限界を知った。
人の価値は数値化できても、人の誇りや、死を選ぶという意志までは、計算できない。
「…見事な、EXITだ」
誰にも聞こえぬ声で、そう呟いた。
北ノ庄城の落城と共に、柴田勝家という名の「旧取締役会」は、完全に解体・清算された。
秀吉は、名実ともに、織田家における最高権力者の地位を固めた。
勝利に沸く陣営の中で、仁斎は一人、思考を次なるステージへと進めていた。
『柴田勝家という巨大な不良債権の償却、完了。これで、織田家という“会社”の内部整理は、ほぼ終わった。Post-Proxy-Integrationは、最終段階へ移行する』
だが、と仁斎は思う。
『市場には、我々と同じく、天下という名のマーケットシェアを狙う、もう一人の巨大な競合が存在する』
仁斎の視線は、地図の上で、越前から東へと滑る。
そこにあるのは、三河の国。
この一連の騒乱の中、着実に自らの地盤を固め続けた、あの男の領地だ。
『徳川家康。次のディールは、彼との究極のM&A交渉だ』
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