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3.僕の復讐

「おや、旦那様。ディミトリ様方とご一緒ではなかったのですか?」

「うむ。疲れたのでな。私だけ先に帰らせてもらった。息子達は夜遊びに繰り出すそうだ」


 新しい友人に気を遣って、よほど疲れているのだろうか。

 虚ろげで少し顔色も悪いトリュフォー氏を出迎えて、彼のジャケットを受け取った使用人は、珍しい事もあるもんだと首を傾げた。

 普段なら、不機嫌になっているかご機嫌になっているかの二択なのに、と。


 それから数日後、トリュフォー氏の家に息子達が死んでいるとの連絡が入り、葬儀が教会にて執り行われた。


 普段閉まっているはずの空き家の扉が開いていたため、おかしいと思った地元の住人が確認したところ、トリュフォー氏の息子達の遺体を発見したそうだ。


 遺体のうち一体は動物に食い荒らされており、残りの二体は空の皿やグラスがおかれたテーブルのところで発見された。


 さらに、遺体の近くにはアヘンが落ちており、刺されたわけでも、首を絞められた訳でもないため、薬物中毒で死んだのではないか、と葬儀に出た者の間では言われていた。


 その後も奇妙なことがあった。


 息子達の醜聞に、絶望したのか精神を病んだのか葬儀を終えた直後、トリュフォー氏は全財産をファビアンに譲ると記載した遺言状を弁護士に託すと、その日の夜、庭の木に首を吊ったのである。



 新たな葬儀が終わった後、ファビアンは父が使っていた執務室の椅子に腰掛け、大きくため息をついていた。

 急にこの家の当主となったため、対応に追われてここ連日、自分の時間など彼には全くなかったのだ。


 自由に動けないと落ち着かなくなってくる。

 彼がふと窓の外に視線を向けると、夕日が当たった木の枝にきれいな青い鳥が止まり、羽根を休めているのが目に入った。


 立ち上がり静かに部屋の窓を開けて、すうっと深呼吸をする。

 そして、その鳥に向かって微笑み、良いものを持ってくるからちょっと待ってろと呟くと、彼は自室に戻って目的のものを取りに行った。


「君にプレゼントだ。ちゃんと受け取ってくれ」


 ファビアンはその鳥に向かって再度微笑むとーーー


 餌ではなく、手に持った自作のスリングショットをヒュッと引き、その弾を投げつけた。


 しかし、狙いを外したため、鳥はバサバサと羽音を立ててどこかへ飛んで行ってしまった。

 はぁ惜しかった、とファビアンはまたため息をついて机の椅子に再び座った。


 こういう時は小鳥狩りをして気分を落ち着かせたいのに。


 それでも、この事については悲しむ必要はない。

 父の遺産がすべて自分の手の中に入ったのだ。

 これからは、別にこんなものではなく本物の銃も扱えるんだ。

 自分だけやらせてもらえなかった狩猟もできるじゃないかと彼は笑った。


 また、あの金髪の男が言ったように、父親が亡くなったあと、自分を馬鹿にしていた使用人たちも急に180度態度を変えた。

 そのことにも彼は笑いが止まらないようだ。


 それに、今までは父の言う通りのものしか作ることができなかったが、これからは自分の好きなものを好きな時に作れるんだ。


 商会の経営なんて興味ないし、どうでもいい。

 やりたい人間にやらせれば良い。

 遺産を元手にすれば製作に集中できるーーー


 と、彼は父親がいなくなったことを喜んだ。



 しかし、父親がいなくなったことで別の問題が新たに起きた。


 父を失ってしまったため、これからは誰が自分に鞭を振るってくれるというのだろう。


 傍から見れば、あれはただの折檻だったように思われているだろうが、その実態は痛みの快楽から来る創造意欲増進のため、自分が甘んじてあれを受け入れていたのだ。


 一方、自分が打たれている時に羨ましそうに見ているディミトリの顔……普段偉ぶっている彼が、悔しそうにしているのも愉快極まりなかった。


 だって、彼からしたら自分の方が父から"本物の寵愛"を受けているのだから。


 父ももちろんその事は知っていた。


 自分には鞭をくれる事で、作品を更なる高みへと昇らせることが出来るのに、ディミトリはただ性的興奮を覚えるしかなくーーー

 つまり、彼にとっては苦痛が彼自身を慰めるための褒美となってしまい、与えても無駄だったのだ。


 そのため、ディミトリに懲罰を与えたい時は、あえて自分が呼ばれ、鞭を打ち付けられている姿を見せつけていた。


 だが、これについても金さえ払えば喜んでやってくれる人間はいるはずだ。だからやる人間が変わるだけで、さほど問題はないだろう。



 一方、本当に残念だったのはジュリエットの件だ。


 そう思ったのはこれで二回目だ。

 と、ファビアンは自分の幼少期を思い返し始めた。

 

 自分は愛人の子供だというのに、ディミトリ達の母親は本当の母を亡くして可哀そうな子、と言って涙を流し、自分のことを抱きしめてこの家に迎えてくれた。


 けれども、継母の愛を感じられる幸せな時間は長く続かなかった。

 三男を出産した後、彼女は重い病にかかりベッドから動けず苦しんでいた。

 そして死んだ。

 

 その後、父に剥製作りを教わり、なぜこれをもっと早くから教えてくれなかったのだと心底思った。


 これを知っていれば、優しかった継母の姿を永久に留めておくことができたというのに。

 とはいえ、当時の技量を思えば、完全なものとは程遠いものが出来上がったのは想像に難くないが。


 そして、今に戻ってジュリエットの件である。


 いつも聖女のように清らかで、誰に対しても分け隔てなく優しく親切だった彼女。

 舞踏会で二人で踊り明かし、幸せだと思った瞬間に朝を迎えて、目が覚めてもう彼女はこの世にいない……と何度絶望したことか。


 虐げられている自分でさえも、気にしてくれたジュリエット。


 父を怒らせ、お気に入りの剥製を燃やされてしまい、泣いていた時も彼女は優しくしてくれた。

 そんな彼女を穢し、少女のまま殺してしまうなんて。本当に本当に悔しくて仕方なかった。

 

 なぜ、自分の思い描いた世界は奪われてしまったのだろうか。


 自分の夢は彼女が大人になったところで、彼女の刻を永遠に止め、あの優しいまなざしを向けてくれる姿のまま、自分のそばに置いておくことだったのに。


 もし、その願いが叶ったのなら今の技量でも十分だが、さらにもう数年経験を積むのだから、もっともっと完成度は高かったはずだ。


 それを毎日、毎日、楽しみにして生きていたというのに。

 きっと、完成品を見たら父だって怒りを忘れて大喜びしていたはずだ。

 どうして待ってくれなかっただろう。


 だが、認められるとうれしかったと同時に、大嫌いでもあった父はもういない。

 これからは何をどうしようと自分の自由だ。


 辛抱強く継母やジュリエット達のように、清らかで優しい女性が現れるのを待っていなくても、自ら狩りに行けばいいのだ。


 そして、そのような女性を見つけたあかつきには、今度こそ自分の夢を現実するとしようーーー


 例え嫌がってたとしても。



 ファビアンがそう考えに耽っていると、コンコンと自室のドアがノックされた。

 気が付けば夜を迎えており、時計を見れば、金髪の男と約束していた時間になっていた。


「どうぞ」

 と彼が言うと、部屋の中には金髪の男が入ってきて、挨拶よりも前に約束通り"報酬"を貰いにきたと彼に告げた。


 ファビアンは男の事をチラリと見た後、軽くため息をついて机から小切手を取り出し、金額を記載して彼に手渡した。

「たったのこれだけ……?」


 想像していた金額よりも俄然低い額に、金髪の男は眉間にシワを寄せた。


 家族への復讐を金髪の男から提案されたファビアンは、迷ったが最終的にそれを受け入れた。

 ただし、復讐についてはさすがにタダでは引き受けられない。それなりの金銭での見返りが必要だとファビアンは言われていたのだ。


 ファビアンが世間知らずだから、その額にしたのかと金髪の男は一瞬思った。

 しかし、それはどうやら違うようだった。


 なぜなら、呆れた顔をしながら小切手を見つめている彼に向かって、ファビアンはいつの間にかクロスボウを向けていたのだ。

 しかも、それには銀色の矢が刺さっている。


 金髪の男は小切手を机にそっと戻すと、用意周到だねと言って、両手を天に向かってあげた。


「名前を教えてくれなかったからわからなかったけど……君の正体がわかったよ。ヴァンパイアなんだろう?」

 唐突にファビアンはそう言って笑った。


 家族が相次いで急に変な死に方をしているから、悪魔、特にヴァンパイアに見出されたのではないかと教会の神父から尋ねられ、さらに君の身も危ないのではと心配して言われたと言う。


「神父からそう言われたけど、そんなのは架空の話だ。馬鹿馬鹿しい。だって、君は同じ学校であんなにも気の弱そうにしていたラウルじゃないか。さっき思い出したよ」


 背も低く、力も弱く、しょっちゅうディミトリ率いる一味に小突かれ、意地悪され、時には泣き、常に教室では目立たないようにしていたラウル。

 大人しいと言われていた自分よりも、圧倒的に弱い存在だったラウル。


 背がかなり伸びていたおかげで気づかなかったが、正体がそれなら別に怖くも何ともないと彼は言った。


「へぇ。ようやく思い出してくれたんだ。嬉しいな。でも、それならそんな物騒なものは不要じゃないか?」

 その問いに、ファビアンは念には念をだと言った。


「どうせすぐに復讐したらバレるから、何年も経ってからあんな事をしたんだろう? そしてわざわざ僕に声をかけて、殺しを依頼するように仕向けるだなんて」

 なかなか君も執念深い。だから用心してこれを出したと彼は言った。


「あの時の君は弱いくせにしぶとかった……僕が何度も忠告してあげたのに」

「忠告だって? あれが?」

「ああ。あれは僕からの優しさだよ」


 実はディミトリ一味とは別に、ファビアンもひっそりと誰にも見られないところで、ラウルに嫌がらせをしていたのである。


 教科書をズタズタにするのに始まり、ある日ぶつかってきたと思ったら腕を切られていたり、終いにはラウルが後ろを向いて作業していた時に首を締めてきた、ということもあった。


 彼も皆から大人しく気弱な人物として見られていたので、まさかそんな事をするとは誰も疑わなかった。


「普通、ディミトリ達にあそこまでやられていたのなら、すぐ学校なんて辞めれば良かったのに。だから、僕なりに君が早く学校を辞められるよう手伝っていたんだ」

 僕の行為は、あくまでも君を思っての優しさだったんだ、と彼は言った。


「それに、実際僕は人を殺したことがある。だから僕が本当に君を殺してしまう前にどうにかしなければ、という自制もあった」

 

 ファビアンは継母のことを回想した。

 なぜ、治る見込みもないというのに、みんなそんなに彼女のことを看病するのだろう。

 苦しみだけを長引かせるだけで、継母がかわいそうじゃないか。


 それなら……


 自分がこっそり彼女を殺してあげた。毒入りの水を渡して。とても穏やかな最期だったと思う。

 弱いものに優しくしてあげる必要なんてないと、父の教えには背くことにはなったけど、と。


「あと、君は寸前で退学してしまったけど、実はディミトリ達もしぶとい君にイライラし過ぎて、監禁して犯そうと計画してみたいだよ。思い起こせばあの時の君は女の子みたいだったからね。ドレスを着させ化粧もさせたら、案外ディミトリの好みだったのかもしれない。それか僕に殺されるか。どっちが良かったんだろう」

 ファビアンは肩を竦めならがらそう言った。


「優しさか、なるほど。犯されるか殺されるか……なんとも気味の悪い情報をありがとう」

 自慢ではないが、自分の双子の兄が女装した姿を見た事があるので、化粧したらかなりの美少女になっていたことは想像がつく。

 きっと、仕上がった僕を見て飛びついたはずだ。

 ディミトリに僕の処女をあげずに済んで、心底ホッとしてると彼は返した。


「それで、この後は僕をどうするつもりなの?」

 ラウルは手を上げたまま、ファビアンにそう尋ねた。


「君はどうせ、今の金額を受け取ったとしてもまたせびりに来たりするんだろう? それか僕の事も、どうやったのかわからないけど、ディミトリか父のようするか」


 それ故に、このまま生かしておく方が危険だ。

 でも、ちょうど剥製の腕試しするには良い材料になりそうだ。君の顔はとても綺麗だからね。

 そう言う訳だから、そのままその場に膝をつけとファビアンはラウルに命令をした。


「わかった。いいよ、君の指示に従う」

 ラウルは彼の指示通り、素直にその場に膝をついた。

「だけど、喋れなくなる前に言いたい事を言わせてもらいたい」

 その願いにファビアンは鼻で笑うと、どうぞと言った。


「君は何点か勘違いをしているんだ」

 ラウルはファビアンを見つめ、彼の勘違いを指摘し始めた。

「まず、君は僕のことを人間だと思っているけど、本当に僕はヴァンパイアなんだ。だから……こんなことだって出来る」


 パチン。


 ラウルが突然指先を鳴らすと、静寂に包まれているはずの庭の方からバンッ!! と大きな爆発音と共に何か割れる音が聞こえた。


 その音に驚き、ファビアンは窓の方へ近づいて外を確認すると、剥製を作るための小屋が盛大に火を吹き、燃えているのが見えた。


 彼は目を大きく開き、絶叫した。

 あそこには愛用している道具が置かれているというのに! 急いで消火しないと! と。


 彼はラウルの事は放っておき、大急ぎで小屋に向かおうとしたのだが……なぜか文字通り足がその場に張り付いてしまって動かない。

 必死に動かそうと思っても、うんともすんとも言わなかった。


「あのね、ファビアン。僕のことを弱いと言っていたけどそれも違うし、今の時間を考えてごらんよ。もう夜なんだ。真昼間ならともかく、夜なら僕らの独壇場なんだよ」

 跪いていたラウルは微笑みながら立ち上がると、動けないでいるファビアンからスッとクロスボウを取り上げて机に置いた。


 僕らを狙っているハンターだって、主な活動時間は僕らの寝てる昼間に活動を行うんだ。

 わざわざ活動している夜に戦いを挑むなんて、相当なアホか、自惚れ屋か、或いは僕たちと同等の力を持っているものだけだ。


 素人が手を出したらそんなの瞬殺されて終わるだけだよ、とさらにラウルは言った。


「あと、君が僕に施した"優しさ"の件については……君にとっては些細な事だったかもしれない。でも僕の心を折らせて、退学する決意に至ったものがある」


 それはーーー


 僕のペンをわざわざ目の前で折った事だ。


 でも君は

 『ごめん、ワザとじゃなかった。自分の手が勝手に動いてしまっただけだから、許して欲しい』

って笑いながら言ったね。


 あのペンは、僕の亡くなった母様が進級祝いだと、僕のためにデザインして作ってくれたものなのに。


 母様が見守ってくれていると、僕の心の支えにしていた物なのに。


 もう二度と手に入らない、とても大切な物なのに。


「今思えば、僕も素直にディミトリ達のやっていたことを父様に相談して止めさせれば良かったんだ。あんな小心者、すぐに制裁を与えたら手のひらを返しただろうし」

 そこをちゃんと言えなかったのは、やっぱり僕は弱かった証拠だよね、とラウルは思い返しながら過去の自分を笑った。


「でも、君に関しては異質だった。君は彼らと全く違う。本当に心の底からいじめる事を楽しんでいた。例え制裁を与えても、効果なしで反省の色なんて見せなかっただろね」


 もし、僕がひたすら悪に魅入られて、血を求める事よりも誰彼構わず人を殺すこと自体が快楽だというヴァンパイアなら、君を喜んで仲間に迎えただろう。

 人を殺すって楽しみを分かち合えそうなんだもの。


「けど、僕はそうじゃない」

 そう言ってラウルは、ファビアンの手を取ると自身の左胸に当てさせ、心臓の鼓動がない事を確認させた。


 心音がない。つまり死体そのものが動いている……その事実に、ファビアンは目を見開いて顔を青ざめさせた。

「そして君が仲間になったのなら、君は弱い人間を嬲りながら狩る一方、君好みの女性は永久に同じ姿でいられるように仲間にして、ハーレムでも作るのかな? ……でも、君の表情を見る限り、動いてるよりも何も喋らないほうが好みっぽいけど」


 だって、動いてしまったら君が"支配している"気にはならないはならなさそうだもんね。

 下手したら、仲間の方が強くてまた君がいじめられる側に回る、いや愛想を尽かされてハーレムから逃げられてしまうかもしれないしね。

 と、ラウルは小馬鹿にするように笑った。


 それからラウルは机の方に移動すると、先ほど置いた小切手に0の数が足りないと言って、ペンを取り数個書き足してポケットにしまった。


「そうそう。金もせびりに来ると言ってたけど、そんな面倒な事する訳ないよ。それに、とてもじゃないけど君がこの家の資産を上手く管理していけるとは到底思えない」

 君みたいなタイプは、たかが外れると一気に散財することが目に見えてる。だから、一括で回収させてもらうよとラウルは言った。


「さあ、これで終わり……なんて言うと思った? 君はとても悲惨な環境で育ってきたみたいだけど、そんなの僕には知ったこっちゃない。僕をいじめていたって事実には変わりないんだから。その分のお返しは利子をつけて倍にさせて貰う」


 次は何をするつもりだと言いたげなファビアンを尻目に、クロスボウから銀色の矢をラウルはそっと抜き取った。

 鋭く尖った先端を軽く指で触り、素晴らしい仕事をしてくれそうだと言って、ファビアンに近づくとーーー


「ギャアアアアアァ!!」


 耳を塞ぎたくなるほど部屋中に、ファビアンの苦痛に満ちた大きな叫び声が響きわたった。


 ドンッ! という衝撃音と共に、なんとラウルは先ほどの矢をファビアンの足の甲に向かって思い切り突き刺したのだ。

 手加減無しで突き立てたため、矢はファビアンの足を貫通し、床にまで突き刺さっている。


「それは腕を傷つけられた方のお返し。でも、心の痛みはそんなもんじゃない」

 あまりの痛みに悶絶し、泣き叫んでいるファビアンに向かってラウルは笑みを浮かべると、鼻歌を歌いながらこの部屋に続く扉を開けた。


「わぁ、本当にすごい。君の父上が言っていた通りだ!」

 ラウルの視線の先には、今までファビアンと彼の父親が作っていたと思われる剥製だらけの部屋が目に映っていた。


 そして、その中に入って行くと、これかなぁと言って、金の台座に乗っている白鳥の剥製を手に取ると、部屋を出て痛みと格闘しているファビアンから少し離れた位置に置いた。


「これを壊したら、君はどうなるんだろう。それも修復できないくらいに」


 その言葉にファビアンは顔を歪ませると、お願いだから止めてくれ、止めてくれ! と大きな声で叫んだ。


「あぁ。やっぱりこれが当たりか。君の父上が怒りに怒っている時でも、これについては流石に壊すのが勿体無くて手が出せないって言ってたからね。でも、壊したいなぁ」

 首のあたりをポキッと折ってみようか? と、ラウルは白鳥の頭に手を添えている。


 そんな彼に対して、先ほどの叫びよりもなお大きく、止めてくれ! 止めてくれ! とファビアンは叫んだ。


 君に今度はちゃんと謝るから! そんな酷い事をしないでくれ! 

 それは、自分の中での最高傑作なんだ!


 今感じている足の痛みには我慢できたとしてもそれだけは……!!


 とファビアンは目に涙を浮かべながら必死に壊さない事を懇願した。


「謝るだって? そんなのもう遅いし、心からの謝罪じゃないんだろうから要らないよ。でも、これだけ壊すなんて僕はセコい事をしないよ。やるならもっと派手にやらないとね!」


 その顔は、この状況でなければ、天使のように無邪気な若者の笑顔に思えただろう。

 だが、ファビアンにとっては恐ろしい悪魔の笑顔でしか無かった。


 止めろ、止めろ!! とファビアンが叫んでいるのをお構いなしに、ラウルは明かりとして置いてあった燭台を手に持つと、隣の剥製部屋に行き、適当に火をつけ始めた。


 瞬く間に、その火のおかげで剥製部屋は明るくなった。


 部屋から出てきた後、ラウルは扉を開けっぱなしにして

「時期にこの部屋も火が延焼……ああ、もう来ちゃった」

と言ってるそばから、炎はすでに手を伸ばし、部屋の扉の枠をメラメラと燃やし始めていた。


 白鳥の剥製を取り戻すため、足に刺さった矢を抜こうとして泣き叫んでいるファビアンを置いて、彼は部屋の出口へ一人向かうと

「焼死って一番辛いらしいけど、君の最期にはピッタリだと思う。大好きな剥製と一緒に燃やされるんだから寧ろ喜びなよ。優しさっていうのなら、これが僕の優しさかな。じゃあね」

と彼に向かって言って、執務室から出ていった。


 部屋からはファビアンの咳と絶叫が聞こえ続けているのに、誰も部屋の様子を見にこようとはしない。

 きっと、さっきの爆破に驚いて消火活動か野次馬に行っているのだろう。

 時期にここも窓から炎が見えて、人が集まってくるはずだ。近道は……


 ラウルは廊下の端にあった窓を見つけると、助走をつけてその窓に向かって体当たりをし、盛大に窓ガラスが割れる音を響かせながら彼は二階から地上へと飛び降りた。

 

 細かいガラスの破片が体に降り注いだため、しゃがみ込んだ大勢から立ち上がり、それをパッパと手で払っていると、鋭い破片があったのか彼の頬の一部をスッと傷つけた。


 手についた血を見て、ああ、やってしまったと彼は軽く笑ったが、ものの数秒には血は止まり傷も完全に塞がった。

 この体になってから、どんな傷をつけてもたちまち治ってしまう。

 便利だと思うと同時に、人間に対して誤魔化すのはなかなかテクニックが必要だけど、と彼は独りごちた。


 そうこうしているうちに、案の定、大変だ今度は屋敷が燃えているぞ! 早く水を! という使用人たちの声が耳に届いた。


 彼は人気の無いうちに、何メートルもある屋敷の柵に向かってジャンプすると軽々とそれを乗り越えて、外の小道へと出て路肩に止められていた馬車に乗り込んだ。


「無事、回収できたよ」

 ラウルは服のポケットから小切手を取り出すと、彼を待っていたベアトリスにそれを見せた。

「あら、なかなかね。これで当分は……」

と、彼女が言いかけたところでラウルはこう声を被せた。


「支援金の回収はこれだけじゃないよ。他にもアテはあるんだから」

 ベアトリスに向かって微笑んでいる彼の脳裏には、ディミトリの後ろにひっついて彼をいじめていた連中の姿があった。


 まさか、こんなところで彼らが役に立つとは。

 わざわざパーティで金持ちを探す手間がだいぶ省けた。

 良家や金持ちの子息しか通えない名門校に入れてくれた父様には本当に感謝しかない。


 さて、次は誰にしようかな。


 彼は鼻歌混じりで、とても楽しそうに"支援者"の選定に考えを巡らした。


◆◆◆

 

 それから、彼らは新たな支援者達から得た資金を元手にパリに滞在していた。


 ベアトリスとラウルは、食事のためにパレ・ロワイヤルに立ち寄っていたのだが、酒場の方から、薔薇の館が放火された件の犯人はまだ見つかってないらしいとの声が聞こえてきた。


 すると、急にベアトリスが彼の腕を引っ張った。

「どうしたの?」

 ラウルがそう尋ねると、彼女は目線を遠くの方に向けて、ハンターがいると彼に耳打ちをした。


「今日はあんまり派手なことは出来ないみたい。場所を変えましょう」

 ベアトリスは、ここはパリなんだから他にも候補地はあると言って、馬車を拾おうと大通りの方へ行こうと彼を誘った。



 そして、大通りに出た彼らが馬車に乗り込もうとしていると、突然、待ってくれ! と黒髪の男から声をかけた。


 ラウルはベアトリスの方に

「先に移動してて。懐かしい顔が僕に会いに来たみたいだから」

と彼女だけを馬車にのせて出発させた。


 息を切らしながら、男はラウルに近づく。

 そして、彼はやはりそうだ! と言って破顔した。


「なぜ、どうして急にいなくなったりしたんだ。私がお前の事をどれだけ心配していたと思う? 無事でよかった。ああ、私の大切なラウル!」

 彼はそう言って愛する弟を力強くギュッと抱きしめた。


「……久しぶりだね、兄様。僕はこの通り元気だから大丈夫だよ。ところで、その格好はどうしたの?」

 ラウルはいきなり抱きしめられた事に驚きつつも、兄ユリエルの何故かボロボロになっている服装を指した。いつも服装にはとても気を遣っているはずなのに。


「あぁ、これか。これはちょっとしたトラブルがあっただけだ。それよりも、今までどこでどうしていたのか話を聞かせてくれ」


 ラウルは良いよ、もちろん。

 と言って、自分を溺愛している兄に向かって妖しく微笑んだ。

 最後までお読み頂き、ありがとうございます。


 なお、こちらの話の続きは、下記の第46話に繋がります

「血族奇譚ー月下の夜に交わした約束ー」

https://ncode.syosetu.com/n9093ez/


<宣伝>

同じようにざまぁ系の話

「婚約破棄した男が嵌った罠 -ある娼館での出来事-」

https://ncode.syosetu.com/n3917jo/


よろしくお願いします。

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