私は信じる、あなたが好きだから
私は手に持つ茶器を空へ向けて、透かして見ていた。
今日は久しぶりの青空だから、白い茶器は、薄っすらと空の青を透かしている。 私はニヤける口元を到底隠す事など出来なかった。
「うん! もう最高よ、ラピス! どこにも異常なし。 ヒビも入っていないし、釉薬のバランスが良いわ。 茶器の口元に向かって徐々に薄く施釉出来ているし。 これなら、お茶を口にした時に口触りの良い器になるわね。 本当にラピスったら凄いわ! 腕を上げるのも、なんて早いのかしら! 」
お父様が、先祖代々から続くウィルトス窯元を継いだのは2年前。 前代のおじい様なんて死ぬ間際まで土を練っていた程、身体の隅までウィルトスの職人魂が息づいている家系だ。
褒められたラピスは、頬をポリポリ掻きながら照れている。
「そうか、良かったよ。 ロサの…… 教え方が上手いんだよ 」
ラピスは一年前、王都から離れた、この山奥にある我が家の門前で倒れていた。
納品を終え、帰ってきた父が慌ててラピスを抱えて来て死んだおじい様が使っていた空いているベッドに寝かしつけた。
それから気がつくと、おじい様の部屋は、そのままラピスの部屋になっていた。
ラピスはぼんやり意識を戻しては、また眠ることを三日も繰り返して、四日目の朝にようやくベッドを離れた。
私はラピスの作る器に、正直少しの違和感を抱いていた。
余りにも出来が良すぎるから。
(うちの窯元では、まだ半人前扱いだけど… 私の目から見て、ラピスは素人ではないと思う。 でも… 初めて会話した時、ラピスは器の事は知らないと言った…… うちの技法とは違う何か…… 上手く言葉に出来ないけど )
我が家の窯元は、王家や貴族からの注文が殺到する人気窯だ。 器には、うちの窯元の証として、裏に窯印が浮かんでいるのが特徴だったりする。
文字通り、窯印の字が器から浮かんでいる。 普通は刻印として、器に描き込められているはずだろう。
なのに、我がウィルトスの窯印は器の表面に浮かんで現れる不思議な窯印なのだった。
それが父と私の誇り。 代々、ウィルトスの後継の血だけが受け継ぐ、一子相伝の証だったから。
ラピスは窯印をじっと見つめている。
目元には、焦燥感のようなものが浮かんでいる。
「ラピス、どうしたの? 」
ハッとした顔で、ラピスが私を見て首をフルフルと振る。
指で窯印をなぞりながら
「ここの窯印綺麗だよね。 今回の茶器は、ロサが窯印を描いたの? 」
「うん、これはそうだね。 私も最近やっと、描かせてもらえる様になったんだよ。 でもね、ラピスの作った器がまだ売れない様に、私の窯印も練習中だから売れないけどね 」
「そう…… でもなんで、窯印を描く時は、俺がいない時なの? 」
「それは… 見せられないから…… 秘密なんだよ 」
私は人差し指を口前で構えて、小さく笑った。
ラピスは小さく溜息をついて、それ以上は踏み込んではこなかった。
(ラピスは最近、何かに焦っているみたいだわ。 うちの秘密も知りたがっているみたいだし…… ラピスの悩み… 聞いたら教えてくれるかな? )
私はこの一年間…… ラピスとペアを組んで、器製作をしているせいか、ラピスから放たれる言い知れぬ不安を感じとっていた。 つい手持ち無沙汰になり、土をこねり始めてみるのだが…… 。
ラピスが話題を変える。
「親方さまが…… 今度開かれる、公爵家嫡男の婚約式で使用する茶器を窯元のみんなで競い合って、一番良いものを納品するらしいよ。 俺とロサも…… 資格があるって言っていたけど 」
「えっ! そうなの? なんで私より先にラピスが知っているのよ! お父様や親方様達、総勢20人の競い合いかぁ。 ラピスは一人で何か作るの? 」
今日のラピスは煮え切らない態度ばかりだった。
「正直迷っている。 まだ…… 」
「まだ? 」
「いや、何でもない。 ロサは一人で?
それとも俺と組む? 」
「私も迷うな…… 。折角のチャンスだし。 自分の力を試してみたいじゃない? ラピスにとっても、いい機会だと思うけど? 」
私の目を見ながら、ラピスの目が揺れている。
(?…… ラピスどうしたんだろう? )
「そうだね…… ねえ、ロサ。 …… 君は、今までに… 迷った事はない? ここから出たいと、思ったことはない? 」
今なんて?
「えっ? ラピス…… 何を言っているのか分からないよ? 今日はどうしたの? 」
「うん、そうだよね…… ごめん。忘れて、ロサ 」
途端に暗く、重い雰囲気になった。
私は耐えきれず、目についた手元を汚している練り土や散らばった道具達を片付けていると、ラピスは無言で手伝ってくる。
(やっぱり、ラピスは優しい…… でも、最近のラピスが、やっぱり変だわ )
近いうちに、ラピスに色々と聞かなくちゃいけないかな……
私は一年も経っていたのに、ラピスの事を何も知ろうとしなかった。 もしからしたら、知るのが怖かったのかもしれない。
(私って、こんなに臆病だった?…… )
みんなでワイワイと食堂に集まり、夕飯を済ませる。
私は、その喧騒の中で暗い顔をしていたラピスが気になって仕方なかったーー
…… その夜。
ラピスは姿を消してしまった。
私は昨日の会話や、今までのラピスとの出来事を思い出して、必死にいなくなった理由を考えていた。
(なんで?…… ラピス。 一体、どこに行ったの? 何も言わずに )
ラピスは夜まで、確かにこの窯元にいた。
食堂で朝食を食べる時には、顔を出すこともなく部屋に呼びに行き、初めて姿を消した事が分かったのだ。
元はおじい様の部屋だった、ラピスの部屋には書き置きも無く、荷物も残されたままだった。
お父様と私は麓に降りて、王都街の自警団にラピスを探してもらう様に頼んで、ウィルトスの窯元に帰って来た。
私はいつも、ラピスのことを考えている。
いなくなったラピスが、いつでも帰って来られる様に、部屋の空気を入れ替え簡単な片付けをして待っている。
外を歩いていてもラピスを探してしまう。
しかし、どんな事情があったとしても、公爵家の婚約式は待ってはくれない。
私は、茶器のデザイン画をラピスの部屋で描いていた。
亡くなったおじい様の資料が、壁一面の本棚にしまってあるから都合が良い。
私はその中から、茶器の資料ノートを取り出してパラパラとめくっていた。
「ん? 薔薇のデッサン資料が破られている? 薔薇のページが、丸々無くなっているわ! 」
慌てて、すかさず他のノートも調べてみた。 私は自分でも分かるくらい顔色は真っ青になって、ガクガクと身体が震えていた。
「釉薬の配合表も無いわ! 」
(まさか! なんてこと! ラピスが! )
私は怒りで、目の前が赤く染まった!
「お父様! ラピスが! 」
二冊のノートを握りしめると部屋を飛び出し、父のいる作業場に走っていた。
「うわー、久しぶりに『怒りのロサ』を見たな 」
「ほんと、ほんと。 ラピスが来てから、大きな猫をかぶっていたからな。 ハハハ 」
「ロサ、あんまり怒ると顔が戻らなくなるぞ 」
私の説明を聞いても、お父様も窯元の仲間も誰一人ラピスを疑わない?
「みんな…… ラピスがうちの、窯元の製造方法やデザインとかを持ち出したのに…… なんで、そんなに笑っていられるの!! 」
ワナワナと震える手で握るノートは、クシャッと形を変える。
最年長の親方は、しょうがないなって顔をして、私を宥めるように優しい声で話始めた。
「ロサ、俺たちはな、腹の中まで人の考えている事が分かる訳じゃ無いぞ。 でもな、職人はその姿勢で…… 仕事を見てれば分かるんだよ。 ラピスはそんなやつじゃ無い 」
「親方様…… でも 」
「なんだよ、ロサ。 本当はお前さんが一番、ラピスを信じたいんだろ。 だから怒っているんじゃないのか? ハハハ 」
目尻の笑い皺を深くして親方様が微笑む。
他の窯元仲間もみんな笑っている。
(私が一番…… ラピスを信用していなかったの? )
その時、お父様が言った。
「これは、不味いことになったかもしれないな。 今から王城に行ってくる。 ロサはここにいて、仕事を続けなさい 」
「お父様! 不味いことって何!? 」
私はお父様の二の腕をガッチリ掴んで、必死に聞いた。
「落ち着け、ロサ。 お前、本当にラピス事になると途端に冷静さを失う。 好きなんだなあ…… 。ラピスも、とんだお転婆娘に惚れられたもんだ。 苦労するだろうな、奴も 」
「あ!?…… え? 」
私は、自分でも気づかなかった気持ちをお父様から言い当てられ真っ赤になった。
窯元の仲間もニヤニヤと笑っている。
「み、みんな、何よ! 」
「ロサ、まだ確定ではないが。 今から王城に向かい、城の役人達に話を通すよ。
国王様との謁見は、すぐには無理だろうから。 帰ったら疑念に思う事をロサにも話すから、今は手を離しなさい 」
少し命令口調のお父様だが、目元は優しい。
私は下を向き、スゴスゴとゆっくり手を離した。
「分かったわ、ごめんなさい… お父様。 いってらっしゃい 」
お父様は私に、優しく頷いてくれた。
「さて、みんな仕事に戻ってくれ。 もう半年を切っている、公爵様の茶器が最優先だ。 窯焼きの順番もあるし絵付けもある。 他のことに気を取られている場合じゃないぞ! 」
親方様の喝で、みんなの顔が引き締まる。
もちろん私も。
(今はラピスの事は考えない…… 決めた!
私、決めたわ! 絶対に… ラピスを信じる!って )
私は、心が決まると…… 自ずと気持ちが、楽になった気がした。
夕方、父が帰って来ると作業場ではみんなが手を止め話を聞く事にする。
お父様は、みんなの中から私を見つけ一つ頷くと、お母様にお茶を頼んだ。
「まずはロサ、落ち着いて話を聞きなさい。いいな? 落ち着いて聞くんだぞ 」
父の念押しが気になったが、素直に頷く。
頃合い良くお母様の淹れたお茶がみんなに配られた。
「朝話した疑念だけど、ラピスは自分から、このウィルトス窯を出たんじゃなくて…… 連れ去られたと思うんだ 」
私は驚愕して、嗜められた事など忘れてしまい動揺して聞き返した。
「お父様、それは、どういう事!? 」
「ほら、ロサ。 落ち着けと言っただろ? ラピスはな、隣国のカウサ王国の者だったよ。 王城の役人に聞いたら、[尋ね人]として隣国から通達があったそうなんだ 」
「なんでラピスが[尋ね人]なの? 何か悪い事でもしたの? 」
「んー、悪い事と言うか…… 隣国から逃げ出したようだ。 ラピスは隣国では、天才陶芸士と言われていたそうだ。 6歳で修行に入ると、みるみるうちに頭角を表し、18歳で史上最年少の王家勲章を授かると、伯爵家の授与も賜ったそうだよ 」
私はお父様の説明がすぐには理解出来なくて、疑問が口をつく。
「なんで! なんで、そんな凄い人が…… 逃げるような事を?…… 」
「それは分からない。 だが…… 何故か似ているんだよ…… 昔あった出来事に。 ロサ。 うちにはな、昔… 隣国のスパイに入られた事があったんだ 」
「えっ? スパイ…… ? 」
「ああ。 うちの窯元の器の色は、カオリーン石やショーエーイ石に牛の骨やら混ぜて粘土を作るだろ? その比率を探るために、スパイが入ったんだ。 でもな、比率だけ求めても釉薬やゴスの発酵期間やら…… そしてうちの窯印の秘密…… それらが何一つ欠けても、うちの透き通る白は出せない。 剛を煮やしたスパイは、当時子供だった、今は亡きじいさんを誘拐したんだ 」
「おじい様、誘拐されたことがあるの? 」
「そうらしい。 私も産まれていない、昔の話だからね。 当時下っ端だった、親方さんが気付いてくれて、すぐ跡を追うことが出来たらしいが…… その時スパイは、必要な資料を破り、持ち去る時に人質のじいさんを着の身着のまま連れて行ってね。 なんかラピスの事と似てないかい? 」
「あっ! 」
「多分、まだこの国を出てはいないだろう。当日すぐに、自警団に知らせておいたろ? その後、王城の護衛騎士団に連絡が行き、国境も封鎖され検問が引かれたからね。 ラピスはまだこの国にいる。 だからロサ、ラピスが帰ってくる事を信じよう 」
お父様の説明を聞いて、私はやっと安心する事が出来た。
「…… はい。 お父様 」
(ラピス…… 一瞬でも疑ってごめんね。 でも、もう迷わないからね。 また一つ、心の中でラピスを信じる材料が増えた。 ううん、材料なんて無くても…… 私はラピスを信じるわ! )
ラピス……
ラピス……
何度も繰り返し、心の中でラピスの名前を呼ぶ私だった。
その一ヶ月後…… 突然事件は、やってきた。
ウィルトス窯元に、王家の護衛騎士団が雪崩れ込んで来たのだ。
よく見ると、見慣れない制服を着た騎士団一行もいる。
「これはなんの真似ですかな? 」
父の目が据わり、ギロリと睨みを利かしていた。 私は突然の事に立ちすくんでいると、お母様が肩を抱きしめてくれた。
しかし王家騎士団も手慣れた物で、必要な説明する。
「今、この場には、我が国の護衛騎士団と隣国の王立騎士団がおります。 隣国の通報により、このウィルトス窯元に[尋ね人]を隠していたと罪状が届きました。 隣国の王立騎士団立会のもと、この窯元を調べる事になりました。 協力願いたい 」
お父様は、周りを見渡して到底納得など出来ない様子で、声に怒りが滲み出ていた。
「それで? 我が王国は、隣国の話を鵜呑みにして、アホ面さげてノコノコとお見えになったのですかな? 」
「なにを!無礼者!」
なんと隣国の王立騎士団の一人が、サーベルに手を掛けた。
親方様が、お父様のウィルトス侯爵を庇うように騎士の前に立った。
「ほほほ。 お待ちくだされ、騎士殿。 私は、このウィルトス窯で最年長の職人、
ドクトゥスと申します。 この窯元で働き、かれこれ60年になりますぞ 」
「それがどうした、ジジイ 」
隣国の騎士は、態度が悪い。 私は怒りでムカムカしていた。
「ほほほ。 近頃の若者は、気が短くていかん。 しかして何故? 隣国の騎士の中に、40年以上も前に我が窯元に忍び込んだ、スパイがおるのだろ? 」
親方様は不敵に、ニコニコ笑いながら隣国のスパイを指さした。
隣国騎士の中で、やけに歳をとった細身の者がビクッと身体を硬直する。
「な、何を言う! 老いぼれの話は、当てにならん! とっとと中を調べるぞ! 」
隣国の騎士達が、我が家に入ろうとした途端に我が王家の護衛騎士団が止めに入った。
「待て。 何故、お前に従わなくてならんのだ? 今の話が確かなら、こちらの態度も変わるだろう。 隣国の騎士達を捕らえよ!」
隣国の小さな国の騎士団達は、あっという間に我が王国の護衛騎士団に捕らえられた。
お父様が、捕らえられた中にいる元スパイにゆっくり近づいた。
「懲りずに二度も来るとはな。 お前は、余程の馬鹿か? 愚鈍なのか? いくら我がウィルトスの器に魅力があったとしても、二度も来るか? それにな…… いくら形だけの資料を盗もうが、真似をしようが、我が直系の窯印を最後に描き込めなければ、ウィルトスの透ける白器にはならないのだよ。 残念だったな。 無駄な事をせず、ラピスの行方を教えてもらおうか。 うちのロサが、悲しんでいるのでね 」
みんなが一斉に、ロサを見た!
「おっ… お父様! 何を!? 」
私は真っ赤な顔で狼狽えた。
縛られていた元スパイは、片方の口を歪に曲げた。
「ククク…… あいつも馬鹿だな。 こんなに可愛い娘がいたのに、窯元の秘密を探るために忍び込んで失敗したなんてね。
なぁ、お嬢さん。
ラピスもな、スパイなのさ! ククク 」
私はこの、卑怯な奴の言葉は信じない。
(ラピスを信じてる )
「貴方の言うことなんて、信じないわ。
ラピスはどこ? 」
「はあ? 馬鹿か、お前! ラピスは資料を持って逃げたんだよ! ハハハハハ 」
王立騎士団の一人が嘲笑う様に吠えた。
私は顔色すら変えない。
(ラピスを信じてる )
「あいつ夜中に、こっそりここを抜け出したんだろ? 」
「もう今頃は、うちの国に帰ってるだろうな。 国王様に媚びている頃さ! ハハハハハ 」
また違う王立騎士団達も話の加勢をする。
何を言われようとも
(ラピスを信じてる…… ん? 今、この騎士は今頃って言った? 隣の王国には、1週間もあれば渡れるのに…… 1ヶ月経った今頃って。 やっぱりラピスは、まだこの王国にいるんだわ! )
恐ろしさを押し殺す様に話す、王立騎士団の若者を見て思うのは、可哀想ってこと。
「それで? 」
私は冷静に口を開いたけど、嬉しさで少し声が震えた。
するといきなり私の前に、母の背中が割り込んできた。
「ああ、ロサの『それで?』って、父親と口癖が一緒になんだから。 我が娘ながら、可愛いわ。 さて、団長 」
護衛騎士団の団長は、お母様に視線を落として笑っている。
「なんか面倒なので、ぬるい事はやめましょうね。 最後の真実を語るまで、拷問部屋の地下牢でやっちゃってくださいませね。 ね?団長 」
捕らえられていた、隣国の似非騎士達の顔色がサッと変わった。
「ご…… 拷問…… 」
「そ、そんな…… 」
「君から、団長と呼ばれるのは久しいな。 国王の命を受け、渋々ここに来たのだが… どうやら隣国の狸に、一泡吹かせられそうだな。 近頃は国境近くで小競り合いが多かったが、これを機に決着が着きそうだよ 」
それは、それはお母様。
元は王家の護衛騎士団の一人だった。
手に取るように、これからの展開が読めているらしい。
骨の無い口先だけの隣国の王立騎士団を見て、我が王家護衛騎士団の団長に向かって、堂々と一言宣ったのだった。
「いいとこ… 二日くらいかしら? 」
王家護衛騎士団の団長も黒い笑みを零す。
「いや、一日持つか、どうかだろ? 」
「ふふふ。 では、よろしくお願いしますね。 団長 」
「もちろんだ、任せなさい 」
二人の静かな笑いが、一番怖かった。
父と私は、怒らせてはいけない人を再確認するのであった。
それからラピスは、すぐに見つかった。
灯台下暗し…… ラピスは王立騎士団のために与えられた、我が国王城の客人部屋に隠されていた。
部屋の床下にある、小さな物置に縛られて衰弱した様子で見つかった。
敵国は、我が家の資料を盗んだ後にラピスを連れてカウサ王国に帰り、模倣品を作らせるつもりだったようだ。
ラピスは王家の医術者に診てもらい、衰弱していただけと分かると、その日のうちにウィルトス窯の我が家に帰ってきた。
「う…… う…… や、やめろ! 俺は…… ぜ、絶対に…… ウィルトスを… 裏切らない! やめろ! 」
ハッと、ラピスの眼が見開いた。
「はぁ、はぁ、はぁ…… ゆ、夢? ここは…… 」
辺りをキョロキョロして、ラピスは側にいた私を見つけた。
「ロサ…… ? 」
「大変…… だったね…… ても私、ラピスに…… 聞きたいことが…… いっぱいある…… 」
ラピスは下を向いたまま、暫く黙ったままだった。
「まだ、話したく無い? 」
ラピスは私を見て首を振った。
「ううん、そんなことないよ。 話さなきゃ駄目だって…… ずっと後悔してた。 俺は… ロサに… 弱い俺の事を話すのが怖いけど…… 聞いて欲しい 」
私はラピスご話しやすいように、静かに微笑んだ。
「俺は隣国の…… カウサ王国から……逃げてきたんだ 」
一番の疑問だった事を聞いたせいか、思わず聞き返してしまった。
「なぜ…… 逃げたの? 隣国では、天才陶芸師だったって聞いたわ。 私が初めに聞いた時は、器の事なんて知らないって言ってたし…… どうして… どうしてラピスはそんな事を言ったの? 私を… 騙したの? 」
ラピスの手が震えている。
「俺は、騙してなんかいない! 俺がカウサ王国から逃げたのは…… 国王様やカウサの師匠から、万に一つもあり得ない要求が続いていたから」
「有り得ない…… 要求? 」
「ああ、そうなんだ。 うちの王国は、小さくて資源も財源も少ない。 芸術や文化的財産で、栄えようとしたんだと思う。 けど欲が増して、到底できないことばかり要求してきて…… 造っても! 造っても! 造っても…… 壊されていったんだ! その度に、俺の心も壊されて…… 」
震えるラピスの掌にポタポタと涙が落ちていた。
「まさか、すべての作品を壊されたの? 」
ラピスは、コクリと頷いた。
「だから…… カウサ王国から許しを得られないまま、俺は国を出たんだ。 言っても出してもらえたか…… あのままカウサ国にいたら、俺は壊れていたと思う。 暗闇を彷徨い…… もがいて…… もがいて…… いくら手を伸ばしても、どこにも辿り着けなかったんだ! でもある日、見つけたんだ 」
「見つけた? 」
「古いノミ市で…… ウィルトス窯の皿があったんだよ。 暗闇の中に差した優しい光だった。 俺は震える手で裏を返したら、ウィルトスの窯印があって、気が付いたら飲まず食わずで馬車や馬に乗り継いで、山奥のこのウィルトス窯元まで来てしまった。
そして目を覚ましたら、ロサがいた。
天使かと思った。 俺は初めて見た時から、
君から目が離せなかった。
俺は…… 君には、嘘をつかない! 言い訳に聞こえるかもしれないけど、器の造り方を知らないって言ったのも
『ここの窯元の器の造り方を知らない』って意味だった。 俺は、どんな小さな事も君にだけは、嘘をつきたくなかった…… 嘘をつく位なら、余計な事は話したくなかった…… だって俺は、君が…… ロサが好きだから 」
ラピスの告白は、何日も苦しかった私の心を温かく包んだ。
(ラピスだから、信じられたんだわ )
私は震えるラピスの手をそっと握った。
「ラピス…… 苦しかったね 」
ラピスの手は、まだ震えている。
「俺は連れ去られる前…… 焦っていたんだよ。 いつまでもロサのそばに居たかった。 早くこのウィルトスの技法を覚えて、ロサと助け合っていきたかった…… 話そうとしたんだ、ロサに全部…… なのに、連れ去られて 」
ロサはラピスの手を強く握りしめながら涙を流していた。
「ラピス…… 物を作るって苦しいよね。 私も苦しいし辛い。 でもここが好きなの。ここで…… ウィルトスでやっていきたいから、私は逃げないわ! ラピスも逃げないで…… まずはカウサ国に帰って、ちゃんとケジメをつけて。 私待っているから! それじゃダメなの? 」
私はラピスが、一生お尋ね者になる事が怖かった。
ラピスが苦しそうに、片手で額を覆って黙り込む。
「ラピス、この窯元が持つ名前の意味…… ウィルトスは『勇気』って意味なの。 私達の仕事は、常に人の評価が付き物よね。 とても怖い事だわ。 でも自分の創造する物に嘘をついてはいけない。 他に惑わされず、信念を持って…… 勇気を持って作っていこう…… って、祖先が意味を込めて付けたのよ。 ラピスは私に、嘘をつかなかった!
あなたはもう、立派なウィルトスの人間だわ! だから…… 」
ロサの言葉にラピスは静かに話した。
「ロサ。 俺がカウサ国に帰ったら、ここにはもう…… 帰って来られないと思うよ 」
ガチャリと扉が開いた。
「入るよ 」
「お父様…… みんな…… 」
ラピスはベッドの上で、ガバッと頭を下げた。
「侯爵様! 親方! みなさん! 本当にすみませんでした! 」
みんなの顔が綻んでいる。
「うん、少しは元気が戻ったようだな。 お前が謝る事は無いだろ。 安心しろ… もうお前は、この国の人間になったんだ。そしてウィルトスの、本当の仲間になったんだよ 」
私とラピスは声を揃えて
「「えっ?」」
同じリアクションで聞き返していた。
お母様はうっとりするほど蕩ける笑みで
「ラピス、今回は大変だったわね。 まぁ逃げてきたのは、褒められたものではないけれど。 でも夜中に部屋に忍び込まれて、連れ去るような国には、居たくもないでしょう。 ふふふ…… 団長から聞いた、あの狸の慌てようったら 」
「コホン。 まあ隣国の狸は、手下を使って二度も我がウィルトス窯元にケチを付けてくれたんだ。 普段は忘れられているが、この国の侯爵家に手を出したなら、どうなるのか分からないのかね。 うちの王国より、遥かに小さな国如きが! 」
説明しながら興奮してきたお父様に代わって、親方が口を開いた。
「で? ラピスどうするんだ? カウサ国に帰りたいかな? 」
最初は小さく首を振っていたラピスだったが、次第にその振りは大きくなった。
「嫌だ! 帰りたくない! 俺はここが良い! ロサがいる…… このウィルトスにいたい! 」
ラピスの目から、ボタボタと涙が溢れていた。 ロサも泣いている。
「良い返事だ、ラピス。 お前は職人だろ。 職人は職人らしく、造る事に心を砕けば良いんだよ。 注文聞きも必要だが、職人の心を打ち砕く奴のことは、聞く必要もない。 ラピスは俺の弟子になった時から、子供も同然だ。 ここのみんなは、お前の家族だ。 これからもよろしくな、ラピス 」
「親方様!! 」
ラピスはベッドから飛び起きて、親方に抱きついた。
ロサは手を広げたまま、固まっていた。
(ここは私に抱きつくんじゃないの? )
あれからお母様が楽しそうに、事の顛末を話してくれた。
「ふふふ。 カウサ国の王立騎士団は、駄目駄目だったわ。 だって、全然騎士らしくないんだもの。 あの狸、騎士を集める金も無かったのか寄せ集めも良いとこだったわ。
あれからね、捕らえた騎士達を地下牢で、見せしめに騎士の一人をすこーーーし拷問しただけで、全員が簡単に白状しちゃうんだもの。 カウサ王国には、大量の賠償金と詐欺師のラピスの師匠には、極刑を言い渡されわ 」
「えっ? 俺を連れ出しただけで? 師匠が極刑!? 」
「ちょっと待った! 違うわよ。 あんな奴は師匠じゃ無いわよ。 少しかじった程度で、天才陶芸士の上に立つなんて。 それなのに、こんなに出来る子に育つなんて……。 ラピス、あなたやっぱり天才よ。コホン、それでね。 昔このウィルトスで情報を盗み、幼い頃のお祖父様を誘拐までしたのよ。 極刑は妥当だわ 」
「誘拐? 師匠が…… 」
「だから、師匠じゃ無いって! 」
あまりの情報量にラピスは言葉を無くしていた。
「お母様、ラピスはどうして帰らなくても良いの? 」
私は早く知りたくて、口を挟んだ。
「カウサ王国には、莫大な賠償金とね、ラピスをうちの王国に…… そしてウィルトスに残す事を条件に入れたのよ。 ラピスの本当の家族も、近いうちにうちに来るわよ 」
「ああ…… 奥様…… ありがとうございます 」
もうラピスの男前な顔は、ボロボロの涙で跡形も無くなっていた。
私はラピスの背中を摩りながら、一緒に嬉し涙を流した。
「さて、あなた。 我がウィルトスは、あのクソ狸をこのままに? 」
黙って腕を組んでいたお父様は、ニヤリと笑い
「まさか。つくづく君が妻で良かったよ 」
昔のウィルトス窯ならいざ知らず、お母様が嫁いて来たのに…… 狸のこれからは風前の灯なのだろう。
我がウィルトス窯元は、物作りのプロだが商人でもある。
商人は売る事も買う事も情報も世間操作までもプロなのである。
何百年と続いたウィルトスを敵に回す事を小さな国が果たして太刀打ち出来るだろうか…… いや出来ないだろう……
ラピスの家族、と言っても両親だけだが、二人がこの国のウィルトス窯元に到着して暫くたった頃には、カウサ王国は地図から消えていた。
「どう、ラピス? いよいよ焼き窯から器を出すわよ。 良い? 」
「うん、冷ましも完璧だし。 二人の合作だよ。 早く見たいな 」
みんなが窯の前を囲んでいる中で、蓋をしたレンガを一つずつ外していく。
まだ中の熱さはあるが、出入りはできる。
公爵家の婚約式に出す茶器には、薔薇の絵付けを施した。
薔薇の絵付けは、ウィルトス独特の方法で描くと浮き上がって見えるのだ。
親方とお父様が茶器を手に取り、じっくりと見ている。
空の光に透かしてみたり、釉薬や絵付の位置、そして触り心地までじっくりと。
「うん、良いだろう。 何も…… 一つの文句のつけようも無い 」
お父様が感嘆していた。 親方も顎髭を撫でながら満面の笑みを零している。
「ラピス、ロサ。 お前たちのもので、決まりだな 」
「「やったー!」」
私たちは嬉しさのあまり、抱き合いお互いの努力を讃えあっていた。
そんな二人を見ながら
「親方。 いつからラピスを後継にと、思われていましたか? 」
「ほほほ。 そうだな…… 初めからだよ。
昔から<器の御言>を聞くことが出来る奴は、器の神様に愛されると言われているだろ? あいつの纏う空気は、まさに職人のそれだった。 先代のヤツと同じもんがラピスには流れている。 わしが生きているうちに、このウィルトスの後継が見られるとは…… 長生きはするもんじゃな 」
「そうですね。 父の誘拐も…… このウィルトス次世代の為にあった、布石だったのかもしれませんね 」
親方とウルトゥス侯爵は、信じ合うラピスとロサの明るい未来とウィルトスの未来を重ねて大きく笑いあった。
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