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 平凡がいい。目立ちたくない。ただただ心穏やかに生きたい。


 外出は職場と家の往復のみという軽い引きこもり人生が終わったのは25歳の冬。

 仕事帰りに駅の階段で足を滑らせ転落。


「今までの人生が走馬灯の様に」と言うが、本当なんだな・・・と思いつつ、ぼんやりと記憶を辿った。

 お母さんごめんね。でもお兄ちゃんがいるからきっと大丈夫だよね。


 遠くなる意識の中、視界が徐々に狭くなり、やがて真っ暗になった・・・と思ったら、すぐに視界が広がり始め、眩しくて思わず目を細めた。


「大丈夫か!?」


 どこかで見たことあるなと思いつつ、身体を支えてくれている男の子と明かりの灯った杖を片手に心配そうに覗き込む男の子の顔を見つめて思い出す。


 あっ!昨日クリアしたばかりの乙女ゲームの攻略対象者アーサー様とオスカー様の少年期だ!

 スチルでも可愛かったけど、実物はもっと可愛い!


 あれ?なんで?

 現実と夢の区別がつかなくなってる?階段から落ちたのは夢?こっちが夢?


 掛けられる声が次第に大きくなり、身体を揺さぶられて強引に思考を中断させられる。


「リリー!しっかりしろ!」


 えっ?誰?

 あのゲームにそんな名前のキャラクターいたっけ?


 察するに、階段を落ちた私は乙女ゲームの世界に転生したのだろう。だって、本当に痛かったもん。あれが夢ってことはないと思う。ただ、ヒロインでも悪役令嬢でもない、聞いたことのない名前で呼ばれている。


 誰だっけ・・・?

 一生懸命思い出そうとするが、どうしようもなく強い眠気が襲ってきて、今度こそ意識を手放した。

 


 次に目を覚ますとふかふかのベッドの上で、目を真っ赤にしたオスカー様が心配そうに覗き込んでいた。


「リリー!大丈夫か?わかるか?」


「・・・うん、大丈夫。お兄様。」


 うん、思い出した。私はオスカー=マーティンの妹、リリー=マーティンだ。


「平凡が一番」がモットーの前世の私は、乙女ゲームをしながらも「こんな身分が上の人がお相手なんて、クリア後の人生が大変そう。もし自分がゲームの世界に転生するとしても、モブがいい!ヒロインと攻略対象者のイベントを間近で鑑賞したい。」と常々思っていた。

 どうやらその夢が叶ったようだ。


「グスッ・・・良かった・・・グスッ・・・毎晩、血まみれのお前が「お兄様、酷い!」って睨んでくる夢を見るんだ。」

 オスカー様が大粒の涙を流しながら、震える声で夢の内容を告げる。


 あらぁ・・・それはなかなか厳しい。悪いことをしたわね。こんなに小さいのに、そんな夢をみたらトラウマになっちゃうよね。


 トラウマと言えば、あれ?オスカー様の妹って、オスカー様が7歳の時に亡くなったんじゃなかったっけ?

 幼馴染の第三王子のアーサー様たちと「肝試し」って言って、魔物がいる森に嫌がる妹を無理矢理連れて行って、挙句、逃げ遅れた妹を置いて行って・・・そりゃ枕元に立つわ、「お兄様、酷い!」って。


 それが原因で心に大きな傷を負ったまま成長したオスカー様をヒロインが癒していくんだよね。


 でも、私生きてるよね?

 魔物の毒に侵されて、数ヶ月苦しんだ後に・・・ってことはないよね?

「念願のモブに生まれ変わりましたが、すぐに人生終了しました。」なんてオチじゃないよね???


 せっかく生まれ変わったのに、お兄様が8歳になるまで怯えて過ごした私は、毒などの影響もなく、その後も健康に育ち、無事お兄様と同じ学園に入学しました。


 お兄様とアーサー様に学園を案内していただいていると、ウェーブのかかった薄いゴールドの髪に薄紫の瞳のキラキラオーラを纏ったヒロインさんがすごい勢いで近付いて来て、いきなりお兄様に話しかけました。

 お兄様の隣にいる私を一瞬睨んだ様に見えましたが、ヒロインさんが人を睨むなんてありえないですよね。気のせいでしょう。きっと。


 突然話しかけられ戸惑いながらもお兄様はヒロインさんと会話をされていましたが、私が妹だとわかるとヒロインさんの元々大きな目がさらに見開かれて「えっ?うそっ?どうして・・・?」とつぶやかれていらっしゃいました。


 なるほど、ヒロインさんも転生者というパターンですね。

 私も転生者だとわかると面倒なことになりそうなので、大人しくしておきましょう。


 ゲームのお兄様は、一見優しそうな好青年ですが、心に大きな傷を抱えていたため所謂「ヤンデレ」と言われるキャラでした。


 お兄様ルートのハッピーエンドは、結婚しても屋敷に軟禁状態、トゥルーエンドは監禁、バッドエンドは無理心中でした。


 お兄様に入学式早々突撃してくる(隣のアーサー様に脇目も振らず)ということは、お兄様一択で、尚且つ、そういう愛をお好みということですよね?


 好みは人それぞれなので、愛のかたちにどうこう言うつもりはありません。ただ、この世界のお兄様はトラウマがないため、見た目通りの好青年に育っています。なので、ヒロインさんがこの後どう動くか考えると嫌な予感がするので、極力近付かないようにしようと思います。


 でも、嫌な予感というものは大概当たるものです。


 階段で突然後ろから押されて落ちそうになったり、中庭を歩いていると上から植木鉢が落ちてきたりなど、下手をしたら命を落としかねない出来事が度々起きました。


 それら全てを「たまたま通りかかった」とおっしゃるアーサー様が助けてくださったので事なきを得ましたが、アーサー様がいなかったらと思うとゾッとします。


 ある日、お兄様から生徒会のお仕事で遅くなるため先に帰るように言われたので、一人で迎えの馬車に向かいました。すると突然現れた男の人に口を塞がれ、あっという間に気を失ってしまいました。


 どのくらい眠っていたのでしょう。気付くと薄暗い部屋の床に手足を縛られて寝転んでいる状態でした。

 

 顔を上げ辺りを見回すと声がかかりました。


「気付いた?」

 

 ヒロインさんでした。


「ねぇ、あなたなんで生きてるの?あなたのせいでオスカー様がヤンデレじゃなくなっちゃってるじゃん!今からでも消えてくれないかな?」


 とても頭に来ました。トラウマを抱えるのはとても辛いことです。それを今からでもお兄様に与えたいと言うのです。


「あなたは本当にお兄様のことが好きなのですか?好きな人には笑っていて欲しいと思わないのですか?苦しめたいだなんて、本当の愛とは言えないと思います!」


「うるさいっ!モブのくせにっ!モブは大人しくヒロインを輝かせていればいいのよっ!」


 うわぁ・・・前世で転生ものの小説をたくさん読んだけど、ヒロインがあまりにも酷過ぎて「ここまで酷い人いる?」って思ってたんだけど、いたわ、ここに。


 リリーに転生してることに気付いて早10年。淑女教育のおかげで身に付いた丁寧な言葉遣いが、ヒロインさんのあまりに酷い態度に、思わず前世の私が出てきちゃったわ。


 ヒロインさんが右手を上げると背後に控えていた男の人が、手に短剣を持って私に近付いてきました。


 せっかく真面目に魔法の勉強をしたのに、両手を縛られていて何も出来ない。

 ふと思い出すのは飄々とした、それでいて温かみのある人懐っこい笑顔。

 また「たまたま通りかかって」くれないかな・・・


 そう思った瞬間


 ドゴーーーンッ!!!


 凄まじい爆音と共に扉が吹っ飛び、短剣を持った男の人諸共飛んでいきました。


「やあ、リリー。たまたま通りかかったんだけど、大丈夫?」


 入口にはアーサー様が立っていました。


 本当に来てくれた。

 ふふっ、こんな所、たまたま通りかかるわけないじゃない。

 涙が出そう。


 いつも助けてくれる。あの時も。

 魔物に襲われた後、意識を引き戻されたあの光が治癒魔法だったことに今更ながら思い至った。


「えっ?なっ?えっ?」


 突然の出来事に口をパクパクさせるヒロインさんにアーサー様が冷たく言い放ちました。


「階段で突き落とそうとしたことや、植木鉢を落とそうとしたことなども全て調べがついてるから。それがなくても、今回のは現行犯逮捕だから言い逃れはできないよ。」


 ん?・・・。


 アーサー様の護衛騎士が入ってきて、あっという間にヒロインさんと男の人を拘束して連れて行ってしまいました。


「アーサー様、いつも助けてくださってありがとうございます。」

 手足の紐を解いてくださっているアーサー様にお礼を伝えると


「たまたま通りかかっただけだよ。」

 あくまでもそういうスタンスでいく様です。


「いえ、今回の件だけでなく・・・、むかし魔物に襲われた時もアーサー様が治癒魔法で助けてくださったんですよね?たった今思い出しました。命を助けてくださったというのに、お礼が遅くなり大変申し訳ございません。」


 あれ?でも待って。ゲームのアーサー様は光魔法の適性が低くて一切練習しなかったため、ヒロインと出会った時点でも治癒魔法は使えなかったはず・・・?


 ふわりと何かに包まれる様な気がして顔を上げると、アーサー様に抱きしめられた。

 思わず固まる私。


「あの時は、本当に助かって良かった。オスカーから君が目を覚ましたと聞くまで生きた心地がしなかった。君を助けるために俺は治癒魔法を必死に習得したんだ。」


 ・・・私が危険な目に会うことがわかっていたから治癒魔法を習得したということですよね?先ほどヒロインさんへ言い放ったセリフでも気になることがあったのですが・・・もしかしてアーサー様も・・・?

 転生者多過ぎじゃないかしら?


「ずっと君を見てきた。魔物に襲われる前も後も・・・。」


 ・・・気付いていらっしゃったんですね。


 そしてアーサー様は私の手を取り跪いておっしゃいました。


「君が目立つことが嫌いで、静かに暮らしたい事も知っている。だから今まで我慢してたんだけど・・・もし、ほんの少しでも憎からず思ってくれているのであれば、今度の兄上とグレース様の結婚披露パーティーで君をパートナーとしてエスコートさせて欲しい。」


 平凡がいい。目立ちたくない。ただただ心穏やかに生きたい。そう願っていたのに、どうしてだろう。

 とても嬉しいと思ってしまうのは。


 きっと平凡とは程遠い生活になるだろう。それでもアーサー様の隣にいたいと願ってしまった。


「はい、よろしくお願いいたします。」




 それから3年後


 念願のモブに生まれ変わりましたが、第三王子妃になりました。


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[気になる点] セリフの前に無駄なスペースがあって読みづらいです
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