カスタネダ(2)
『・・・
彼は長いこと私を見つめていたが、やがて
ある曲を口ずさみはじめた。
わたしは背筋をのばし、注意深くすわっていた。
ドン・ファンがメキシコの曲を口ずさむときは
いつもわたしを打ち負かしそうになるときだと
いうことがわかった。
「おい」彼は笑って言い、わたしをじっと見つめた。
「おまえのブロンドの友だちはどうしちまったんだ?
おまえが本当に好きだったあの娘だよ」
わたしはきっと、オロオロする白痴のように
彼をみたにちがいない
彼はひどくうれしそうに笑った
何をいっていいかわからなかった。
「おまえが話てくれたんだよ」
彼は、安心させるようにこういった。
しかし、誰かについて彼に話した記憶など
なかったし、ましてブロンドの娘のことなど
話した覚えはなかった
「そんなことを言ったことは一度もないよ」
「いや、たしかに言った」
まるで話しを簡単に片付けてしまいそうに、
彼はいった
わたしは言い返したかったが、彼がそれを
止め、彼がどうして彼女のことを知っているか
など問題ではなく、大事なのはわたしが彼女を
好きだったということだ、と言った。
わたしのなかで彼に対する大波のような
にくしみがわいてくるのを感じた。
「オタオタするな」ドン・ファンはドライに
こう言った。
「今こそ、自尊心てやつを断ち切る時だな。
以前、おまえには女、それもひどく大事な女がいた。しかし、ある時彼女を失ってしまったんだ」
わたしは、彼女のことをそれまでに
ドン・ファンに話したことがあったかどうか
思い出そうとした。
そして、そうした機会が一度もなかった、
という結論に達した。
しかし、あったかも知れない。
彼がわたしの車に乗ると、いつもあらゆる
ことをとりとめもなく話していたからだ。
車を運転しているときはノートをとれなかった
ので、話したことをすべて覚えておくことは
できなかったのだ。
自分の結論のおかげで、なんとか、気持ちが
和らいだように感じた。
そして、彼のいうとおりだと言った。
それまでに、たしかに、とても大事な
ブロンドの女性がいたのだ。
「なぜ彼女はおまえといっしょじゃないんだ?」
「行っちまったのさ」
「なぜ?」
「理由はたくさんあるよ」
「そう多くはないな。たったひとつだ。
自分をあんまり手近に置きすぎたのさ」
わたしは心底、彼のいっていることの
意味が知りたかった。またもや急所を
突かれてしまったのだ。
彼はその効果に気づいているらしく
意味ありげな笑いを隠そうと、口をすぼめた。
「だれもがおまえら二人のことを知っとったな」
彼は自信たっぷりにこう言った。
「それが悪いのかい?」
「そうとも、致命的だ。彼女は素晴らしい人だった」
わたしは、彼の奥歯にもののはさまった言い方は気にくわない、とくにまるで現場を全部見てきたような自信満々な言い方が不愉快だ、と
正直に自分の気持ちを話した。
「しかし、それは事実だ」と、彼は気持ちを
和らげるような率直な口調でいった。
「わしはそれをぜんぶ見て(・・)きたんだ、
彼女はすばらしい人だった」
わたしには、議論しても無駄だということは
わかっていたが、古傷をさわられたことに腹が
たち、その女性はそれほど素晴らしい人でも
なく、自分の考えでは、彼女はかなり弱い人だといった。
「おまえもな」と、彼は静かに言った。
「しかしそんなことは重要じゃない。
大事なのは、おまえがどこへでも彼女を探し
まわって行ったってことだ。
それが、彼女をおまえの世界での特別な人に
しちまったのさ。
それに、特別な人には、すばらしいことば
だけを使うものだ」
わたしはドキマキし、たいへんな悲しみがこみあげてきた。
「ぼくに何をしているんだい、ドン・ファン?」わたしはきいた。
「いつもぼくをうまく悲しませるけど、なぜなんだい?」
「今度は感傷にあまえるのか」彼はとがめるように、こう言った。
「いったい、大事なのはなになんだい、ドン・ファン」
「近づき難くなるってことさ」こう、彼は
はっきり言った。
・・・
』
いいところで終わってしまいたしたが
大学の研究フィールドワークのため
ソノラのインディアンで強力な呪術師の
ドン・ファンを取材していたカスタネダは
だんだんと知らないうちにドン・ファンの弟子になっていくのですが
私も本屋の精神世界のコーナーに
ど〜んと置かれていたカスタネダの「呪術」
関連本に、こんな禁断の本を読んで大丈夫なのか?とワクワクしていたのですが
読んでみたらほとんど呪術はでてこなくて
どちらかといえば、道教の道士の修行、
禅宗の修行僧、修験道の山伏の修行に通じる
世界の話しでした
それにしても、本人をみつめるだけで
過去を手に取るように透視できてしまうんですからすごい話しですが
弟子に対してしかしないそうです
二見書房 呪師に成る イクストランへの旅
を参照しおります。